77 一方そのころ
「この大馬鹿者が――――!!!!」
その大声は王の執務室の外、廊下ひいては王城中に響き渡ったという。
「父上、私は間違ったことをしたとは思っておりません。アリシアは最低の女です。」
「どの口でそれを言うかっ!! 貴様は何も分かっておらん!! なぜ私がメープルローズ伯の令嬢と婚姻を結ばせたと思っておる。」
「あのような政略結婚など私は認めません。私はエリナとの真実の愛を貫くのです!」
「――このっ! もういいっ! 出て行けっ!!」
「――っ! 失礼します」
そうして王の執務室から出ていくアレックス第二王子。
一人になった王はうなだれた。
何が愛だ。王族の結婚は恋愛ではない、政治だ。
王がメープルローズ伯爵の令嬢と婚約を行ったのは、政治の一環であり利害関係の一致だ。
更に、メープルローズ伯よりは王家の方がこの婚約話には乗り気だったといっても過言ではない。
さらにその代りの相手が何のメリットもない男爵家だと。バカかアイツは。絶対に阻止せねばならない。
どうにかしてメープルローズ伯爵令嬢との婚約を続ける必要がある。今回は第二王子が一方的に宣言しただけではあるが、その宣言を行った場にはかなりの人間がいたと聞く。となれば表向き婚約破棄が周知の事実として広がっているかもしれない。
王は頭を悩ませるのであった。
余談ではあるが、この際、王の頭の中はアリシア嬢との婚約復帰の事でいっぱいであり、第二王子に対して罰則的なものを課していなかった。そのことが、『王は声を荒げておられたが、特に第二王子に対しての罰は無かったため、そこまで怒ってもいなかったのではないか。』などという話として広まることとなる。
◇◇◇
「まったく父上はなぜわかってくれないのか!」
学院に登校してきた、アレックス王子はエリナに挨拶をし、自席につくと悪態をつく。
「アレックス様。大丈夫です。お義父様もいずれわかってくれますわ」
「ああ、エレナ。すまない、君にまで心配をかけてしまって。だが、もちろんだとも。必ず君との婚約を成し遂げてみせるよ」
「ええ、期待しております。アレックス様。」
エリナがアレックスを励ましている。さらっと王の事を義父などと言っているが。
(ああ、なんていい女性なんだろうか。アリシアなどよりよほどいい。やはり僕はエリナと結ばれてみせる。)
「まったくですよ。あのような悪女にアレックス様がいいようにされていたなんて。私もアレックス様とエリナ様の事を応援させていただきます。」
「自分もです。アレックス様にはエリナ様こそお似合いです。」
「そうです。アリシアなど、あのような女だったとは王子がお可哀想です。」
周囲にはいつもいるシャロレー達が同意してくれる。シャロレーはフーカ公爵家の跡取りだし、他の者たちも侯爵家や伯爵家の子息たちだ。彼等の支援があればエリナと結ばれるのも問題ないだろう。
シャロレーや他の取り巻きたちについては、エリナに傾倒している節があるのだが、表向きは王子との恋を応援するという立場をとっている。
なお、フーカ公爵夫妻はそのことについてあまりよく思っていない。
◇◇◇
エリナはいつものように王都の家にある食堂で夕食をとっていた。両親は領地にいるためこの家にはエリナのほか十数名の使用人がいる程度だ。
カチャカチャと食器が立てる音が食堂に響く。10人は余裕で座れそうな大きなテーブルにエリナ一人がつき食事をしている。傍らには執事と思しき初老の男性が静かに佇んでいる。
「セバスチャン、あの件はどうなっているのかしら?」
「はい、ウィルズを向かわせました。ダンジョンです。証拠は残らないでしょう。」
「そう、ならいいの。まったく、忌々しいわ。王もさっさとあんな女なんかに見切りをつけて王子との結婚を認めればいいのに」
エリナは王がいまだアレックスとアリシアの婚約をあきらめていないことを知っている。エリナがアレックスと結ばれるためにはあの女は生きていてもらっては困るのだ。
「フフフ、まああの女が死ねば王も私との婚約を認めるでしょう。しぶしぶではあるでしょうが、そんなことは関係ないわ。」
アレックスはすでにエリナに傾倒しており、大勢の前で婚約をすると発表してしまっている。今更、他家の者を王子の婚約者としてあてがったところで周りにはいい顔をされないだろう。アリシア嬢の代わりともなれば、そこそこの家格の者を持ってこなければならないが、下手に権力がある家の者を『代わり』としてあてがえば、王家が批判されることとなる。
その結果どうなるかは、政治に詳しい王が一番よく分かっているだろう。結局、穏当に済ませるにはエリナとの婚約を認めるほかないのだ。
「ああ、早くあの女が死んだという報告が来ないかしらねぇ」
エリナは黒い笑みを浮かべるのであった。
◇◇◇
テーブルを挟んで向かい合ったソファーに一組の男女が座っている。
男性の方は難しい顔をして頭を抱えているのに対して、女性の方は涼しい顔で紅茶のカップに口を付けている。
「ああ、なんで私はあんなことを……アリシアは大丈夫だろうか?」
「あなた、女々しいですわよ。もっとしゃっきりしなさいな。アリシアなら大丈夫ですわよ。お金も持たせたしカーマインも付けたのでしょう。……それに、そんなに心配ならあんなこと言わなければいいでしょうに。」
「私だってそんなに厳しく言うつもりもなかったんだよ。ちょっと頭を冷やしなさいってぐらいのつもりで……」
そう何を隠そう、アリシアの両親――メープルローズ伯爵と伯爵夫人である。会話からもわかるように。父親はやり手ではあるのだが多少心配性なところがある。対して母親は豪胆な性格で、貴族女性たちの1つの派閥のまとめ役とも言える位置にいる。
夫妻がそんな会話をしていると、その部屋にパリッとした執事服を身にまとった男性が入ってくる。
「旦那様、奥様、アリシアお嬢様の行方が分かりました。」
「おお、それでアリシアは今どうしているのだね」
伯爵が待ちきれないといった様子で執事の男性に問いかける。
「お嬢様は現在、冒険者としてダンジョンに潜ろうとなさっておいでです」
「だ、ダンジョンだって!!」
伯爵は悲鳴に近い声を上げる。自分の娘がそんな冒険者などという粗野な職業に……。伯爵は顔を青ざめさせる。
「それだけ? あの子の事です、多少考えなしなところがあるといっても、そんなすぐ死ぬと分かっているような所に準備もなしに行ったの?」
「それなのですが、他の女性3名の冒険者とパーティーを組み潜っているようです。さらにそのパーティー……『高潔な乙女達』というパーティー名で活動しており、パトロンとしてフーカ公爵家の次男であらせられるメリノ・レスター・フーカ様のご支援があるようなのです。」
「まぁ! 公爵家の支援を受けているの!?」
「はい」
―次の日―
「急に訪ねてしまって申し訳ありません。」
「いえ、構いませんよ」
フーカ公爵家王都宅の応接室にはメープルローズ伯爵夫妻が訪れていた。
「それで、何か教えてほしいことがあるとか?」
「ええ、そうなのです。実はメリノ様が『高潔な乙女達』という冒険者にご支援を行っていると耳にしまして」
「ノワールさんたちのパーティーですね。ああ、メープルローズ伯爵のアリシアさんたちも一緒に居ましたね。それがどうかしましたか?」
この場に両親はおらずメリノ君のみでの対応となる。一応母親からつけてもらっている執事が後ろに控えているが、家に不利益が無い限り口出しはしてこない。特に今回は、話題が冒険者の事ということもあり、執事は黙っている。
「いえ、私どもはアリシアが冒険者として活動していることが心配でして、その、こういったことを聞くのは失礼かもしれませんが、メリノ様のご支援されている、そのノワールさんと呼ばれる方のいるパーティーというのはどういった方々なのでしょうか?」
「そうですね……とても素晴らしい女性です。その夏の休暇の際には僕に剣技なども教えていただきましたし、それに、その他にはティーアさんとソレイユさんという方がいらっしゃいますが、こちらも素晴らしい方々ですよ。ティーアさんは面倒見が良いですし、それにソレイユさんは頑張り屋なところがあって――――」
メリノは夏季休暇中の事を思い出しながら、3人の印象を述べていく。少し頬が赤くなっているのは何を思い出しているのか……
「すいません。そう言ったことではなく冒険者としての実力と言いましょうか……ダンジョンに潜っていると聞きましたが、実力的に大丈夫なのかと……」
「実力ですか? それならば問題ないと思いますが。ノワールさんはレベルが200を超えていたはずですし、ティーアさんは98? 97だったかな? だったかと。ソレイユさんも40代後半のレベルだったはずですので、並のダンジョンであれば問題ないと思います。」
「に、200!!」
伯爵夫妻が目を剥く。レベル200という数字はすぐには信じられないからだ。
「え、ええ、それに父から聞いた話ですがノワールさんは高位の回復魔法をつかえますので……よほどのことが無い限り大丈夫だと思いますよ。今回は確かアリシアさんたちは30層代に行っていると聞きました。そこであれば、ノワールさんたちのレベルであればアリシアさんたちを庇いながらでも問題はないとギルドマスターという方がおっしゃっていましたよ。」
「そ、そうでしたか……」
メリノが回復魔法を使えることをさらっと言ってしまった。これは口止めしていなかったメリノの父親の問題だろう。ただレベル200という所に気をとられていたため、回復魔法関連は特に突っ込まれることなく終わった。
「ほら、あなた。心配しすぎなのよ。その、ノワールさん? という方、メリノ様の言う通りならば問題ないでしょう。私たちは娘の凱旋を待っていればいいのよ。」
「あ、ああ」
さすがにこれ以上、次男とはいえ公爵家が支援するパーティーの実力を疑うようなことを言えず。また、公爵家が支援するのだから、それこそ、偉業を成し遂げて来るのではないかという思いもあって、伯爵夫妻は帰って行った。
◇◇◇
「ノワールは回復魔法が使えますのね。死にかけの人間も回復させるなんて……」
「ノワール様は教会に所属なさっているのですか? あの回復魔法ならさぞ高位の職に就いているのでしょうね」
「いや、していないな。そういった宗教組織は面倒そうだからな」
「そうなのですか?」
「あと、蘇生魔法も使える。なので、よほどのことが無い限り泣く必要はないですよ」
「嫌味ですの!!」
すぐに言い返してきたアリシアさんと違って、カーマインさんはぽかーんとしている。その後真面目な顔になってこちらに語りかけてくる。
「……ノワール様、蘇生魔法とは現在は使える者はいなかったはずです……あなたは一体何者ですか?」
何!? 教会は回復魔法使いを囲っていると聞いたので、蘇生魔法とかもそれなりに偉い人なら使えるんじゃないかと思っていたのだが……使える奴いないのか……
アリシアさんやカーマインさんを疑うわけじゃないが、どこかでぽろっと口にされても困るな。口外しないように言っておくか。
「クラスのみんなには内緒だよ」
追記)誤字修正しました。