67 悪役令嬢 4
あれから数日が経っていた。ダンジョンへ潜った次の日等は自分へのご褒美として現在泊まっている宿屋でゴロゴロとしていたものだがそろそろ動き始めないといけないだろう。
「難しいですわね」
そう言って、愚痴をこぼすアリシア。
「そうですねー、あきらめましょうかー」
「あなた、考える気有りますの?」
今はどうやってダンジョンの30階層以下に行くか話し合っていたはずなのに、なぜかカーマインは違う話題を振ってきた。
お金は持っているので物資、装備とも揃えるのに問題はない。問題はレベルだ。別にアリシアとてバカではない、勝ち気で乗せられやすくて婚約破棄されたが。
このダンジョンの最深階層レコードは48層である。それもレベル50近い者たち6人のパーティーでだ。自分たちのようなレベルの2人だけでは5層を超えられればいい方だとは、この間護衛をしてもらった『ハウンドドッグ』のダフィット談。
「やはりパーティーメンバー? を集めるところからかしら?」
「やめましょうよ。世間知らずでお金持ってる元貴族なんてカモにされるだけですよ。大体なんて言って集めるんですか?」
「失礼な! まだ貴族ですわよ!」
相変わらずカーマインは乗り気ではないようだ。消極的な意見を出してくる。
「そう言えばお嬢様。初等部の学生が帰って来たようですよ。」
「あら、そう言えばそうですわね」
王都にある学院の初等部、中等部、高等部の長期休暇は長さが違う。単純にカリキュラム――覚える事柄の多さの違いで高等部は早めに休みが明ける。そうして一度長期休暇明けの顔合わせのパーティー(いわゆる久しぶりー。元気だったー? 的な)というものが開かれるのだ。アリシアはそこで婚約破棄を言い渡されたわけだが。
なぜ休み明けなのかというと、アリシアと王子それにエリナともに休暇中も王都に居て、休み中にも(幼稚な)イジメなど行っていたとか、休み中に王子とエリナが急接近したとか理由があるのだが。
「初等部は休暇明けの実技試験があるそうですよ?」
「懐かしいわね。」
「お嬢様は休暇太りで成績は下位でしたけれどね」
「だから失礼ですわよ! それに女子の中では中位でしたわよ!」
◇◇◇
その後話がどんどん逸れて行き、なぜか、その実技試験をアリシアはカーマインを連れて見に行くことになった。
初等部の実技試験は学院の運動場で行われる。学院の運動場は地球のものと違い、コロシアムのように周囲に観客席がある。これは他の大きな試合や試験なども行われるためである。貴族用に見栄えを重視したということもあるが。
「あら、やっていますわね」
「そうですね」
なおこの運動場は初等部、中等部、高等部共通なので学院生(及びその従者)なら誰でも入ることができる。今は実技試験中ということで観客席にはあまり人がいなかった。せいぜい、一部の高位貴族の従者が控えている程度だ。
どうやら木剣などを使った1対1の模擬戦のようだ。といっても、所詮は初等部。16歳のアリシアなどから見ればかなり拙い動きが目立つ。
教官が合図の笛を鳴らし、それぞれが打ち合う。休み中の運動不足で、なかなか自分の思い通りに体が動かない貴族子女などが大勢いる。大店商人の子供や文官狙いの貴族子女は早々にボロ負けしている。
「あら? あの子なかなかいい動きしていますわね」
そう言って、一人の子供を指すアリシア。かなり小柄な子供であり、対戦相手は大柄ないかにも武官の一族といった体格なのに、終始剣技で圧倒している。勿論パワーでは敵わないはずなのに、素早い動きと技術で、相手のつけ入る隙を与えない。
大柄な方は軍にいる貴族の跡取りだった。初等部とは思えない体格の大きさだったのでアリシアは記憶していた。では、小柄な方は、
「あれは、フーカ公爵の次男ですね。確か名前は、メリノ・レスター・フーカ様でしたでしょうか」
「フーカ公爵」
アリシアはギリッ! と歯を噛んだ。
フーカ公爵の息子と言えばアリシアにとってはエリナの取り巻きであり、あの婚約破棄の場で女性であるアリシアの腕をひねり上げ跪かせた人物である。
まあそれは長男の方であるが。
「決めましたわ! あの子をスカウトしましょう!」
「は? 何言っているんですか?」
アリシアの考えは単純だ。長男がエリナ派なら、次男をこちらに取り込めばいい。そうして私が『成果』を上げるのだ。そうすれば、王子だけでなくあのフーカ公爵の長男にも一泡吹かせられる。
そんなやり取りをしているうちに、メリノ公爵家次男は相手を下して勝ってしまった。
周囲からは「すげー」「勝っちまったよ」「休暇中何やったんだあいつ」という声が聞こえてくる。
◇◇◇
メリノはご機嫌だった。これまで技術やレベルが低いことにより、実技試験では常に下位の成績だったが、今回は何と初等部トップの人物に勝ったのだ。成績上位入りは確実だろう。周囲からかけられる称賛の声もくすぐったい。
本日はこの実技試験のみなので、この後は自由時間である。何をしようか? ノワールさんはまだ町にいるだろうか? どこ行けば会えるだろうか? そんなことを考えながら運動場を後にした。
「少々よろしいかしら?」
「はい?」
運動場を後にし、この後の事に思いをはせていたメリノに声が投げかけられた。誰かと思い声の方を確認すればおそらく高等部の生徒であろう人物が立ってこちらを見ていた。ちなみに、メリノは相手が誰であるのかわからない。高位貴族やその子女は有名ではあるし、特に高位貴族の場合、社交界に出れば顔を覚えることは話をするのに必須とされているが、さすがに11歳ではすべての貴族の顔を覚えているわけではない。
「あの、失礼ですが……」
「ああ、自己紹介がまだでしたわね。私はアリシア・ショコラ・メープルローズ。メープルローズ伯爵家の者です。フーカ公爵家の次男である、メリノ様にお話があってまいりましたの」
一応、伯爵よりも公爵の方が偉いので、年下にもかかわらず様付けをしているし、口調も丁寧だが、話し方とか立ち方がいかにも威圧的に映るアリシア。
「ああ、あの」
「どのかは知りませんが、多分あっていると思いますわ」
果たしてどういう意味で「あの」といったのかは知らないが、おそらく醜聞であろうとアリシアは予想立てる。それほどまでに貴族界隈では王子の婚約破棄というのは有名であった。
「あの、すいません。兄が失礼をしたようで……」
「え? いえ別に大したことではありませんわよ」
と思っていたアリシアは拍子抜けした。まさか謝罪をされるとは。
メリノは、特に婚約破棄については、まだ幼いということもあり多少他人事のような気分でその事柄を聞いていた。ただし、兄がかかわっていたということで、その部分は覚えていたのだ。そしてメリノにとって印象が強かったのが、顔も見たことが無い王子と婚約者の騒動よりも兄が女性を押さえつけたという事である。
「ゴホンッ! それはどうでもよくってですね、実は私、ダンジョンを攻略しようと思っているのです。それでぜひメリノ様にもご支援いただけたらと思いまして」
アリシアは別にメリノとパーティーを組んでダンジョンアタックとか言うつもりはない。こんな子供をパーティーに入れたところでどうなるものでもないし、むしろ死にでもしたら後々面倒だからだ。こちらの一派に引き込むだけで十分だ。
「ダンジョンですか! すごいですね! あ、もしかしてパーティーを組んでアタックですか! 僕も行ってもいいんですか!」
それに対し、メリノの食いつきは予想以上だった。
「いえ、あの、ご支援いただけたらいいかなぁと……」
逆にメリノに圧倒されたアリシアの声は段々と尻すぼみになっていく。
「いつ行くんですか? 行くんなら迷宮都市側のギルドで手続きをしないとですよね! 僕迷宮とか初めてで、あの、アリシア様はダンジョンに潜ったことがあるんですか?」
「え? ええ、もちろんですわ!」
「すごいですね! じゃ、じゃあダンジョンの事とか教えてください!」
「ええ、いいですわよ」
「ありがとうございます! 楽しみにしてますね。」
そう言ってメリノはその場をうきうきとしながら後にした。残されたのはアリシアとカーマインの2人。
「めっちゃ乗り気でしたね、メリノ様。あの子を連れてダンジョンへ行くんですか?」
カーマインの疑問ももっともだろう。別に一緒にパーティーを組んでダンジョンアタックするつもりはない。なのに、今の会話を聞いていたら付いて来そうで、別の意味で怖かった。あと、あの様子では、兄との対立に利用されているとかは微塵も考えていないのだろう。
「不安ですわ」
アリシアはぽつりとつぶやいた。