第二十六話 「応答の前に、軋む」
依頼の内容は、既に理解していた。
魔物。
通れない道。
困っている人。
言葉も状況も、何度も見てきたそれだった。
勇者は頷こうとした。
その瞬間、胸の奥に重さが落ちた。
違和感とは違う。
警戒でもない。
それは、
圧迫に似ていた。
喉が詰まる。
声になりかけた言葉が、
奥で擦れるように止まる。
(……待って)
考えようとした。
なぜ受けるのか。
なぜ応じるのか。
「助けたいから」でもなく
「義務だから」でもなく――
(これは本当に、僕が選んでるのか?)
そう問いかけた。
問いかけて、気づいた。
――考える時間が、最初から存在していない。
胸の奥で、ぎり、と何かが鳴った。
痛みではない。
だが、痛みに成りかけているものだ。
「……お任せください」
口だけが、なめらかに動いた。
言葉は、迷わず空気に溶ける。
勇者の内側は、その一瞬だけ
置き去りにされた。
(今、言ったのは――)
問いは結ばれない。
続けようとすると、
胸の奥が締め付けられた。
依頼人は安堵する。
礼を述べ、頭を下げる。
世界は、正常に進む。
勇者は頷いた。
表情は崩れない。
声色も乱れない。
ただ、
身体の中心に沈んだ重さだけが
静かに、確実に、増えていた。
(嫌ではない)
(助けたくないわけでもない)
それでも――
(今の言葉は、“僕”じゃない)
そう思った瞬間、
胸の奥が軋んだ。
痛い、と言うには足りない。
けれど、確かに苦しかった。
勇者は歩き出す。
足取りは迷わない。
剣を握る手にも、何の揺らぎもない。
進行は正常。
異常は認識されない。
それでも、
胸の奥に沈んだ重さだけは――
消えなかった。
当日の進行を終了する。
世界は稼働中。
特記事項は
ない。




