64 悪役令嬢
少し話がそれます。3,4話ほど主人公が出てきません。
あと本話は第3者視点のつもりです。
学院。貴族や裕福な商人などが通う、学問を教えるための機関だ。
今現在、学院、その高等学部では貴族の子女達を招いた夜会が行われていた。
荘厳なホールで、楽団が奏でる音楽をBGMにテーブルには様々な料理が並ぶ。そんな場にて貴族の子女達が、おしゃべりに興じる。今夜は貴族の上下を取り払い友好を深めましょうという場。しかしながらそれをそのまま実践するものはこの場にはいない。無礼講だなどといっても上司にはちゃんとお酌をする。タメ口は叩かない。この場にもそんな暗黙の了解というものがある。それぞれの貴族が派閥に分かれ相手の出方を伺い、己に有利なように立ち振る舞う。
しかし今はそんな場も静まり返っている。あらゆる貴族の子女たちが中央にいる男女やその取り巻きそして、それに対している少女に、好奇や嘲り、驚愕などの視線を向けている。
「アリシア、君との婚約は解消させてもらう!」
目の前に跪いている、いや、跪かされている少女に気勢を上げるのはこのエドクス王国の王族であるアレックス第二王子だ。
「そんな、何故です!」
対して、跪いてアレックス王子を見ながら声を上げるのはメープルローズ伯爵家の令嬢であるアリシア。
アリシアは何故と言っているが、本当は分かっている。なぜ婚約解消などというものを突き付けられたのかを。
「僕は真実の愛に目覚めたのだ。僕はエリナと婚約する。それにアリシア、君はエリナに対して嫌がらせを行っていたそうじゃないか、そんな女性と婚約など願い下げだ!」
アレックス王子の横にいるのはおどおどとした庇護欲をそそられる少女だ。エリナと呼ばれる男爵家の令嬢だ。
本来なら、伯爵と男爵など比べ物にならないほどの権力がある。しかもアリシアはアレックス王子の婚約者である。ただの男爵家令嬢など婚約者持ちの王族に色目を使ったなど、公になれば一大事である。
ただ、そうはならなかった。
アレックス王子がエリナ男爵令嬢に傾倒したことが一点。そして、アリシアがエリナに嫌がらせを行ったということがもう一点。
それをこの大観衆が見守る中、宣言されたのである。
周囲は、いくら権力に近しい者たちとは言っても、王子の言う事には一定の力が伴い、また、いじめられたとされる男爵令嬢に対しても同情の視線が向けられる。
アリシアを押さえ跪かせたのは、シャロレー・レスター・フーカ。フーカ公爵家の跡取りにしてエリナ男爵令嬢の取り巻きの一人だ。
この他にも何人もの高位貴族がエリナの取り巻きには存在する。これはエリナの成せるカリスマ的な技だったのだろうが、周囲の令嬢たちはこれを快く思わない。
アリシアは貴族と言うには少々考え足らずなところがある。勝ち気な性格も相まって、取り巻きたちに言葉巧みに乗せられ嫌がらせを行った結果、それが王子たちの耳に入ることとなる。たとえ、非常に幼稚であり貴族のやり取りとしては嫌がらせのうちに入らないようなものだとしても、学生の身分であり、正義感の強い王子に言わせれば立派な嫌がらせだったのだろう。
そうして、このような公の場で婚約者である伯爵令嬢が糾弾される事態となった。
「くっ! 覚えていらっしゃい!」
そう言ってアリシアは押さえつけていた手を払いその場を後にした。
このことも悪かった。いかにも悪役的な捨て台詞を吐いたことで悪いのはどちらかを周囲に印象付けたのだ。
本人はショックで言葉が思いつかず、その場を後にしただけだとしても。
結果として、悪いのは伯爵令嬢であるアリシア、エリナは悲劇のヒロインであり、それを救ったのがアレックス王子だという構図が出来上がってしまった。
民衆には受けそうであるが、貴族的には全く受けないだろう。本来、王子と言えど一方的な婚約破棄など行えば何かしらの罰は受けるものである。しかし今回は、周囲――さまざまな貴族が見守る中での糾弾により、婚約破棄をされて当然という空気が流れてしまった。
そのため王子は口頭注意のみとなり、アリシアとの婚約は破棄(男爵令嬢との婚約は保留)。それを聞いたメープルローズ伯爵は、娘のアリシアを家から追い出した。一応メープルローズとしての席は残しているが、何かしらの婚約に代わる『成果』を持ってこいと言ったのである。
◇◇◇
平民街の真ん中を歩く、明らかに場違いな二人。一人はついさっき家を追い出されたアリシアである。金髪の髪を見事な縦ロールにしており、さらには豪奢なドレスを身にまとっている。多少キツイ印象を受けるが16歳とは思えないスタイルと気品の良さがにじみ出ている。これぞ貴族という風体である。
もう一人は赤い髪が特徴のカーマインという名のアリシア付の侍女である。今年で22歳になる彼女は5年以上もアリシア付のメイドとして過ごしていた。22歳という年齢の通りかなり大人びており侍女服姿も堂に入っている。そんな彼女がなぜアリシアと一緒にいるかというと、それはメープルローズ伯爵の親心というほかないだろう。あと親心としてそれなりの金銭も持たされている。
「ねえ、カーマイン。『成果』って何がいいかしら」
「そうですね。何か事業を起こして成功させるとかですか」
「そんなありふれたものじゃ駄目よ! もっと私にふさわしい派手なものがいいわ」
「はあ……というか、お嬢様婚約破棄されたんですよね? もっと落ち込んでいるのかと思っていました。」
「あら、なぜ? 私はメープルローズ伯爵家の娘、アリシア・ショコラ・メープルローズでしてよ。たかが政略結婚の相手から婚約破棄を言いつけられたぐらいで落ち込んだりしませんわよ」
「でも、捨て台詞を残して逃げてきたんですよね」
「くっ、カーマイン、あなた口が悪いわよ。忠誠心というものがありまして?」
「ありますよ」
アリシアに婚約破棄に対する未練はない。というか、貴族として政略結婚が当たり前なこの世界。アリシアも貴族とはそういうものであると認識していた。最初の頃こそ、なぜ!? という思いがあったが、落ち着いてくると、婚約者の事よりも婚約によって離れて行った利権の方が気になりだしたほどだ。王子に対しての恋心などなかったのであろう。むしろ婚約者がいるのに他の女になびいた王子に対して怒りすら湧いてくるほどだ。
メープルローズ伯爵も対外的に罰が必要と娘を市井に放り出しはしたものの、かなり手心が加えられたものだとアリシアは考えている。必要な金を与え1名とはいえ侍女までつけているのだから。とはいえ、これでも十分に罰になる。籍が残してあるとはいえ『成果』など得られるわけがないと周囲は考えているからだ。周囲は貴族がいきなり平民に落とされたと判断するだろう。
さて緊急の課題はいかにして『成果』を出すかだ。事業を起こして成功する? だめだ。事業を起こす程度の金額は持たされたがそんなことをしていては元手を回収するのにも数年かかるだろう。それではたとえ家に戻ったとしても貴族としての生命は終わったも同然だ。
この世界は通信網など地球程には発達していない。地球では株などで、1日もあれば稼げる奴もいるかもしれないが、この世界にそんなものは無い。一番手っ取り早いのはお抱えの商人にアイデアを売るというのもあるだろう。地球で言う特許や著作権の概念だ。しかし、アリシアが知っている商人はどれも貴族お抱えの高級店ばかり。そんな所にいきなりアイデアを持ち込んだとしてもすぐに商品化などされるわけがない。さらに、自分は今や、イジメを行い王子から婚約破棄をされた悪役である。メープルローズ伯爵家お抱えの商人ですら敬遠するかもしれない。そもそも高級志向のヒット商品のアイデアなどすぐに思いつくわけがなかった。
それにちょっとの成功ではあの王子達を見返してやれないとも思っていた。あの王子達を見返すためにはもっと大きな成果が必要なのだ。
そうして思いつく、ここはどこか。王都だ。そして同時に迷宮都市でもある。ダンジョンには一獲千金を狙う輩が集まり今も富を出し続けている。ならばあそこには唸るような宝があるのだろう。それこそ王家でさえも手に入れたくなるような宝が。
「決めましたわ。ダンジョンに行きますわよ!」
「ダンジョンですか!? 危険ではないですか」
「私はメープルローズ伯爵家の娘、アリシア・ショコラ・メープルローズでしてよ。どの程度の危険であろうと跳ね飛ばして見せましてよ!」
「名乗りはさっき聞きましたよ……え、頭大丈夫ですか?」
「大丈夫ですわよ!!」