理不尽、高揚と懸念を持つ
ちょっと長めです。
「もうめんどくさい寝たい帰りたいぃ。」
眼前には無限にいるかのように見える魔獣の軍勢
それに相対するは世界序列第三位、魔導帝エミリー・リズハルト
泣き顔で魔法ぶっ放しているボッチ、という但し書きが付くのだが
一緒に仕事をしていたシオンはといえば、
魔法を垂れ流していたキチガイのせいで人格崩壊するまでキレて帰ってしまった。
ちなみに、付与魔法:《レールガン》はオリハルコンの弾がないため品切れだ
なので普通に付与魔法:《ロストエア》で作った高密度の酸素弾を飛ばしている
「しおん〜、しおんかえってきてまじでしんどいめんどくさいぃ。
もう、もう許してぇ。
血も骨も脳漿も見たくないキモい臭いキモい〜。」
泣きながら魔法をぶっ放しているのだが、その光景とは裏腹に戦場は血煙漂う地獄と化している
案外シオンが帰った理由はコレにあるのかも知れないが、それは言ってはいけない約束だ
g u r r r a e a u g a ! ! ! ! ! !
ひときわ大きな魔獣が奥から出て来た
・山岳獣トーンホーン・
山岳を背負うその亀は、ひたいに巨大な一角を持つのが特徴だ
別名:歩く巨大要塞
その甲殻は、
如何なる魔法を通さず、如何なる攻撃を粉砕する
よって、この天災のような魔獣の倒し方はただ一つ
この魔獣の体内へと侵入し、心臓を破壊する事
だが、この魔獣は体内に無数の魔物や魔獣を飼っており、
体内で独自の進化を遂げるために未知の魔物と遭遇する事もしばしば
公式に知られている最強格、十枚花ですら未知の魔物に遭遇し行方不明になるほどの魔物
この方法により、Aランクにまで抑えられてはいるが、単純な強さはSランクに匹敵する化け物なのだ
Aランク級最強格の魔物がそこにいた
「なんだあのノロマなカメは。
あんだけデカイと味も大味で美味くなさそうだな。」
そこにいつもの残念な女もいた
「さぁ〜て大物が出て来た事だし最後の詰めということかねぇ。」
仕事が終わりそうな予感に嬉しそうに笑う彼女
「クソカメ野郎をぶっ殺せば仕事は終わりかぁ?
んじゃとっととくたばりやがれっ!」
トーンホーンの四方を囲むは巨大な四つの魔法陣
そして、吹き荒れる死の暴風と死の無風
無酸素空間と高密度の酸素によって構成された巨大な檻は確実に巨大亀を捉えていた
しかし、先ほどの暴風よりも次元の違う、天災が戦場を蹂躙する
巨大な亀がしたことはただ一つ、
全身にある空気孔から、肺にある空気を噴出しただけ
それだけでこの天災とともに、エミリーの魔法を吹き飛ばした
「すげぇこの亀ただの亀じゃねぇ!!
は?わたしの魔法を吹き飛ばした?
鼻息ひとつで?
ははっ、こりゃクレイジーだなクソガメさんよぉ!」
興奮しているのだろう、わたしは。
だってわたしの魔法を一蹴したんだぜ?このカメは。
それはもう、笑うしかないだろ?
だからわたしは笑うさ。
こんな理不尽がこの世にあるのだから。
だからわたしは戦うさ。
こんな理不尽がこの世にあるのだから。
だからわたしは生きるのさ。
こんな理不尽がこの世にあるのだからっ!
人が恋い、焦がれる最強をっ!
誰もが敵わぬ理不尽をっ!
「お前はどれだけこの理不尽と遊んでいられるんだ?」
ただのちっぽけな人間が、天災に等しい魔獣へと挑む
それが不愉快と言わんばかりに嘶く巨亀
それだけで地響きのような振動を与える化け物に、エミリーは挑む
「さぁ行こう。
身命を賭して、理不尽としての矜持をかけてっ!
我が名はエミリー・リズハルト、世界序列三位にして人類の到達点。
その身に刻んで死に晒せっ!!」
彼女の背後には無数の魔法陣が描かれる
ある物は獄炎の炎を、
ある物は歌姫の水を、
ある物は冥府の氷を、
ある物は主神の雷を、
ある物は星命の土を、
ある物は深淵の闇を、
ある物は聖浄の光を、
無数の魔法陣と彼女が放った魔法、その数々の光に照らされた姿はまさに理不尽
「どっちが先に倒れるか勝負といこうじゃねぇか。」
歯を剥いて笑う彼女に対していた巨亀の姿は粉塵によって見えない
それでも彼女は魔法を打つのを止めない
こんな物ではない、まだまだ足りない、
そう本能で理解かっていたから
轟音が、
ひびく、
ヒビク、
響く、
用意していた魔法陣は次々に砕けて無くなっていき、もう残り僅かとなっていた
一、
十、
百、
千、と消えていく魔法陣の光がついに途絶えた
戦場を覆う粉塵の中で、動くものは彼女ただ一人に見えた
g u r r r a e a u g a ! ! ! ! ! !
突如、巨大な影が戦場を覆い隠す
そして、振り下ろされる巨亀の戦鎚が衝撃と地震を撒き散らす
後ろ足で立ち上がり、上がった前足を振り下ろしたのだ
その動作だけで、大多数の魔獣が吹き飛び、命を散らす
まるで、強者の間に弱者は必要ない、と言わんばかりに
巨体が動いたことによって吹き荒れる風
それによって巨亀に纏わり付いていた粉塵が吹き飛ぶ
晴れた視界に見えるのは、外殻である山岳をなくした本来の巨亀の姿だけだ
すべての光を吸収しているらしい黒光りする甲殻は、ほぼ無傷
ところどころ削れているように見えるが、本体には何のダメージも入っていない
そればかりか、その巨大な一角に纏わり付いているのは様々な音
トーンホーンという名前の由来
それは、自身の周囲にある音を一角の周りに収束させ、振動の衝撃波を撒き散らす
その威力は山を砕き、地を抉り、海を割る
それが今、放たれようとしていた
g a r u a r a g r u e a ! ! ! ! ! !
放たれる衝撃の嵐はエミリーへと振動し、城壁諸共砕かんとする
「残念だがわたしには効かないぞ?」
そう言って展開されるのは真空の壁
音は大気を振動することによって伝わる
その大気を無くせば伝わるはずもない
よって、破壊の振動は周囲に霧散し消え去った
「お返しだクソガメェ!
喰らって風穴ぶち空けろっ!」
満点の太陽、その光を収束して出来た極太レーザー
迸る光の奔流は触れるものを消し飛ばすように巨亀へと疾る
コンマ一秒もかからずに巨亀へとたどり着き、その甲殻を削る
その一撃は右の前後足を消し飛ばし、遥か向こうへと霧散する
崩れ落ちた巨亀はしかとエミリーを見据えるが、動こうとしない
その目は敗者が持つ、勝者に向ける畏怖と諦念
まるで負けを認め、介錯を頼んでいるようだった
エミリーは一つ頷くと無言で、先ほどのレーザーの倍以上の大きさの物で巨亀を消し飛ばす
他に何もいないはず戦場にただ一人、佇んでいた
「ぁ゛……ぅ…」
不意に声が聞こえた
何だ?本来ここにはわたしとシオンしかいない筈。
なのに人の声?
だとすると……。
そこまで考えて、城壁を降りて声の主を探す
視線の先には、トランプ模様のフザけた軍服
それを身に纏った男の死体があった
その死体には、下半身と右腕が焼き切られたような跡があった
その他にも、多数の魔法を受けた跡が残っていた
「眠りの……姫……万歳。」
最後にそう言って死んだ
「眠りの姫……か。」
彼女はそう呟いて、戦場を後にした
最後に、死体の胸元にある、
少女と、時計を持ったウザギ、そしてシルクハットの描かれた紋章を見て……
そして戦場に一つ、残った男の死体は、
忽然と“消えた”




