57 心配
他者視点です
第三者視点のつもりですが固有名詞に君やちゃんがついたままに……
今、フーカ公爵ご子息一行は全力で馬車を走らせている。後ろをからグランドドラゴンが四本の足で追いかけてくる。
「ひぃぃぃ――」
御者の人も、真っ青になりながら馬を走らせる。その際に石に乗り上げたのか馬車を結構な衝撃が襲い、――短い悲鳴と共にソレイユちゃんが馬車の外に放り出される。
そして、それを見たノワールがソレイユちゃんを守ろうと馬車を蹴り飛び出す。
ティーアが叫ぶがノワールとソレイユちゃんは馬車からどんどんと離れて行ってしまう。それを見たティーアは、その後を追うように、飛び出して行った。その際に、自身にある羽を大きくさせた後にその羽で飛んで行った。
これにコラットソマリ兄妹は非常に驚いた。ティーアは奴隷の首輪をしていたので、てっきり人間か亜人の奴隷だと思っていたのだ。ただ、見た目が色っぽいお姉さんなので性的な目的の奴隷としてならば非常に高値で取引されるだろう。そんな奴隷をなぜ女性であるノワールが所持しているのかと兄妹にとっては疑問だったのだが、結局今まで聞けずじまいだった。ただ、いま見た羽の形から奴隷ではなく悪魔などの使い魔ではないだろうかという疑問がわいてきたがすぐに自身で否定した。人の形をした悪魔は総じて力が強く、人間が使役することなどそれこそおとぎ話の世界の話だ。では彼女はなんなのか。疑問は残るばかりだ。だがそんなことを考えている暇はない。
「ノワールさんたちが馬車から落ちた!! 助けに行かないと!!」
コラットさんが叫ぶが、護衛の人は聞き入れない。冷静に考えれば当然だ。グランドドラゴンはここにいる戦力でどうにかできる相手ではなく、ノワールたちとコラットソマリ兄妹は護衛なのだ。ならば護衛対象の安全を第一に考えるべきだろう。
幸い、グランドドラゴンは足を止めたようで、馬車との距離はどんどん開いていく。コラットソマリ兄妹そして、護衛の領軍の人たちは、今落ちたノワールたちがそのグランドドラゴンの注意を引いたのではないかと考えた。そして、領軍の人たちはこれを好機ととらえた。たとえ見捨てることになっても護衛が足止めをしているうちに、護衛対象を安全な場所まで連れて行こうと。
結局、先にあるスーミンの街につくまで、馬車は止まることなかった。
スーミンの街に着いて、領軍の護衛たちがスーミンの門番に緊急時であることを告げる。グランドドラゴンがここから近い場所に出たと。
自分たちはフーカ公爵のご子息とその一行でありすぐに街に入りたい。同時に、この街は王国直轄領の中にあるため、領軍ではなく王都から騎士が派遣されている。彼らに調査又は討伐を頼みたいと。
それを聞いた門番が、あわてた様子で街の中に走っていく。街の責任者に知らせに行ったのだ。ドラゴンとなればそれこそ千人規模の軍隊が必要になる。門番でもそのくらいのことは知っているのだろう。
「え!? ノワールさんたちが!」
メリノ君がひどく驚きそして混乱している。
馬車が速度を上げた際に何事かと思ったが、結局詳しい説明もなくこの街についた。そして馬車が止まってから、護衛の領軍の人に事情を聞かされたのである。
「ええ。ですが彼女たちのおかげで我々は逃げることができました。」
今回の護衛隊長がそう言うが、メリノ君は取り乱したままだ。
「そ、そんな……た、助けに行かないと……」
そう震える声で言うのだが、護衛隊長他お付きのメイドたちも反対した。メリノ様の安全が第一だと説得する。「でも、」と、メリノ君が食い下がるが、相手はグランドドラゴンであり、自分たちが行ってもどうにもならないと。むしろ、ノワールたちが護衛としての役目を果たしたのだと。それらを聞いて押し黙るメリノ君。
そうこうしているうちに、門番からすぐに街に入るように言われた。グランドドラゴンは強い。この街にいる戦力では、正面から戦えば倒すことどころか足止めすらできない。そのため騎士団を斥候に出すと同時に、一時街の門を閉めるという。
この世界は魔物という脅威が存在するため、一定規模以上の街などにはすべて外壁が存在する。門を閉めればもしその街だけで対処できないような脅威に襲われても、時間稼ぎができる。そして稼いだ時間で他の街や王都などから増援を呼び対処するのだ。
そうしてメリノ君一行は、あわてて街に入った。
その後、斥候に出る騎士団が横を通過する際に、自分たちの身分を明かし「我々の護衛をしていたノワールという黒髪の女性たちが、ドラゴンを足止めしているかもしれない、もし見かけたなら保護してほしい」と頼み込んだ。といっても、護衛の領軍の人たちをはじめ大多数はすでに死んでいる可能性の方が高いと思っていた。
そして、先ほど言われた通り斥候が出ていくと同時に門が閉められた。
その後メリノ君一行は、街の代表の屋敷を訪問した。しかしドラゴンの対処で色々と慌ただしくなっているため、あいさつもそこそこに屋敷を後にし、本日泊まる宿屋に向かう。護衛の一部は、この街の戦力ではグランドドラゴンは相手にできないだろうから、今のうちに少しでも離れるべきだとも主張する者もいたが、一応ここは王都直轄領であり、少数とはいえ騎士団がいる街なのだ。それを信用していないと取られかねないこと、また、さすがに全力疾走した馬がもう限界だったことなどから、この街に停泊することになった。
街の代表ほか代官たちは頭を抱えていた。
ドラゴンと言えば魔物などとは比べ物にならない脅威であり、もしこの街に向かってきているのであれば、王都への報告と、増援要請、また住民の避難に迎撃の準備などを行わなくてはならない。それらをどうするか。先ほど斥候に出た騎士団はすでに周囲には特に変化はないと報告を受けている。しかし、ドラゴンが出たとの報を受けたのがすでに日も傾きかけた時間帯であり、あまり広範囲は捜索できなかった。明日は朝一から騎士団を出し、ドラゴンが出たという場所を確認、ドラゴンがどこへ向かったかなどを調べなければならない。
街の代表の館はその日、夜中になっても明かりが消えることが無かった。
ノワールになついているメリノ君はその日、心配で食事ものどを通らず、また眠りにも就けなかった。
その様子を見周りの人たちは非常に心配したという。
そして次の日、あっけらかんと戻ってきたノワールたちに、メリノ君は泣きながら飛び付き、コラットソマリ兄妹や他の護衛の人たちも非常に安堵した。
その後、斥候の騎士団はドラゴンが暴れたと思われる痕跡と大量の血の跡を確認したが、ドラゴンはおらず、またどこへ行ったか不明のまま帰って来た。ドラゴンの暴れた跡は木々がなぎ倒され、地面がえぐれ、ブレスと思われるものにより木々が炭化していたという。また、足跡や爪痕、歩幅などから30~40mクラスの成体のグランドドラゴンと判断された。
結果、その後割ける戦力を総動員して、数日間、街の周辺を捜索したが、ドラゴンは見つからず、ひとまず安全であると街の代表者が発表した。
なおこのときメリノ君一行はすでに街を旅立っていた。