Ⅵ
「おーい! ディムー! エミー! ジェリックー!」
「いたら返事しろー!」
「聞こえるかー!?」
捜索に出た男たちは、三人の名前を大声で呼びながら、森の中を歩いていた。探し始めてから、もう少しで一刻程経つのだろうか。しかし、返ってくる声はない。だが、日が暮れるまでに何としても見つけなければ。そう意気込んでアクセルも叫ぶ。
「ディム! エミー! ジェリック! どこだー!」
だが、聞こえてくるのは、周囲で捜索する男たちの呼び声だけだ。森にも来ていないのか…? そうアクセルが思ったときだった。
「……ぃ………ゎぁ………」
バッと何かの音が聞こえた方を向く。かなり遠くからだったが、どうやらそれは子どもの声のようだった。急に動きを止めたアクセルに、気づいたアンディが声をかける。
「どうしたアクセル、何かあった?」
「子どもの声がした!」
「え!? 本当に!?」
「本当に! さっきあっちの方で――」
と、先程の声が聞こえた方角を、アクセルが指差したときだ。
「……ぃ………! ……ぇ……ぅ………」
またもや子どもの声が聞こえてきた。今度はアンディもそれに気づいたようだ。
「本当だ! すぐに皆に知らせて――」
「オレは行く! 皆に連絡任せたぞアンディ!」
そう言うが早いかアクセルは、声が聞こえた方へ向かって駆け出した。
「お、おいアクセル!」
「大丈夫だよ! それよりすぐ行かないと!」
ちょっと待つんだ、というアンディの焦った声が後ろに遠ざかっていった。
「…………で! ……だ……! やめ……」
アクセルが、全力で声がした方へ駆けて行くと、段々と聞こえる声がハッキリとしてきた。しかもそれは逼迫したような声で、詳しくは聞き取れないが、何かを叫んでいる。更には、荒々しく枝葉を折るような、バキバキという音も聞こえてくる。何かに襲われてるんだ――そうアクセルは直感した。急いで茂みをかき分け、少しだけ開けた場所に出たときだった。
彼の目に飛び込んできたのは、後ろ手に手をつき、何かを見つめたままへたり込んで、ガタガタと震えて後退るエミーと、彼女と向かい合い、彼女を獲物と見据えて、唸り声を上げているウルフ。その口は、何かで真っ赤に染まっている。そのウルフの傍らに転がっているのは、同じく真っ赤に染まった――。
「――ッ、ジェリック!」
アクセルはそう叫ぶやいなや、剣を抜いてウルフの首目掛けて斬りかかった。突然、不意を打たれて急所を突かれたウルフは、ギャンッと断末魔の声を上げて絶命する。
そして、アクセルはすぐさま駆け寄り、ジェリックの状態を確認する。しかし、彼の右脇腹には抉るような深い傷跡があり、ジェリックは既に事切れていた。クソッと吐き捨てるように言うと、今度は未だガタガタと震えているエミーに駆け寄る。
「大丈夫かエミー!」
彼女の、肩を抱えながら問いかけた。アクセルお兄ちゃん、と彼を見てつっかえながら言った彼女は、ブルブルと震えながら微かに、こくこくと頷いた。どうやら右足を怪我しているようだったが、命に別状はないようだ。それを見てアクセルはホッと息をつく。
「お前だけでも生きてて良かった……。エミー! ダメだろ、森に勝手に入っちゃ! もう少しでお前も死ぬとこだったんだぞ! ここにいないディムはどうしたんだ!? 一緒じゃなかったのか!?」
彼は、勝手な行動をしたエミーを叱ると共に、姿が見当たらないディムの行方を聞いた。だが、彼女はアクセルにしがみついて、何やら必死な様子で捲し立てる。
「違う! 違うんだよお兄ちゃん! 森に勝手に入ったのはごめんなさい!でも違うの!」
「何が違うんだ! こんなとこまで来といて……」
何やら言い訳めいたことを言うエミーを、アクセルは尚も叱ろうとする。しかし、エミーは泣きそうになりながらも、それを遮るように続けた。
「ディムとは一緒だったけど途中でいなくなっちゃったの! 置いてっちゃダメなのはわかってたけど、私たちじゃ全然逃げられなくて、早くて、アイツらどこから来るのか全然分からなくて、それで!」
「……ちょっと待て、エミー。今、アイツ"ら"って――」
エミーの言い方に引っかかり、問いかけた。それはつまり――
「――あのウルフ、いっぱいいるんだよお兄ちゃん!」
エミーがそう叫んだその時だった。目の前の茂みから、何かがこちらに突っ込んできた。その気配に一早く気づいたアクセルは、ほとんど反射で、エミーを抱えながら横に転がり、間一髪でそれを避ける。
見ると、飛び込んできたのはウルフだった。グルルと喉を鳴らして、こっちを見ながら唸っている。さらにその後ろから一匹、二匹と、次々にウルフが茂みから姿を現す。数が多い。十匹以上はいるだろうか。
「多すぎだろ……」
アクセルは、そう苦々しく呟いた。そう言えば、ウルフの大規模な群れがいる、という話だった。今更ながらに思い出す。幸いにも、魔族ではない、正真正銘魔物のウルフのようだが、如何せんこちらには足を怪我しているエミーがいる。いつものように前に出ていく戦い方をして、彼女を危険に晒すわけにはいかない。
と、その時一匹のウルフが、こちら目掛けて飛びかかってきた。
「こっ、の!」
咄嗟に剣で受け止め、斬り捨てる。こんなのは多勢に無勢だ。エミーを守れるかの前に、自分も無事で済むだろうか。ブンッと勢い良く剣を振って、ついた血を飛ばしながら立ち上がる。
「エミー、ちょっとオレの後ろで伏せてろよ。周りには気をつけて」
うん、と返事をしたエミーが、頭を抱えて伏せたのを見てから、そばにいたウルフに斬りかかる。一匹、二匹、どんどんと切り捨てていくが全然数が減らない――減らない?
よく見ると、茂みの中から斬った分、もしくはそれ以上の数のウルフが続々と現れている。もしかすると、血の匂いに釣られて、ここへと集まってきているのかもしれない。アクセルは、ギリッと奥歯を噛み締める。
と、その時、後ろからエミーのきゃっという悲鳴が聞こえ、急いで振り返る。すると自分たちの後ろ側から来たらしいウルフが、今にも彼女に襲いかかろうとしていた。
「エミー!」
そう叫んだアクセルは、咄嗟に剣を放ってエミーを体の下に庇うように伏せた。
「うあ……っ!」
今、彼の背中を引っ掻いたのは、ウルフの牙か、それとも爪か。アクセルは、たった今ついた背中の傷口から、血が滲んでいくのを感じた。痛みに竦みながらも、ウルフたちの方を睨みつける。ハアハア、という自分の息が上がった声と、ウルフのハッハッという息遣いが、やけに大きく聞こえた。
一匹のウルフが狙いをつけ、自分たちに止めを刺そうと、身を低くする。殺られる――そうアクセルが覚悟をしたときだった。
ウルフたちが一斉にある方向を見て、動きを止めた。耳を立てて、様子を伺っているように見えた。中にはグルグルと唸り声を上げているものもいる。
すると、突然ウルフたちは、先程まで、群がって攻撃をしていたアクセルたちには見向きもせず、顔を向けていた方向とは、反対に向けて走り出す。ついさっきまで、ここに群がっていたウルフは、一匹残らず姿を消した。何かがいる気配も、周囲には感じられない。
「な、何だったんだ……」
呆気に取られたアクセルはそう呟いた後、ウルフたちが、もうここに戻ってくる気配がないことに気付くと、詰めていた息を腹の底から吐き出した。何が何だかわけも分からないとはいえ、ウルフたちがここから引き上げてくれたのは助かった。そして、まだ地面に縮こまっていたエミーを起こしてやる。
その時、どこからか、おーい、いるかー! という男の声が聞こえた。捜索隊の誰かだろう。アクセルはその声に向かって、こっちだよー! と叫ぶ。背中の傷がズキリと痛んだ。