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崩れてゆく世界の中で  作者: 鷹江 梨華
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第十三話 「依頼」

勇者は宿の一階に降りてきた。


時間は早い。

朝の喧騒には、まだ少し余裕があった。



---


声をかけられたのは、不意だった。


「勇者さま……」


振り返ると、見覚えのない人物が立っていた。

年齢は若くもなく、老いてもいない。

旅慣れているようにも、そうでないようにも見える。



---


相手は頭を下げる。


言葉は丁寧で、要点だけを並べていた。


魔物が出ること。

道が使えなくなっていること。

困っている人がいること。


どれも、

どこかで聞いたことのある話だった。



---


勇者は真面目な顔で話を聞いていた。


相槌を打ち、

途中で口を挟むこともなかった。


断る理由を探していたわけではない。

ただ、どう返せばいいのか分からなかった。



---


話は続く。


懇願というほど強くはない。

だが、軽く流せるほど弱くもない。


選択肢が示されるような空気が、

その場に漂っていた。



---


勇者は、何かを言った。


「私に任せてください!」



---


声は自分のものだった。

響きも、言い回しも、聞き慣れている。


相手の表情が、

安堵に変わる。



---


その瞬間、

勇者は少しだけ遅れて気づいた。


――今、

僕はなんて言った?



---


「ありがとうございます」


相手は深く頭を下げた。


礼を言われる理由が、

すぐには思い出せない。



---


話はそこで終わった。


依頼は成立していた。

日時と場所が、簡潔に伝えられる。


勇者は頷いた。


それも、

自然な動作だった。



---


部屋に戻る途中、

勇者は足を止めた。


胸の奥に、

小さな空白が残っている。



---


僕が、

そんな言い方をするっけ……。



---


問いは形にならなかった。


答えも出ない。


ただ、

引き受けたという事実だけが残っている。



---


勇者は歩き出す。


予定は、

一つ増えていた。



---


当日の進行を継続する。


世界は稼働中。


特記事項は

ない。



---

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