第二十一話 「余談」
広間を後にし、
五柱は静かに廊下を進んでいた。
足音だけが響く。
――――
最初に口を開いたのは、
前線の将だった。
「……あの配置で、
本当に足りるか」
問いというより、
零れた独り言に近かった。
――――
影を渡る女が答える。
「問題はありません。
予測との差異も、ありませんでした」
声は淡々としていた。
――――
長衣の男が書板を指先で叩く。
「補充計算も一致。
維持可能です」
事実だけが並ぶ。
――――
老将が、少しだけ歩みを緩めた。
「……珍しいな」
三人が
わずかに視線を寄せる。
――――
「我らが、
ここまで言葉を交わすのは」
老将は、そこで言葉を切った。
続きを探すように、
静かに口を閉じる。
――――
思い出そうとした記憶は、
途中で途切れていた。
――――
華美な魔族が微笑む。
「たしかに。
任務のあと、並んで歩くことも……
あまり、なかったはずですが」
――――
沈黙が落ちる。
――――
しかし、
歩みは止まらなかった。
――――
「——“以前”は」
魔族が
静かに続けようとした、その時。
――――
廊下の先で、
執事が立ち止まっていた。
振り返り、
小さく礼を取る。
――――
「本日の報告は以上です。
続きは必要ありません」
声は丁寧で、穏やかだった。
――――
ヴァルティアは微笑を崩さず、
一歩だけ執事に近づく。
「必要かどうかを判断するのは、
我々ではありませんか?」
――――
執事は即答しなかった。
一瞬だけ、
会話の間が伸びる。
――――
「いいえ」
短く、静かに言う。
「“結果に不要な言葉”は、
記録に残しません」
――――
魔族は、楽しげに目を細めた。
「なるほど。
ではこれは……記録外、ということですね」
――――
五柱はその場を離れず、
しかし誰も止めようとはしなかった。
――――
会話は、
自然に続いていた。
――――
「我々が、
いつから“こうして”話すようになったのか」
魔族は言った。
――――
「——あなたは、覚えていますか?」
――――
執事は微笑んだ。
その表情から、
感情を読み取ることはできなかった。
――――
「記憶に矛盾はありません」
――――
ヴァルティアは、
それ以上追及しなかった。
「そうですか。
ならば、問題はありません」
――――
誰も頷かなかった。
反論もなかった。
――――
会話は、
そこで途切れるはずだった。
――――
しかし——
――――
老将が、
小さく零した。
「……かつては、
もっと静かだった気がする」
――――
その言葉は、
誰にも拾われなかった。
――――
廊下は続いていた。
会話もまた、
本来、ここには存在しないはずのまま——
それでも続いていた。
――――
記録は、
残らない。
世界は稼働中。
特記事項は
ない。




