序章:裏 【魔王】
―――――――――――――――
気が付くと私は肉片と血の海の中心に立っていた。
むせかえるほどの悪臭とおびただしいほどの肉片の数。
私は近くの肉片に手を伸ばし、それに喰らいついた。
血を滴らせ肉を貪る姿はその辺りに居る下級生物と変わりはないだろう。
手にしていた肉片を胃に収めても空腹感が襲い続ける。
「は・・・ヘッ・・・」
まだまだそこら中にあるじゃないか。
骨があろうがなかろうがそんなことは関係ない。
この空腹感が満たせればいい。
肉片を喰らえば喰らうほど身体の底から力が漲ってくる。
卑しい租借音を立てながら無我夢中で胃に落とし込んだ。
この空腹感が止まればそれでいい。
周りの肉片を食べつくしても空腹感は止まらなかった。残ったのは私と血の海だけ。
バサッ・・・
翼を羽ばたかせる音が聞こえ、私は音のする方に目をやった。
そのままその音は私の方に向かってくるようだ。
音の持ち主は翼をもった小柄な老人だった。
私はそのまま老人に向かって勢いよく飛びついた。
また腹が満たせると。
しかしあとわずかというところで見えない何かに拒まれてしまった。
何度も何度も狂ったように見えない何かを殴るが無くなる気配はない。
その様子をじっと見つめる老人。
「お告げ通りですね。さぁ新たな魔王様。また始めましょう」
小さく何か呟いたかと思うと私に指を指す。
その途端私に幾重もの黒い鎖が巻き付く。
噛みつこうが引きちぎろうがビクともしない。それどころか暴れる度に魔力が吸われている気がする。
その様子を見ている老人は微笑んでいた。
まるで孫が遊んでいるのを見守っているかのように。
「何をしようが無駄ですよ魔王様。それは神から頂いた特別なものですからね」
――――――――――――
どれくらいの時が経ったのだろうか。
『あ・・・ア・・・あ゛ぁ゛・・・』
小さく弱々しい雄たけびを上げた私には黒い鎖に抵抗するほどの魔力は残っていなかった。
小さく蹲る私を見て老人は動き出した。
血の海にそっと触れると血は意思を持ち出したかのように老人の手の中に吸い込まれていく。
吸い込まれる度に老人は一人頷いている。
私はその様子をただ見ていることしかできない。
辺りの血の海が綺麗に消え去った。
血を吸い込み終わった老人は満足そうに頷くと私のそばに寄ってきた。
「古い魔物はあらかた片付いてるようですね。大分助かりましたよ。」
そう言って私に手をかざすと足元に見たことがない模様が浮かび上がる。
「おや?転移陣を見るのは初めてでしたかね?貴方様を襲ったモノ共に高位のモノは居ませんでしたし無理もないでしょう」
徐々に視界が光に覆われていく。
「流石にお食事で得た魔力だけでは知識が追い付いていかないでしょう。これから貴方様を城へお連れ致します」
「貴方様はまたここから始まるのです。未来永劫終わることのない神が与えたふざけた苦しみを・・・。」
光に包まれ二人はその場を後にした。