余命に愛され余命に泣く。
「あなたの余命はあと90分です。」
俺の目の前に座っている医者は眉一つ動かさずにそう告げた。
余りにもサラッと言うものだから少し笑ってしまう。
さあ帰ろう、今夜はカレーにでもしようか。
立ち上がったその刹那
自分の頭の中が喜怒哀楽のあらゆる感情に殴らたような感覚に襲われる。
今までの人生で一番気分が悪い。
そんな俺の様子に構いもせず、医者は続けた。
『残りの人生、悔いの残らないようにして下さいね』
俺はそう言い放った医者の作り笑いが完成する前に、医者の顔面に右ストレートを打ち込み病院を走り去った。
【余命85分】
病院からだいぶ離れた場所まで来たので、走るのをやめて歩くことにする。
後1時間半も生きて居られないのだ。
どうやら自分は晩飯のカレーを食べる前に死ぬらしい。
さて、残された人生何をしようか。
部屋の掃除?風俗?飲み会?半年前に別れたミナミちゃんに連絡?あ、ミナミちゃん今イケメンでボンボンの彼氏がいるんだっけ。
ま、もう何も関係なくなるんだけどな。
こんな調子でボーッとしながら、俺は人生最後の帰り道を歩いた。
【余命75分】
人生最後の帰宅。
俺はとりあえず遺書を書く事にした。
やり残した事が頭の中をぐるぐる回る。
誰に書こう?何を書こう?
そう考えてるうちに、俺は1つの結論にたどり着いた。
「今までできなかったことを全部してやろう」
自分の顔から不敵な笑みがこぼれるのがわかる。
そう決めた俺は部屋の電気という電気を付け、水道という水道から水を放出し、ガスの元栓をぶっ壊した。
どうせ2度と帰ることのない部屋だしこれくらいしてもいいだろう。
そうして俺は人生最後の外出をした。
【余命68分】
もう何も怖くなくなった俺は、お隣さんのチャリをパクって近くのコンビニまで向かう事にした。
コンビニについた俺は目に付いた商品を片っ端からリュックの中に詰める。
店員がものすごい形相で追いかけてくるも、ガリガリ君を2.3個ほど投げつけて逃走。
【余命53分】
中学の時に大嫌いだった数学教師の家に行き、窓ガラスを全てカナヅチで粉砕する。
外に出て来た教師にローリングソバットを食らわせまたも逃走。
【余命50分】
教師から逃げ、慌てて駅に入り電車に乗り込む。教師以外の奴も走ってた気がするが、どうせ死ぬんだし関係ない。
3駅先の居酒屋に向かう事を決めた俺は、その三駅区間を前に立っているJKの胸を揉んで過ごした。
【余命35分】
最初で最後の痴漢を終えた俺は高い事で有名な居酒屋に入った。高価そうなメニューを片っ端からオーダーする。届いた料理と酒をぺろりと平らげ、会計をせずに逃走。
裏通りに向かった。
【余命15分】
裏通りの風俗店に着く。
最後は高級風俗に来ようと決めていた。
挿入禁止の風俗で中出しをしてから死ぬつもりだ。1番人気の嬢を指名し、案内された部屋に入る。
部屋の中には写真通りの可愛い嬢の姿があった。俺はすぐさま全裸になると、嬢へ近づく。
さあいよいよ俺の人生のクライマックス。嬢に飛び付き事に及ぼうとした瞬間、全身の力が抜けてそのまま地面に倒れ込んでしまった。
後10分は生きられるはずじゃないのか、
そう思っていると嬢が部屋から出て行くのが見えた。別の人物が部屋に入った音も聞こえる。
状況を飲み込めずにいると、後ろから聞いたことのある声がした。
「これは派手にやりましたね〜。」
忘れることない。俺に余命宣告をした医者だ。だが、何故ここにいるのかが分からない。
医者はさらに続けた。
「安心してください。今貴方に射出したのは筋肉緩和剤です。5分もすれば動けるようになりますから。」
5分。つまり俺の残りの人生の半分だ。
「おい、クソ医者!俺の残り少ない貴重な人生邪魔すんじゃねぇ!」
そう叫ぶと医者は苦笑いをしながら答えた。
「あぁ、余命90分なんて嘘ですよ。
第一余命宣告なんて1ヶ月前にはするものですから。」
それを聞いた瞬間背筋が凍りつくような感覚に陥った。自分はこの90分間でどれほどの犯罪を犯しただろうか?窃盗、器物破損、傷害、痴漢、無銭飲食。どれも到底許されるものではない。
ショックを受けて青ざめている俺に構いもせず医者は続けた。
「これって僕の趣味なんですよね〜。
人間は死ぬときに何を思い、何をするのか。
まあ大抵の人は家族や友人と最後の時を過ごしますので、騙した事についての謝罪の後にお詫び及び謝礼として金銭をお渡ししているのですが……。あなたは謝礼の金額じゃかき消せないような事を色々やってくれましたからね〜。」
医者はポケットから懐中時計を出して俺の目に近づけた。
「はい、これで90分!おめでとうございま〜す!」
頭の中が苛立ちと不安で支配されているのがわかる。
医者は俺の顔を覗き込みながら口を開いた。
『残りの人生、悔いの残らないようにして下さいね。』
90分前にも聞いたセリフ。
医者は言い終えると、憎たらしい作り笑いを完成させた。