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崩れてゆく世界の中で  作者: 鷹江 梨華
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第二十五話 「残滓、輪郭だけの痛み」

魔王は休止していた。


静止は、正しく続いている。

そのはずだった。


 


冷たい。


 


胸の奥に、

硬い何かが押し込まれる。


形は分からない。


だが、確かに「そこに在る」としか言えない重さが

内側から軋ませる。


 


息は、止まらないはずだった。


止まらないはずなのに――

止まっている感覚だけが、先に来る。


 


圧迫。

締めつけ。

崩れ落ちる感覚。


身体は動かない。

けれど、動けない感覚だけが鮮明だった。


 


匂い。


濃い、鉄の匂い。


空気には存在しないはずのそれが、

喉の奥まで満たしていく。


 


光景は浮かばない。


記憶と呼べるものは何一つ与えられない。


 


なのに――


 


「痛い」と、

言葉になる前の感覚が、脳の奥で明滅する。


 


何が痛いのか、分からない。


どこが痛いのかも、分からない。


 


それでも、確かに痛みだった。


 


魔王の指先が、

かすかに震えた。


休止は続いている。

進行は滞らない。


世界はそれを、揺らぎとして扱わない。


 


理解は届かない。

理解という枠が存在しない。


 


それでも――


 


身体は覚えていた。


 


かつて触れられ、

壊されたことのある感覚を。


まだ名前のない苦しみを。


 


――――


城の深部。


転移陣の紋が、床に静かに沈む。


何も起きていない。

起きたとは記録されない。


 


空間の重さだけが、

かつてと同じ輪郭でそこにあった。


 


執事は立っていた。


視線は動かない。

認識は揺らがない。


 


しかし、休止中の魔王の微細な震えは

観測の下限を――


ほんの少しだけ、越えた。


 


記録はされない。

名称は、まだ存在しない。


 


それでも、執事は理解する。


 


今回は、ここまで至ったのだと。


 


“半歩先”の、さらにその手前。


 


沈黙のまま、彼は立ち続ける。


何も言わない。


 


魔王は、まだ知らない。


 


それが「痛み」という語を

いつか与えられるものだということを。


 


当日の進行を終了する。


世界は稼働中。


特記事項は

ない。

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