20 新たな出会い 3
横転した馬車から6人の人間やら亜人種やらが出てきた。みんなボロボロの服を着ている。これはあれか、奴隷とかだろうか?
「おい……2人もか、……おい!こいつらをいったん運び出せ!」
商人が指示すると、奴隷だろうか? の2人程が馬車の中に戻って行った。と思ったら、何かを担いですぐ出てきた。あれは……人だな。動けないのだろうか? ぐったりとしている。結構乱暴な扱いだな。私の方には結構ちゃんとした態度だったことを考えるとこれがこっちの世界での奴隷の普通の扱いなのだろうか?
そのまま担いでいた2人を馬車のそばに下すと、
「よし、次は馬車を起き上がらせろ!」
商人が指示すると、動ける奴隷6人が横転した馬車を起き上がらせようとそれぞれ力を込めはじめる。
ほどなくして、結構乱暴ではあったが馬車が起き上がった。
その間、兄妹冒険者はオーガの討伐証明部位と魔石を取り出した後、周囲を警戒しているようだった。
「よし、ではこの2人は……こっちは大丈夫だから馬車に乗せろ。こっちはもうだめだな。置いていく。」
動けない2人のうち1人を馬車の中へ放り込み、1人を置いていく? 判断をしたようだ。どういうことだ?
「……商人殿」
「なんですかな?」
奴隷に指示をしていた商人に声をかける。
「この人たちは……奴隷なのかな?」
「え? ええ、そうです。……もしかして奴隷を見るのは初めてですかな?」
「ああ、そうだな。何分田舎者なものでね。」
「そうでしたか――おい! 動ける6人は馬車をひくんだ。今日中に街に行くぞ!」
どうやら、馬がなくなったので奴隷に馬車をひかせようというらしい……引けるのか?
「さっきの動けない奴隷だが1人を置いていくと聞こえたが、なぜ商品を置いていくんだ?」
「ああ、1人は片足が折れていた程度なんで回復すれば問題ないでしょうが、あれは、もうだめですからね」
「だめ?」
「病気な上、片腕がない。しかもさっきので足と腕の骨が折れてしまっている。あれを回復させるとなると今すぐにでも教会に持っていかなければならないですからね。……くそ、商会から仕入れて知識もあるので高く売れると思ったのに……」
最後の方はこっちに聞こえないようにだろうか、小声で愚痴っていた。
確かに、10歳チョイぐらいの女の子のようだが、見てみると商人の言っていた通り片腕がない。何の病気か分からないが咳き込んでいる…… よく分からないが息も浅いし顔も痛そうに歪んでいる。栄養状態も悪いのかガリガリだし、放っておけば、まあすぐ死にそうだな……
「……商人殿、この子を捨てるとおっしゃったが、その場合私がもらってしまってもいいだろうか?」
「もらう? しかし、こんな死にかけの奴隷ですよ?」
わかってるよ、ただなんというか目の前で人が捨てられたり、その人が死んだりとかが嫌なだけだ。たぶん偽善とか言われるんだろうが、まだ慣れない。魔物を殺すのは慣れたんだけどな。
もう少し異世界の常識に慣れた方がいいとは思うが、来てまだ一週間ぐらいだしな。しょうがないよね。
「構わない。ヒールが使えるからな。治ったら儲けもの程度だ。」
うそでーす。最上位回復魔法まで使えまーす。まあ言わないけどな。ギルドマスターにもくぎを刺されたし。
「なんと、回復魔法ですか。それは凄いですなぁ。」
「いや、それほどでもない。それよりも譲ってもらえるだろうか?」
「……ええ、構いませんよ。ただ……奴隷の主人として登録するのに多少のお金をいただきますが。」
「いくらぐらいだ?」
というか『主人として登録』って何?
「そうですな……20000フラムといったところでしょうか」
にまん……高ぇ。死にかけで放置するといっていたのに……こいつ足元見やがったんじゃないだろうな?
「奴隷契約だけでそれはちょっと高いんじゃないですか?」
と思っていたら、横からソマリちゃんが割り込んできた。あ、商人が顔をしかめた。やはりぼる気だったな。
「いやいや、奴隷契約だけならそうかもしれませんが、奴隷自体の値段も含めると破格ですよ。」
いやいや、お前、捨てていくって言ってたじゃん。
「それでもヒール程度で治る状態じゃありませんよ。」
ソマリちゃんナイス!
「たしかに、健康な状態ならともかく、捨てていくと言われたものをその値段ではな。もう少し安くならないだろうか?」
放置される奴隷の適正価格がよく分からんがここは乗って値切っておこう。
「…………はぁ、わかりました。もともと放置する予定でしたからね。奴隷契約の手数料だけでいいですよ」
「わかった。……それで、奴隷契約とはどうすればいい?」
書類にサインでもするんだろうか?
「えーと、たしか……」
起き上がった馬車の御者台の下に物を入れる空間があったらしい。そこをごそごそとやっている。
「……ああ、あったあった。ではこちらにサインを」
一枚の紙を持ってきた商人がそれを広げてサインをするところを指差す。
とりあえず先に書類の内容に目を通す。変な契約書とかだったら嫌だからな。……ふむ、一応ちゃんと全部読んだが奴隷の所有者となるという契約書で間違いないようだ。一番上に手書きで何か……商会か奴隷の名前? みたいなものが書かれているな。誰が書いたのかは知らないが。奴隷の所有者がサインをするのは一番下のところだ。そこに名前を書く。
「これでよいだろうか?」
「はい、では――」
名前を書いた書類を戻すと、今度は倒れている奴隷のところに手招きされた。あれ、その紙って領収書みたいなものじゃないの?
奴隷の首輪に触り、何かぶつぶつ言っている。しばらくすると――
「――こちらに血を一滴もらえますかな」
「さっきの書類は私が持っていなくてもいいのか?」
「? いえ、あれは合法な奴隷という証明書で商人側が持っているものです。特にあなたが持つものではないです。あ、ここですよ。ここに血を落として魔力を登録することで、奴隷は主人に逆らえなくなります。」
奴隷の首に変なデザインの首輪がしてあった。ここに血? ……え? 指とか切るの? 痛くない? ……仕方ないのか。それより逆らえなくなるとはなんだ? あと奴隷がうつろな目でこっちを見ているな。ちょっと怖いぞ。
「すまない商人殿、逆らえなくなるとは? 私は奴隷を持つのは初めてでね。説明してもらえると助かるのだが……」
「ああ、そうでしたな。この首輪は奴隷の首輪と言う魔道具なのですよ。これに魔力を登録することで主人として認識されます。もし、主人の命令を意図的に無視したり、主人に危害を加えようとしたらこの首輪が締まるというものなんです。また、この首輪に奴隷の所有者が触れると淡く光りますので、所有者確認にも使われます。」
「なるほど」
魔道具は今のところよく分からないからな。異世界の謎技術の1つと思っておこう。
「ここでいいのか?」
そう言いながら首輪に今噛み切った親指を押し付ける。食事をしていて気付いたことだが犬歯が人間の時より鋭くなっているようで、噛んだら普通に血が出てきた。狐って肉食だっけ?
首輪に血の出た親指を押し付けると首輪全体が一瞬淡く光った。
「はい、これで奴隷契約は完了です。これでこの奴隷はあなたのものとなりましたので。」
「そうかでは、ヒール」
奴隷の少女が淡く光る。……まあ、これぐらいで治らないわな。少し表情が楽そうになったかな? といったぐらいだが、相変わらず片腕はないし、目はうつろで、咳き込んでいる。鎮痛作用程度といったところか。
「さてと……我々はあちらのフォルオレンという街へ向かいますがあなたはどうするのですか? よければご一緒にどうです?」
「ああ、そうだな。私も街へ帰るところだ。一緒に行こう」
「おお、そうですか。助かります。」
そう言いながら、商人と御者は奴隷の引く馬車に乗って街道を進んで行く。コラットソマリ兄妹はその横を周囲を警戒しながら歩いていく。
私は、買った奴隷を担いでその横をついていく。なぜ担いでいるのかというと、ヒールを一定時間ごとにかけてやろうと思ったことと、奴隷の引く馬車がこれ以上重くなるのは申し訳ないなぁと思ったからである。
ちなみに奴隷契約の手数料とやらは2000フラムだった。……10倍とかどんだけぼる気だったんだ。