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Estrea  作者: 鳶田こう
2/10


 ここは回顧の村ディンバラ。この世界において、最大の国家であるブランナイツ帝国の領土にある村だ。最大の国家の領土にある、といっても、帝都からは離れた東端にあるので、人口も少なく、規模も小さい片田舎の村である。ディンバラは村の周りを森林に囲まれているため、行商以外の人間はほぼやってくることがない。村人たちは、自給自足で穏やかな暮らしを送っている。


 そんな穏やかな村で、全く穏やかではない状況に置かれている一人の若者がいた。


「おーいアクセルー! 聞こえてんのかー!?」


 自分がいる場所よりやや遠くから聞こえてくる、自らを呼ぶ声に、一人の若者――アクセル・デンゼットは、聞こえてまーす……、と頭の中でだけ返事をする。先程から自分を呼んでいる声の主は、あまり機嫌がよろしくないようだったが、こちらだってご機嫌というわけではない。

 それよりも、この場に張り詰めている、ほんの僅かな動きで変化しそうな、緊迫した空気を、なるべく刺激しないように、少しだけ、両の手それぞれに構えた二振りの剣の柄を握り直した。




 村の南西側に、西向きにあるこの村の玄関口から北に向かって広がる居住区と、その真中に広がる広場を抜け、北側、つまり村の奥へ進むと村の領地内に小規模な林が広がっている。ディンバラの村人たちはこの林に来て、薪を集めたり、時期がやってくると採れるキノコを採って、生活の糧にしている。

 

 この村に住んでいる彼、アクセルも、今日この日、いつもと変わらぬ昼下がりに、同世代で近所に住んでいる、友人のケインから頼まれ、彼と一緒にこの林に薪を集めに来ただけなのだ。手分けをして集めたほうが効率よく集められる。子どもの頃から、この林に来て手伝いをしてきたアクセルたちには、それが知識として身に染み付いていた。


 林に入った彼らは、早速二人で手分けをして、手慣れた速さで薪を集め始めた。頼まれている量の薪など、すぐに集めて戻り、手伝いをさっさと完了させる、そしてお駄賃に、ケインの母親から菓子でも貰って帰る。


 いつも通りであれば、それで終わりのはずだった。




 重ねていうが、ディンバラは周囲を森に囲まれた村である。村に近い場所ではそれほどではないが、森の奥深くにはボアやウルフといった、人間には脅威となる多くの魔物が、そこを住処にしている。その為、魔物の侵入を防ぐようにと、村をぐるりと囲うように、高さ2m程の石塀が建てられている。

 人間にとっての脅威。それが、村人が森に不用意に出入りしない理由の一つでもある。しかし、極稀にではあるが、エサを求めた魔物が、村を囲う塀を飛び越えたりして、村の林にまで入ってきてしまう事があった。


 今回はその"極稀"がたまたま起こってしまったのだ。


 ケインと二手に分かれたアクセルは、薪を集めているうちに林の様子がいつもと少し違うことに気がついた。獣臭い。まず思ったのがそれだ。違和感を感じたアクセルが周りを注意して見てみると、あちこちに、腰の高さほどある草が、何かに倒されたような跡があった。

 いる――。直感的に感じ取ったアクセルは、腰に差していた、万が一の時のための双剣に手をかけ、息を潜めて様子を伺った。と、途端に、どこからかガサガサッ、バキバキッ、という何かが暴れるような音が聞こえてきた。どうやらこちらに近づいて来ているようである。

 どこにいるのか、何がいるのか、何匹なのか――分からないが、何かはいる。それもあまり穏やかではないものが。にじった左足の下で落ち葉がザリッと音を立てた。


 その時、左前方の茂みが大きく揺れた。アクセルは、草に隠れて見えない相手を、刺激しないようにゆっくりと剣を構え、相手の出方を待つ。

 

 すると、今度はなんと右後方からもガサガサと草をかき分ける音がする。げっ、と思わず声が漏れたが、すぐさま半身をずらして向きを変え、左手の剣を前方へ、右手の剣を後方へそれぞれ向け、前方と後方どちらにも対処できるようにする。


 アクセルが向きを変えてから間もなくして、前方と後方からほぼ同じタイミングで音の主が姿を現した。

 ボアが二匹。しかもこの二匹、諍い合った直後なのか最中なのか、かなり興奮しているようだ。突然目の前に現れた人間、アクセルに、今は両者とも様子を伺っているようだが、このまま彼が声をかけて、ごゆっくりー、とでも言ったところで見逃してはくれないだろう。

 

かくして彼は、全く穏やかではない状況に陥ってしまったのである。




 早くどうにかしないといけない、ボアと対面した時から、何度も考えていることを、彼は再度思い浮かべた。先程から、返事のないアクセルを呼び続けて、ご立腹な様子のケインも、一応男だ。彼も護身用のナタは持っていたし、ワイルドラビット程度なら狩った経験もあるはずだ。それでも狩りの腕はアクセルに劣る。それは、ケインが、狩りを不得手としているのもあるが、アクセルは、父親から教わった剣術と料理の腕が、村の中で抜きん出て評判がいいのだ。

 もしこの、今アクセルが対峙している二匹が、ケインに向かっていったら――まず無事ではすまないだろう。ケインに、こちらへ来ないように、声でも張り上げて知らせたかったが、そんなことをして、不用意にボアを刺激するのは避けたい。しかし、こうしている間にも彼の声はどんどん近づいてきている。


「おい! アクセルー! 返事しろって!」


 まずい、かなり近い。そう思った時、左手側のボアが意識を取られ、声がする方へ首を向けた。

 

 今! そう思った瞬間にアクセルは行動に移っていた。


「ハッ!」

 

 掛け声と共にアクセルはすぐさま踏み込み、左前方のボアの首を、走り抜けるように右に構えた剣で切り上げた。と、そのアクセルの急な動きで、興奮した後方のボアが、彼目掛けて突っ込んでいく。それを予測していたアクセルは、後ろに宙返りする要領で飛び上がり突進を回避した。

 そして、その飛び上がったまま、左に構えた剣を、くるりと回転させ、その遠心力の勢いを殺さぬように、先に斬りつけていた方の、ボアの脳天に突き刺す。ボアは、ピギィィと断末魔の声を上げて絶命した。


 すぐに、突き刺した剣をボアから引き抜き、後ろに飛び退って、残るもう一匹と間合いをとる。


「ッ、あと一匹!」

 

 そう言って、ボアにアクセルが斬りかかろうとした時だった。


「あ! おい、アクセル! お前何で返事し、ないん……」


 残ったボアと向かい合う形になっていた、アクセルの左手側から、草叢をかき分けて、ケインがやってきてしまったのだ。


「って、え!? ええ!? ちょっ、な、何でボアが、え!?」


 予想もしていなかった魔物の存在に、彼はパニックを起こしているようだった。すると、急に現れた騒々しい新手に、苛立ったらしいボアは、ケインに向けて突進の構えをとる。

 

 まずい! 直感すると同時にアクセルは叫んだ。


「避けろ!! こっちに転がれ!!」


「あ、え、ぅわあっ!!」


 言われるがまま、わけも分からずにではあったが転がったお陰で、ケインはボアの突進を、間一髪で回避する。


「仕留めるまで下がってて!」


「あ、ああ!」


 アクセルは、ケインに向かって強い口調で言うと、彼の前に出る。ケインも混乱はしていたが、自分が邪魔になるというのはわかっているようで、わたわたと後ろに下がった。

 一方ボアの方は、突進を避けられたことで、怒りが頂点に達したようだ。ブルルッと鼻を鳴らすと、息も荒く、すぐにアクセルへと突進する構えを取る。

 それに対してアクセルは、息をフゥッ、と吐き出し、両手の剣を構え直す。


 その時、ボアがアクセルへと一直線に突っ込んできた。アクセルも、ボアに向けて突っ込むように駆け出す。両手の剣を、交差するように構えてボアに向かって飛び込み、技を打ち込んだ。


「鬼刃斬!」


 技を食らわせ、そのまま突進を飛び込みながらすり抜ける。ボアは、突っ込んできた勢いのまま、何歩か進んでいったが、段々とよろけ始め、ついには崩れ落ちるように倒れた。


「よし! お土産できたな、ケイン!」


 剣を納めた後、そういってアクセルはケインにピースサインを送る。


「……多分返ってくるのカミナリだぞ……」


 気が抜けてその場にへたり込んだケインは、息も切れ切れに、そう返すのがやっとだった。




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