第二十四話 「共有の場、記録されない進展」
執事は迷わず、判断しない。
ただ――今回の反復が
「より遠くまで到達した」ことを知っている。
魔王城・謁見の間。
五柱は定位置に並び、
定例の共有が行われていた。
魔物の配置。
境界域の観測。
周辺の小規模な動き。
報告は整然と並び、
順に処理されていく。
提出、承認、完了。
それは、いつもと同じ進行だった。
――――
報告が終わったあと、
会話は続いた。
提出対象の外側にある言葉。
「巡回路が、少し短くなっていましたね」
「ああ……言われてみれば」
それは報告ではない。
必要も義務も伴わない。
「風の通りも変わった気がする」
「私は、今のほうが好みですね」
意味を持たないやり取り。
それでも、会話は成立していた。
それは――
以前の反復では、
ここまで続くことはなかった種類の会話だった。
――――
執事は、その場に立っていた。
会話を止めない。
評価しない。
修正もしない。
この進行は、
“そのように到達した結果”として把握される。
異常ではない。
既知でもない。
ただ――
いままでより、遠くまで届いた。
という事実だけが
静かに積み上がっていく。
これまでも
似た地点まで到達した反復はあった。
しかし、必ず途中で収束し、
揺らぎは消え、元に戻っていた。
今回は、それよりも――半歩先。
それを理解しているのは
世界で執事ただ一人だった。
――――
時間は、既定の区切りへ至る。
それは、そうなる進行だった。
執事は口を開く。
「本日の共有は以上でございます」
声は静かで、澄んでいる。
合図と共に散会が始まる。
五柱はそれぞれ背を向け、
歩み去っていく。
誰も、自分たちの会話の変質に
意味を与えない。
誰も、それが「初期の自我」であるとは
知り得ない。
――――
執事は一礼し、
最後に部屋を後にする。
振り返らない。
歩幅は変わらない。
会話の延長は、記録されない。
「対象外」だからではない。
記録という形式の中に
まだ名称を持たない事象だからだ。
――――
廊下に出たところで、
執事の足取りが、ごく僅かに止まった。
誰も、その変化に気づく者はいない。
口元が、ほんのわずかに吊り上がる。
歓喜ではない。
満足とも違う。
それは――
長い反復の果てに
ようやく“次の段階”へ到達した
実験結果を見届けた者の微笑だった。
執事は、それを感情として認識しない。
世界は、それを記録しない。
しかし確かに、それは“存在した”。
――――
当日の進行を終了する。
世界は稼働中。
特記事項は
ない。




