83 罠
……遅くなりました。
階段を下って間もなく、宝箱を見つけた。罠等は無し。……ここの宝箱、というかダンジョンもそうだが、今まで罠らしきものは一切無かった。このダンジョンはもしかして罠自体存在しないのだろうか。
中に入っていたのは、普通の小盾だった。片手で扱え、武器ランクはCと質もそこそこだ。階層を考えればハズレ枠なのかもしれないが……
「これはソレイユに使ってもらうのがいいのではなくて。」
「そうだな」
ソレイユちゃん、今までもこれからも、よほど変な敵でない限りアリシアさんやカーマインさんと一緒に戦うから、ソレイユちゃんに敵の攻撃をさばいてもらう方がいいだろう。もう少しアリシアさんと、カーマインさんのレベルが上がってきたらその時は戦術の幅が広がるが、現状はソレイユちゃんが先頭に立っている。
「本当ですか。ありがとうございます。」
盾装備となったソレイユちゃん。
さ~、どんどん進むぜぇ
カチッ!
「――ひょ!」
「え!? きゃぁぁぁ!」
不意に何か踏んだかと思ったら足元の地面がぱかっと開いた。あわてた私は手近にあったものを掴むが、よくよく考えればそんなことをする必要はなかった。
知ってるか? 人間て飛べるんだぜ!
「というわけで【レビテ――
グキッ! ――ドスンッ!
「ぃだっ! ――ぐふっ!」
思ったより落とし穴の底が浅かったのかすぐに底についたが、それが逆に想定外だったため足をひねってしまった。そしてその上、上から振ってきた何かに潰された。
「いたた……」
「痛いですわぁ……」
見ると、アリシアさんが私の上に乗っていた。どうやらあわてて掴んだのはアリシアさんだったらしい。
しかし落とし穴か。罠は無いかもと思ったとたんにこれだよ。
◇◇◇
「――ひょ!」
「え!? きゃぁぁぁ!」
急に声がしたため慌てて振り向くソレイユにティーア、カーマイン。そこにはいきなり地面に消えるノワールとアリシアが映った。
「ノワール様!」
ソレイユがあわてて手を伸ばすが間に合わず、地面に開いた穴に吸い込まれてしまう2人。そして2人がいなくなったところには何もなかったように地面がある。どうやら落とし穴の蓋の開閉は非常に速いらしい。
「ああ、ノワール様」
「お嬢様も一緒に落ちてしまわれましたね……」
「そのようねぇ、……うーん分からないわ。」
ティーアが地面を調べるが落とし穴の痕跡が見つけられない。非常に巧妙に隠されているのか、それとも1回作動したら無くなるものなのかティーアでも判別がつかなかった。
「ど、どうしたら……」
「落とし穴っていう事はぁ下に行くんでしょぉ。なら私たちはこのまま進むしかないんじゃないかしらぁ? ご主人様が一緒ならあの子も大丈夫でしょうしぃ」
「そ、そうですよね。では早く進んで合流しましょう。」
「むしろぉ、私たちの方が問題ねぇ。持ち物もすべてご主人様が持っているわけだし、回復も蘇生も受けられないんだからぁ。……というわけでぇ、ここからは私が先頭になるわぁ、ソレイユちゃんは一番後ろで警戒してね。カーマインは真ん中でなるべくダメージを負わないようにねぇ。」
「大丈夫でしょうか? バラバラに進んでしまって?」
「次の階層で合流できることを期待して進むしかないでしょう。ノワール様たちも分断されたことは分かっているはずですから、次の階層のセーフティーゾーンか階段付近で待っていることを祈りましょう。」
「それしかないでしょうねぇ」
「分かりました。」
そうして3人は次の階層に向かうべく進んで行った。
◇◇◇
私の足と、アリシアさんに【ヒール】をかけた後、周囲を見回すどうやら大部屋のようだ。上を見上げると暗くなっており天井が見えない。かなりの高さがあるようだ。……あれ? すぐに地面に足がついたような気がしたのだが……
勿論、落とし穴の穴など見つからなかった。どこから落ちてきたのかもわからない。
まずいな、分断されてしまった。ダンジョンなのだからそういった可能性も考えるべきだったかと今になって思うが後の祭りだ。
こういったことは想定しておらず、私がチート持ちだと浮かれていたため所持品はすべて私が持っているし、回復手段――魔法もポーション類もこちらにある。ソレイユちゃん達の方は大丈夫だろうか? ティーアのレベルならば慎重に進めばこの辺りなら大丈夫か。
ただ、あちらには回復手段が無いはずである。ということは速やかに合流しないと、消耗戦になる恐れがある。そうすれば最悪、ソレイユちゃんかカーマインさんが死亡なんてことも。
ああ……心配だ。こんなに心配になるとは……ちょっと今まで楽観視しすぎていたようだ。チートがあるから大丈夫だと。私はあるけれどあの子たちは……いや、まて、ソレイユちゃんはともかく、ティーアやカーマインさんは十分大人なんだ。適切な判断ができるはずだ。下手に心配するとか逆に仲間を信用していなことになるぞ……ああ、でも心配だ……あ゛あ゛あ゛――
「さっさと合流するぞ」
「そ、そうですわね」
29階層を探索中に落ちたということは、ここは30階層なのだろうか。どちらにしろ、下に移動したということは私たちの方が先行しているということになる。動かずじっとしているべきだろうか? それとも階段付近まで行って待っているべきだろうか?
ん? そう言えば……
周囲を見渡すがおかしい、ここが30階層なのだとしたら沼地ゾーンのはずだ。しかし周囲の光景は砂を踏み固めたような地面。周囲は……かなり広いようだが壁のようなものが見える。観客席のような階段状になっており、闘技場のような囲いといったほうがいいだろう物がある。――と、沼地ゾーンとは程遠い。
まるでローマのコロッセオのようだな。
まるでというかこれはその物ではないだろうか。規模はかなり大きいようだが。
向こう側には出入り口だろうか鉄格子のようなものがある。あそこを抜けていくのかな? でも結構大きいぞ。それこそ城門とかそんなレベルだ。
すると目の前に急に黒い霧が集まってきた。これは、魔物が現れる兆候だな。何が現れるのだろうか。ここが30階層だとしたら、まあ問題ない範囲なのだが、周辺の景観が異なる。もしかしたらまったく別の所に飛ばされたということも考えるべきだろうか。そう考えると何となく落とし穴に落ちた際に妙な感じがあったことに気付く。あまり気にならないレベルだったけれど。落下時間と天井までの距離がどう考えても釣り合わないしな。何かしら魔法的な罠だったと考えれば納得がいく。
徐々にその霧が大きくなっていく……が周囲から集まってくる霧はとどまることを知らない。とっくに魔物が湧くような時間は経過しているのだが。
同時に周囲にも……観客席の方にもどんどんと黒い霧が湧いてきた。こちらはそこまで大きくないが数がすごい、観客席を埋め尽くすように霧が発生している。
目の前の霧は時間が経過しどんどん周囲からあふれる霧を吸い込んで行っているが、一定以上大きくならないようだ。時間のみが経過していく。そうしているうちに周囲――観客席の方のが先に霧の発生が終わり魔物の形が造られてしまった。
そして出てきた魔物は……体が透けているマネキン人形みたいな魔物だった。おそらくはゴースト系の魔物だろうか。まあ一言で言えば幽霊だ。人の形をしているようだが個人を判別できるほどははっきりしていない。ただそれが観客席にいっぱいいる。数百……いや千は超えているか? なんにしても多い。これが一斉にこちらに向かってきたりしたら少々脅威だな。だが今のところその場から動く様子が無い。
そうして周囲を観察していたのだがようやく目の前の霧の発生が終わったようだ。そうして徐々に霧が形作られていって輪郭があらわになっていく。
――それは執事服に身を包んだ初老の男性だった。
頭は白髪だがそれを短く刈り込んでおり、精悍な印象を与える。スレンダーな体系だが鍛えられた肉体であることをうかがわせる。細マッチョというやつだろう。見た目は小奇麗な初老の男性といったイメージでおそらく人間。魔物要素は無い。もしかしたらこういった、見た目が人間に近い魔物がいるのかもしれないが、私の知識にはない。
「よくぞやってきました、我がダンジョンへ。お嬢様方には楽しんで行ってもらいましょう。」
目の前の男性はそうこちらに語りかけてきた。
「……そんな……ま、まさか」
アリシアさんが驚愕の表情に包まれる。
「知っているのか、アリシア!?」
「……魔王」
目の前に立つ人物、それは先代魔王ラグナドロスアルタミココスだった。