39 領主様に会おう
ようやっと本編です。
「ちぇいや!」
スパンッ!
オークが両足を切断されてその場にうつ伏せに倒れる。すぐさま両腕も切断してしまう。こうなるともうオークの方は動けなくなり、ズリズリと体を動かしながら逃げようとする。
無論逃がすわけはない。背を踏みつけ力をかけると、オークは動けなくなる。
「よしこんなものだろう。攻撃を加えてみろ。殺してもかまわないぞ」
「は、はい」
後ろで見ていた少年に声をかけて傍に来させる。
「腰が引けてますよ!ちゃんと訓練でやったことを思い出して。」
「で、でも、こんなに大きいし……」
「大丈夫です。攻撃はしてきませんから、ほら」
「う、……てやぁ!」
サクッ!
「浅い、もう一回」
「うぅ……」
少年――メリノ・レスター・フーカ――この街を含む周辺の土地を管理している領主様の次男坊である彼がなぜこんなことをしているのか、それは少し時間を遡る。
◇◇◇
この辺一帯はフーカ公爵という人が納める土地である。さらに国の名前はエドクス王国という王政の国ということだ。そのためこの街を詳細に言うなら、『エドクス王国フーカ公爵領フォルオレン』ということになる。
初めて知った衝撃? の事実。まあ、今まで日銭を稼ぐことにあくせくして、あんまり気にしてこなかった結果だ。それに知っていたところで、だから何? ということになるし。
この時代レベルだと旅行なんてものは、王族や貴族、あとは非常に裕福な人ぐらいしかしない。街から街への移動は冒険者や商人ならあるだろう。だが底辺であり一番数の多い平民は自分の生まれ育った街や村を出ることはあまりない。あったとしても隣町や一番近い商業が盛んな街に行くぐらいだろう。だから自分の国の名前は、知ってはいても、ほとんど使うことのない知識である。王様の名前に至っては知らない奴も多数いるかもしれない。その土地の領主の方が有名なぐらいだ。
ちなみに私は国の名前も、領の名前も知らなかった。ギルドマスターからもらった【領主の手紙】で初めて知った。
ついでに招待された日まで時間があったので、領主のことについていろいろ聞いて回ったのだが、結果としてはあまり芳しくなかった。情報を聞いて回った対象が街の人なのだが、一般人が領主に会うことなどまずない。せいぜい何かのイベントの際、遠巻きに姿を見るくらいだ。税金やら街の治安など、特に街の人から不満の声は聞こえてこなかったので、ギルドマスターの『仕事に関してはデキる奴』というのは、まあ、事実だと思っていいだろう。あとは人間性だが、これこそただの一般市民が知っているわけがない。結局、ギルドマスターの『人としても好感を持てる』というのが一番の情報となった。
◇◇◇
領主様の手紙に指定された日時に街の中央にある大きな目立つお屋敷を訪ねたところ、やはりというか門番らしき武装した人がいたので領主から受け取ったという手紙を提示すると話は通っていたようで、すぐに通してもらえた。ただし、武器等はその場で預かるそうだ。まあ当然だよな。領主に会いに行くのに武器持参とか無いわ。
その後、玄関前にいつの間にか待機していた執事らしき人に案内されたて客室に行き、座って待つようにと言われることしばし。
しばらくすると、一人の男が客室に入ってきた。うん、この人が領主様かな? いかにもな雰囲気出してるし。知的な感じがする渋いオジサンて感じだ。
「呼び出してすまない。私はこのあたりの領を収めるサフォーク・レスター・フーカという」
「ノワールだ…です。こちらは奴隷のソレイユと使い魔のティーア。……今回はどのようなご用件で私を招いたのでしょうか?」
客室で対面に座った知的なおじ様が自己紹介をしてきたので、私の方も自己紹介する。相手は貴族だということだから話し方は丁寧な方がいいだろう。いつものようなできる女キャラ(自分ではそう思っている)だとぶっきらぼうだと思われるかもしれない。それだと相手の心証を害する恐れがある。貴族とのトラブルなんぞ御免だ。
元の男時代の話し方から、デキる女用にキャラを変え、更に対貴族用にキャラを変える……もう何が何だかわからないな。アイデンティティーの崩壊だ。口調がめちゃくちゃになりそうだ。
「うむ、実は君に指名依頼をお願いしたいのだが」
指名依頼というのは言葉どおりの意味だ。依頼主側がクエストを行う冒険者パーティーなどを指名することができる。むろん指名するのだから少々お高くなるし、都合が合わない時もある。しかし確実に依頼をこなしたい時や、懇意にしているバーティーがあるときなどには使われる。高ランクの冒険者は指名依頼を受けやすいと聞いた、……私はDランクなんだが
「指名依頼ですか」
「ああ、以前連絡のあった回復魔法が使用できる者をと、ギルドマスターにお願いした。教会に借りを作りたくはなかったのでね。それにギルドマスターからは腕もたち人間性も問題ないと聞いている。」
「内容を聞かないことにはこちらとしても受けるかどうか決めかねるのですが……」
「ああ、そうだな、内容は私の息子……次男がレベル上げのため魔物と戦うので、その護衛と、万一の際の回復役だ」
さらに詳しく聞いていくと、領主様の次男――メリノ君というらしいが、その子がレベルアップのために東の森に行くというらしい。この領主、子育てが苦手なのか、変に甘やかした結果、貴族としても年齢的にもレベルが低いままらしい。11歳でレベル3だそうだ。
ちなみに長男次男共、王都にある学院――貴族や裕福な商人が通っているそれなりに敷居の高めの学院に通っているらしく、今は長期休暇中ということで次男の方は一時的にフォルオレンに帰ってきているらしい。長男の方は父親に顔だけ見せてすぐに王都に戻ってしまったとか。王都の方がいろいろあって面白いとかなんとか。長男の方はなかなかやんちゃな性格とのことだ。
王都にある学校か、貴族が通っているんだからめっちゃ豪華そうだな。一度見てみたい。
さて次男のレベル上げだが、むろん一人で行かせるわけにはいかない。そんなことをして、もし死にでもしたら、領主がメンタルブレイク、さらに領主夫人からボコボコにされること請け合いだろう。
そのため、最初は領軍の中から手の空いているものを2~3名つけて、森の浅い所でゴブリンなど低脅威の魔物を殺してレベルアップを図ろうと考えたらしい。しかし、領軍のメインは人間相手の戦闘であって魔物の知識となると冒険者の方が詳しいらしい。そのため、魔物に詳しい、冒険者を護衛につけた方がいいとの考えが出たそうだ。
私の役割は、先ほどの話通り、次男の護衛兼万が一の際の回復役、冒険者としての魔物の知識だそうだ。……知識については私そんなに詳しくないんだが良いんだろうか?
メリノ君は領軍の人から剣術等も習ったことがあるらしいのだが、元々ひきこもり体質で、しかも気弱で人見知り。一応本を読むことなどは好きだそうなので、学院での座学の成績はそこそこいいのだが実技はからっきしだそうだ。
蛇足だが、学院の休暇明けには実技の試験も行われるらしい。そのためレベルを最低でも5~7程度には上げておきたいらしい。
逆にレベルが上がって長男との家督争いなんかも心配になったが、そちらも問題ないらしい。領主さんは一応長男を後継に据えるつもりではあるそうで、レベルはあまり考慮しないらしい。ただその長男も少し性格に難があると漏らしていたが。本当に仕事一筋の人みたいだ。仕事はできるが子育ては苦手という感じか。
「期間は、学院の休暇が終了するまでの1か月、もしそちらがよければその後のメリノが学院へ帰る際の王都までの護衛の任務も頼みたいのだが」
「一つ聞きたいのですが、それは私1人に対する依頼でしょうか? それともここにいる3名に対する依頼でしょうか?」
「私としてはどちらでも構わない。確か君の奴隷と使い魔だと聞いているので、一緒に受けたいというならばそうしよう。」
「そうですか。なら3名で受けさせてもらいます。」
「ありがとう。あと、息子を鍛えることが目的なので、先ほど言った役割以外にも、多少厳しく接してもらって構わない。」
「分かりました。」
「では、さっそく着替えてもらおう。」
「着替え?」
領主さんが机に置いてあるベルのようなものを鳴らすと、おばちゃんメイドさんが部屋へ入ってきた。
メリノ君の人見知りは結構なもののようで、女の人とはいえ見ず知らずの人たちといきなり対面すると、避けられるかもしれないとか言われた。
いや、そこから克服させろよ!
そのため、多少人見知りを和らげようと私たち3人はメイド服に着替えさせられた。
一応、表向きは、私たち3人はメリノ君の期間限定専属メイドという扱いになるらしい。短期アルバイトみたいなものだろうか。
自分がメイド服を着るとは思わなかったぜ。ガーターベルトとか初めてつけたぜ。メイド服はこれといった特徴は無い。コスプレみたいな似非メイドではなく、ちゃんとメイドメイドしていると思う。生地は紺色の厚手でちゃんと作業服として使えるし、スカート丈だってひざ下まである。その上にエプロンをつけるオーソドックスなメイドさんだ。なお頭にはホワイトブリムを付ける筈だったのだが、私は耳があるので付けていない。ソレイユちゃんとティーアは付けている。
……できればメイドさんにお世話される側になりたい。そしてセクハラとかして、きゃっ! とか言われてみたい。……ソレイユちゃんにお願いしてみようかな。うへへ。
宿屋から毎日通うのだろうか。面倒だな。
と思っていたら、本館に隣接している使用人用の住居でよければ住み込みで依頼をしてもかまわないということだったので、ご厚意に甘えた。この屋敷にいる間の生活費は領主様持ちだそうだ。部屋も3人部屋だが用意してもらった。メリノ君が鍛えられるのであれば多少自由に動いてもいいらしい。宿屋の部屋、キャンセルしておかないとな。
結構いい待遇だな。
一応、めったにないギルドマスターの推薦があったためそうなったという理由があるのだが本人たちが知ることはない。
あと、ソレイユちゃんやティーアのような奴隷や使い魔をメイドとすることに対して何か不都合があるのでは? と思ったが、特にないらしい。従魔の首輪はよく見なければ奴隷の首輪とあまり変わらないし、奴隷を使用人とするのはそこまで珍しい事では無いそうだ。奴隷を使用人とする際の一番のメリットは、裏切らないという事であろう。あとは、賄賂なども通じない。奴隷が主人が与えた以上のお金を持っていれば一発でばれるからである。デメリットとしては、あそこは奴隷を雇わなければならないほど人材が不足していると噂されることであろうか。
そのため、表には出さないが裏方として雇っている貴族や商人は結構いるそうだ。……それならソレイユちゃんは今回裏方に回ってもらったほうがいいのだろうか
さて、レベルアップに駆り出されるため、武器も領主の財布で揃えていいらしい。領主様太っ腹!
メイド服なので、太ももにナイフホルダーをつけてみた。カッコいいと思ったんだが、ナイフは取り出しにくいよな。これスカートまくり上げないとナイフ取れないんじゃないか? あとは、森に行く際に必要な剣をお願いしておいた。こっちは常時使用するという事では無いので、領軍の装備を借り受けるということになる。ティーアの鞭と、ソレイユちゃんの槍も用意してもらった。鞭はさすがに領軍には無かったので新規購入となったが。
さて、準備もしたし、メリノ君とご対面だ。