76 貴族と王都のダンジョン 5
「カーマイン! カーマイン!」
ウィルズの放ったナイフは寸分たがわずアリシアさんの胸に向かっていき……それをかばったカーマインさんの同じく胸に刺さってしまった。
「お、……お嬢様」
口から血を流しながら必死に言葉を紡ぐカーマイン。それを抱きかかえながら青い顔で必死に話しかけるアリシア
「カーマイン死なないで!」
「お嬢様……無事でよかったです」
「ええ、あ、あなたのおかげで無事よ!」
「かっ……お嬢様に仕えられて私は幸せでした……」
「カーマイン! 何を言っているのっ! 大丈夫よこのくらい!」
涙ぐみながら、必死に声をかけるアリシア
「……いえ……自分の体です……分かっています」
「ああ、カーマイン! だめよ! 死なないで!」
「お……お嬢様…………」
「カーマイン、あなたは私のメイドなの。世界一のメイドよ。私はとても誇らしいわ。だからこれからも私に仕えなさい!」
「……ええ……そうですね」
カーマインの瞼が徐々に落ちていく
「カーマイン! だめよ! 死なないで! あなただけなの、私と対等に接してくれるのは! だから……だから……ああ……いつもみたいに憎まれ口をたたきなさい!」
「……ありがとうございます……お……嬢様……」
◇◇◇
「あーまず……」
相手の剣は鋭く、結果として最後は肉弾戦になってしまった。腕も片方は開放骨折を起こしているし。
まあ一応、怒りがわいたといっても冷静さを失っていたとかではないので、右フックの際は力を加減できたし、寸止め――はうまくできなかったが骨折程度で済ますことができた。……多分本気で殴ってたら上半身消し飛んでたんだろうなー。
なおその後、地面に叩きつけたのは完全な八つ当たりである。意識を保ったまま痛みを感じるように手加減は出来たはずだが……
最後に叫んだのはただのノリである。
…………そうだ! カーマインさんが!
そうして顔を向けると、血を大量に流し横たわったカーマインさんがアリシアさんの腕に抱かれていた。
「ノワール様(ご主人様)、早く! 早く!」
ソレイユちゃんとティーアが私を呼んでいる。早く回復しろと言いたいのだろう。
あわててアリシアさんとカーマインさんの方に駆けていく。
アリシアさんの胸に抱かれたカーマインさんはすでにかなりの出血をしており、顔は土気色になっており、瞳も焦点が合っていない。かなり不味い状態だ。
「カーマイン! だめよ! 死なないで! あなただけなの、私と対等に接してくれるのは! だから……だから……ああ……いつもみたいに憎まれ口をたたきなさい!」
「……ありがとうございます……お……嬢様……」
アリシアさんがカーマインさんに必死に呼びかけている。カーマインさんも何とか声を紡いでいる状態だ。
「そのまま抱いていてください!」
「え、あ、の、ノワール……何を」
「ちょっと痛いですよ」
そう言うと、カーマインさんの胸に刺さっていたナイフを一気に引き抜く。血が一気に噴出するが少し我慢してもらうしかない。
「うっぁ……」
「カ、カーマインに何をしているの! ノワール!」
アリシアさんの非難する声が聞こえてくるが、無視する。
「【エクスヒール】」
私が最大級の回復魔法をかけると、傷口が淡く光り、そして閉じていく。同時に顔色も徐々に戻り、表情も穏やかなものになっていく。
「……え?」
アリシアさんが呆けたような顔をしているが……
パチ! とカーマインさんの目が開く。
「………………あれ?」
◇◇◇
「で、何かしゃべったか?」
「ええ、なんでも人に頼まれたらしいわぁ」
「……誰かは?」
「それは分からないってぇ、フードをかぶっていたし、名前も名乗らなかったらしいわぁ」
「そうか」
今は、盗賊9人とウィルズを全員、武装解除の上簀巻きにして尋問中だ。
さすがにウィルズという高レベルの奴がいるのにただの盗賊だというのは不自然だ。そう思い、私の剣……は折れてしまったので、盗賊たちが持っていたナイフ取り上げ、それを盗賊どもの首に突き付け優しく聞いてやったのだが、その結果、アリシアさんを殺すように誰かに依頼されたということが分かった
ただ結局、依頼主の方は分からなかった。まあ、依頼した奴も馬鹿ではないだろうからな。
一度、ティーアとソレイユちゃんにまかせて、カーマインさんの回復の状態を見て来たのだが、その間にも何も新しい情報は無いようだ。
「それで、……ウィルズ、何か話す気になったか?」
「…………くっ、殺せ」
ウィルズの方も簀巻きにしている。先ほどまで片腕開放骨折のほか、地面にたたきつけた結果全身骨折に内臓破裂までやらかしていた。一応【中回復】を何回かかけることにより喋れる程度には回復させてやっている。【ミドルヒール】程度では何回かけてもすべての怪我が治るわけではない。特に開放骨折した腕など変な状態で回復しているために、もう元のようには使えないだろう。
だが、さすがに同情してやる気にはならない。
て言うか、この男、さっきから「殺せ」としか言わない。真面目というかなんというか。レベルも高いが精神力も高いらしい。凄腕暗殺者とかそう言うのだろうか。
「……ティーア、そう言えばお前、〈魅了〉とか使えたよな」
「あ、ああ、そう言えばそうだったわねぇ。ご主人様が最初に使うなって言ったから使う気はなかったけれどぉ」
「それを使って、聞き出せないか?」
「やってみるわねぇ」
そう言って、ティーアがウィルズの瞳を覗き込む。
「〈魅了〉」
「……ぐっ……あぁ……」
ウィルズが苦悶の表情を浮かべながら、汗を流している。〈魅了〉って苦痛も与えるんだったか?
ちなみにこの〈魅了〉、権力者とかにかければやばくね? とか思うかもしれないが、結構見破られやすい。まず、〈魅了〉がかかっている間、目がピンクに発光する。そして思考が単調になるため、動きがぎこちなく、言語機能も低下しスムーズに話せなくなる。等々
「あら、すごいわねぇ。抵抗しようとしているわぁ」
「それって大丈夫なのか」
「大丈夫よぉ。スキルレベルは高いのよ」
「私には効かなかったよな?」
「あれはご主人様が変なのよ」
「……そうか」
まあいいや。
やがて、ウィルズの表情がだんだんと落ち着いてきた。
「ねぇ、私のことがわかるぅ?」
「……アア」
「そう、じゃああなたは何故私たちを狙ったのかしら?」
「……ッ……タノマレタ……アッ……アリシアヲコロスヨウニト」
「誰にかしらぁ?」
「…………ッッ……エリナ アン ローズ」
エリナ・アン・ローズ? 誰だっけ? 名字にミドルネームまであるということは貴族だろう……どこかで聞いたことがある。
「あなたとそのエリナという人の関係は? 依頼人ということでいいのかしらぁ?」
「ワッ……ワタシハローズケノカ……ゲ……トシテダイダイツカエルミ……ローズケノヨゴレシゴトヲウケオウ」
……そのローズ家お抱えの暗殺者ということだろうか? そんなのがいるなんて貴族コワイ
エリナ・……が誰なのか、とりあえずアリシアさんに聞いてみよう。
「~~~~っ!!」
アリシアさんは壁の近くでしゃがんで顔を真っ赤にしながら、両手で顔を覆っている。
「お嬢様大丈夫ですよ。私こう見えて義理堅いほうですから。」
「~~~~!!」
「ほらお嬢様。カーマインですよ。世界一のメイドですよ。」
「~~っ!! ~~っ!!」
どうやら、カーマインさんが死ぬと思って、ガチ泣きしたのが恥ずかしいらしい。元気になったカーマインさんに声をかけられるが顔を覆ったままこちらを向こうとしない。
「お取込み中に悪いが、私達……というかアリシアさんを狙った奴がわかったんだが……大丈夫か?」
「あ、分かったのですか? ほら、お嬢様いつまでもそんなところにいないで」
「~~~~っ! わかっていますわよ!」
やや、やけくそ気味にアリシアさんがようやく立ち上がりこちらを向く。
「エリナ・ア……アン・ローズという者らしい。あいつはそこのお抱えの暗殺者? だとか言っていた」
「エリナッ!! あんの女狐が!!」
「エリナ様ですか……これは何というか」
「あーと、その、エリナって誰だっけ?」
「お嬢様が婚約破棄された第二王子の新しい婚約者ですよ」
「あー……ああ、」
そうか、アリシアさんの婚約破棄話に出てきた人か。
確か第二王子がエリナさんとラブラブだからアリシアさんが婚約破棄されたとかだったな。
え? あれ? なんでアリシアさんを殺そうとするんだ? 理由がわからん。
「……そうか、じゃあ、あれらはどうする? そのエリナの犯罪の証拠として突き出すのか?」
「はぁ? 今更どうでもいいですわよ! あんな小物! 第二王子にも未練はありませんし、さっさとどうにかして先に進みますわよ!」
「分かった」
結局、アリシアさんの意見を採用したわけで、現階層のセーフティーゾーンにいた、今から帰るところだという冒険者たちに手間賃を渡し、盗賊10名を連れて帰って衛兵に突き出してもらうことにした。
カーマインさん防具つけてなかったっけ?という突っ込みは無で……すごい投げナイフだったんですよ。
エリナさん、いったい何令嬢なんだ!?