40 メリノ・レスター・フーカ
目の前には、見た感じ貴族のボンボンといった感じの衣服に身を包んだヒョロイ……もとい、年齢の割に小さめの子供が立っていた。
「メリノ様、今回新しく入ったメイドを紹介いたします。こちらから、ノワール、ソレイユ、ティーアとなっています」
「よろしくお願いしますメリノ様」
「あ、うん、よ、よろしく」
「あら、可愛いわねぇ。食べちゃいたいわぁ(ボソッ)」
おばちゃんメイドさんが私たちを紹介してくれる。ちなみにこの人メイド長さんらしい。
雇用主の息子さんなんで様付したんだが、違和感半端ないな。あと、ティーア、お前いまなんつった。
メリノ君は多少警戒しつつも返事を返してくれた。やっぱ入りメイド服が効いているんだろうか。おう、この年でメイド萌えかよ。
「さてメリノ様、私たちは、あなたのお父様よりあなたのレベル上げの依頼も受けております。この後は特に予定がないと伺いましたので、少し訓練を見せてもらえませんか?」
「え? れ、レベル上げですか?」
「そうです」
嫌そうなというより困惑したような顔をしているな。
「剣術も多少は習っていると伺っています。それを見せていただくだけでも」
「あ、はい、わ、分かりました……」
同意はしてくれた。うーん多少人見知り感はあるが、性格に難があるほどではないな。素直だし。
とりあえず、以前剣の練習をしたという、領軍の練兵場へ移動する。そこでは、ムサい男どもが額に汗を垂らしながら剣の稽古やら走り込みやらをやっていた。
その訓練風景を遠巻きに見つめている領軍の隊長っぽい人に声をかけてみる。
やっぱりこの人が隊長だったようだ。なぜか団長と呼ぶのだそうだが。団長さんに話をして、メリノ君の相手をしてくれる人を見繕ってもらう。
呼ばれたのは、わりと若い兵士だ。たぶん新兵っぽい。その人と、メリノ君とが木剣をそれぞれ持ち、剣の稽古を行い始めた。
ちなみにソレイユちゃんは、今回は役に立たない……ゲフン……もとい見ているだけではつまらないだろうから、ここの食堂の料理人に頼み込んで、厨房で料理のお勉強をしている。いつかソレイユちゃんの手料理を食べてみたいものだ。
さて領軍の新兵だろう若い兵士と剣の稽古をしているメリノ君、ステータスを確認したところ、
名前:メリノ・レスター・フーカ
種族:人間
年齢:11歳
性別:男性
職業:フーカ公爵の次男/初等部学生
レベル:3
聞いた以上の情報はなかった。スキルもなしか。11歳にしては多少小さいようだがこのくらいならそう言われればそうか程度だろうか。それに肌が色白い。これも事前に聞いていた通りインドア派なんだろう。線が細くなんだか女の子みたいだと思ったがちゃんとした男の子だ。
二人が剣の稽古をしているので見ているのだが、なんというか拙いダンスを見ている感じだ。綺麗だが、実戦的ではない。どちらの剣筋もまっすぐで教科書通りといった感じだ。フェイントなど入ることもない。ひたすらカンカン打ち合っている。新兵さんの方は、メリノ君に合わせてちょっと手加減気味といったところか。メリノ君は多少腰が引けており剣に力が乗っていない。
……なぜか前世で剣を握ったこともない私がこんな考えをナチュラルにできている。スキルって考え方にも影響してきたりするのか……
「どうかな? うちの子は」
うおっ! いつの間にか横に領主のおっさんがいた。
「うーん? 彼は何を目指しているんです? 動きが真っ直ぐすぎる。騎士などならあれでもいいでしょうけど、魔物相手となるともう少し工夫を凝らした方がいいと思いますよ。あと基礎体力がありませんね。もうへばってきている」
などと知った風な口をきいてみる。まあ実際何となくわかっているのだが。スキルすげー
「……そうか。まあ、成人したら、領主の補佐として事務仕事をしてもらうつもりだが、むろん魔物退治などの経験もあった方がいいとは思っている。有事の際には前線に出なければならないこともあるのでな。」
「それは戦争などですか?」
「そうだな、他国との戦争や、あとは高レベルの魔物が現れた場合だな。」
「そうですか。ならば、もう少し色々な戦い方を知っておいた方がいいですね。」
「そうか、なら君の思うようにやってみてくれても構わんよ」
「……いいのか…ですか?」
お許しが出たので、やってみることにする。
今日会った冒険者に思うとおりにやってみろとかどうなの?
まあ、一応多少変な癖がついても実践的なものを習わせた方がいいという領主の判断があったわけだが。
とりあえず新兵君の方と手合わせしてみた。一応メリノ君の練習相手の実力も知っておきたかったからだ。一応教える側だからな。
結果あっさりと勝ってしまった。相手の実力がわからなかったので取り合えずフェイントをかけた攻撃を仕掛けたのだが、全く反応できず初手でいきなり食らった新兵君はわき腹を押さえている。いくらフェイントが入ったとはいえ剣の速度はそこまで速くなかったはずだ。これはどうしたことだ?
「……本気でかかってきていいんだぞ?」
「いえ……あの……本気……でした。」
ホワァィ? マジで? え? 仮にも軍人なんだろ? 弱すぎね? 領主さんを見た。領主さんもちょっと困惑してるじゃないか。
「団長!」
「はい、何か?」
「息子の練習相手をしてもらった奴だが、もう少し腕の立つものを当ててくれないか?」
「そうですか? 彼は新人の中でも腕の立つ方なのですが」
「……そうなのか……団長、君が息子に剣を教えてやってくれないか?」
「私がですか? まあかまいませんが」
「……と、その前に、そちらのノワールさんと一戦やってみてくれ」
「そこのメイドとですか? それはどういう事でしょう」
「いや、彼女はメイドの格好をしているが、息子のレベルアップのために雇った冒険者だ」
「なるほど、彼女の実力を知りたいのですね。分かりました。私がお相手いたしましょう。」
何か勘違いしているが、まあいいや。とりあえず団長と手合わせをする。
2撃目で勝ってしまった。剣は新兵君より重く速かったがそれだけだ。一撃目を受け流して、二撃目でフェイント入りの攻勢。これを相手はギリギリかわしたのだが、体勢を崩してしまったところに追撃の三撃目を入れたら避けられずに普通に食らった。
相変わらず直線で駆け引きも何もない。
「「「…………」」」
「…………あの、ノワールさん。息子に剣を教えてやってくれないかな?」
「……あ、はい、分かりました。」
なんというか微妙な空気になってしまった。うん、私のせいじゃないよな。領軍が弱すぎるからいけないんだ。
後で聞いたことだがここの領軍、ほとんど実戦経験がないそうだ。
「……後、できれば領軍の方も稽古をつけてやってほしい」
「……それは……わかりました。検討してみます。」
「ありがとう……」
◇◇◇
「もっと腰を入れて! 体重を乗せる!」
「は、はい」
「もっと視野を広く! 武器ばかり見ない!」
「は、はい」
カンカンカンと木剣同士の当たる音がする。
今現在、メリノ君と剣の稽古の最中だ。手加減はするが接待はしない。攻めていく。メリノ君は防ぐのでいっぱいいっぱいになっている。ちょっと涙目だ。やばい、可愛い、いじめたくなってくる。これで女の子なら言うことないのに…………ヤバイな、ティーアに毒されてきたのかもしれない。
「胴ががら空き!」
「うっ!」
ぱぁん! と一発いいのが入る。一応革鎧を着せているのでそれほど痛くはないはずだ。
「動きはもっと小さく。隙が大きすぎますよ」
「は、はい」
メリノ君はインドア派と聞いていたのだが、わりと真面目に稽古に取り組んでいる。頑張り屋だったみたいだな。
ちなみに領軍の稽古の方はティーアの方に任せてしまった。今も横からピシパシと鞭が兵士をたたく音がする。
「あ、痛っ! 痛っ! ちょっと待って!」
「くそぉ、なんで一撃も食らわせられねぇんだよ、あ痛っ!」
「あ、アァン、気持ちい…じゃなかった、痛っ!」
一部変な奴がいるようだがまあいいや。彼女は人に物を教えるということが苦手らしいので単純に手加減して兵士の相手をしてもらっている。要は、この攻撃を潜り抜けてティーアに一撃を食らわせられれば、そこそこ強くなっているだろうという単純な考えだ。
◇◇◇
ちなみにメリノ君の剣の訓練は午前中のみとなる。午後は自室で自主勉強らしい。休暇中なのにご苦労様なことである。まあ、ずっと剣の練習をしているわけにもいくまい。もともと運動はそこまでできる方ではないらしいからな。
そのため私の方は午後は暇になるので魔法など興味があったので本を借りて読んでみたりしている。以前はしょぼい威力しか出なかったが、何事も努力が大切なのだよ。ここには結構な量の本もあるしな。さすが領主様の家だ。
魔法の本はなかなか面白かった。いつかまた使ってみたいな。
1週間ほどそのようなことを繰り返していたら、結構動きなどが様になってきた。
そろそろ魔物退治に出てもいいんじゃないだろうか。
そのことを領主様に報告すると、
「本当に大丈夫か? 死んだりしないだろうな?」
めっちゃ心配しているんですけど、……私がちゃんと見ている。東の森なのでそこまで強い奴も出ないし問題無いと言い聞かせた。なんで私が言い聞かせる側になってるんだよ。お前領主だろ。もっとどっしり構えてろよ。と思わなくもない。
メリノ君は自分に合った剣と革鎧を用意し、私も領主に頼んでいた剣を確認する。討伐は明日行くので、今日はちゃんと使えるかとかサイズがあっているかと、少し振るってみて違和感がないかの確認だけだ。
うん、私の方もメリノ君の方も問題ないな。
ところで、横の練兵場では相変わらずティーアが鞭で兵士をピシパシやっている。あれぇ~? 一人がパンツ一丁で四つん這いになって恍惚な表情をしながらティーアに上に座られているぞ……あれは罰か何かだろうか……周囲の兵士の目がうらやましそうなのは気のせいだと思いたい。
メリノ君はこのまま期間が来たらお別れするか、今後も話に少しかかわっていくのかどうするか悩んでます。