155 別れ
「では元気でな」
「さみしくなります」
「元気でねぇ」
勇者ヤマモトがカモンヴェール王国へと帰る日だ。妻としてフェン子もヤマモトと一緒に行くことになる。2人は魔王退治に行ったときの馬をそのままもらい受けて、馬車の方は豪華な物に変更してそれに乗っていく。
馬車類の方は勇者様に与えられた物だし、私はシルトクレーテを持っているので特に問題ない。
「ノワール殿、ティーア殿、ソレイユ殿。貴殿たちは吾輩の旅の仲間にして心強い戦友であった。この絆は一生忘れることがないでござろう。共に魔王討伐という困難な任にあったった者同士のつながりは吾輩の非常に良き思い出として、また魂に刻まれた『友』として生涯の誇りとなろうでござる」
そう言って私たち一人一人とがっしりと握手をしていくヤマモト。
「王よ、しばしお暇致します。」
フェン子も別れの言葉を口にする。
「いや、フェン子。しばらくではなく結婚するのであれば生涯彼を支える覚悟でいなさい。私のことは気にせずとも良い。何なら生涯彼についてあげなさい。」
「おお、王よ。なんと慈愛に満ちたお言葉……」
なんか、フェン子が『しばし』とか子育てだけしたら帰ってきそうな言い回しをしていたので、それとなく結婚するんなら一緒にいなさいと言ってあげる。何が慈愛に満ちているのかは分からない。
そうして一通り別れの挨拶が終わると馬車は発進した。その馬車が見えなくなるまで私たちは見送っていた。ヤマモトとフェン子も馬車から身を乗り出しこちらを見ていた。
そうして、フェン子とヤマモトとの別れを迎えた。
◇◇◇
「いっちゃったわねぇ」
「そうですね」
見えなくなった馬車の方を向きながらしみじみとした声が聞こえてくる。
これで最初の3人だけになったな。
「さてと、これからどうするか……とりあえず王都の屋敷に戻って考えるか」
王都の屋敷も貰ってしばらくしたら魔王討伐に行ったので家を空けていた時間の方が長い。
とりあえず、屋敷でゆっくりしながら今後について考えようと思う。爵位はともかく領地をどうするかについても考えないといけない。
領地にある村は基本自給自足なので、今まで通り放置していても良いんだが、それにしたって一度は顔を出す必要があるだろう。宇宙船で行けばすぐだし。……そういえばシルトクレーテを王城中庭に停めたままだった。どうしようか……70mクラスの船だと王都の屋敷の庭には停められない。王都の土地は高いのだ。一見豪華な屋敷でも辺境の村長とかの方が敷地面積だけは広かったりする。まあ、都会なのでそれ以外の所で色々便利なんですけど。
さてシルトクレーテの駐車場所であるが、聞いてみるとさすがにずっと中庭にあっても困るので移動させてくれと言われた。
どこに停めようか? 王都内は基本的に空き地でも持ち主がいるので駐車スペースが無い。
とりあえず、シルトクレーテに乗り込んで
「どこに行こうか?」
「えっと……郊外とか……」
「せっかく領地を貰ったんだし、そこの拠点にすれば良いんじゃぁ無いのぉ?」
うーん、領地の拠点として使用するのは良い案だが、どうやって戻ってくるんだ? 領地って地図で見たけれど王都からは結構離れている。エドクス王国自体が大国で国土も広い事もあり、かなり移動に時間がかかる。
検討に検討を重ねた(約1時間)後、王都の屋敷をそのままに早期に自領に顔を出すこととした。
なお、屋敷のメンテナンスは引き続きフラン夫人の紹介業者に契約期限の延長を申し出る事にした。
「というわけで引き続き屋敷の管理をお願いします。フランさん。」
「分かりました。それにしても特権意識の高い貴族が多いわ。残念な事よ」
私達があまり出世しなかった事に対して残念がってくれている。フラン夫人達など私達と友好のある貴族は2階級特進の上そこそこの領地を考えていたらしかった。とはいえそんなのマレであり、大多数は言葉にせずとも平民が貴族になるなど面白くないと言うことで1階級昇進のみとなった。与えられた領地も田舎の方で、自然は豊かだが人はあまり住んでいない所だ。
「過去には勇者様のパーティーメンバーを王族に迎え入れたなんて話もあるのよ。」
さすがにそこまでは望んでいない。適度な肩書きでやっていければ良い。領地も貰ったところは自然が多く人は少ないらしい。どの程度なのかは実際見た方が速いだろう。
「お、お久しぶりです。ノワールさん!」
「久しぶりだな、メリノ君」
遅れてメリノ君もやってきた。メリノ君の息が上がっている。会うために急いできたのだろう。悪いことをしてしまったな。
「あの、是非ボクの家で魔王討伐のお話など……」
「いや、すまないメリノ君。私達はこれから頂いた領地の方に行くつもりなんだ。」
「……そ、そうなんですか。出発は明日ですか?」
「いや、今日の夕刻から出発しようと思っている。」
「よ、夜に出発なんて大丈夫なんですか!?」
「大丈夫だよ。ごめんな、久しぶりに会ったのに十分に時間を取ってやれなくて」
そう言ってメリノ君の頭を撫でる。少し見ないうちに…………あんまり変わってないな。
メリノ君は顔を下げてしまった。
「すみませんがそういったことで」
「ええ、王都の屋敷は任せておきなさい。ただ、こうまで使用しないとなると何かしら別の活用方法も考えた方が良いかもしれないわね。」
「そうですね。その辺りも何か思いついたら連絡します。」
王都の一等地の屋敷キープ代は高い。庶民的な私達だとほとんど使わないのになぜ高い税金を取られなければいけないのかという思いもある。
根っからの貴族とかだと歯牙にもかけないのだろうが、あいにくと私達はそうじゃない。庶民的思考だ。資産と地位ならセレブの仲間入りなのだが。
最悪、賃貸物件として貸し出したりする事も考える必要があるだろうか。
「それじゃあ、ありがとうございました。領地の件が一段落したらまたお会いしましょう」
「ありがとうございました。」
「ありがとー」
フラン夫人やメリノ君ともまたお別れだ。今から自分の領地に行くのだからな。
「(上位貴族になるまで)止まるんじゃ無いわよ」
「ノワールさん……また……また会えますよね。……あ、そうだ! 僕がノワールさんの領地に行きますよ!」
「メリノはその前に学院があるでしょう?」
「そうでした……」
なんかメリノ君がショボーンとしている。もっと遊んで貰いたかったのかな。まあ、魔王討伐中とかまったく連絡取ってないし。今日もこの話し合いが終わったら、私達は領地に向かっちゃうんだし。
ああ、もしかして勇者の武勇伝とか聞きたかったのか。勇者って男の子の憧れらしいものな。ヤマモトの武勇伝か……前衛で無双していたが道中何も無い時期の方が長くて印象が薄いな。
ちなみに、私達の領地とアリシアさん達の領地は隣り合っている。対してメリノ君のお父さんの納めるフォルオレンなどがある領地は全く違う方向である。
アリシアさん達や私達の領地のある所って、良いところは既に古い貴族が確保しており、残った部分を新参者に与えとけっていう感じの所らしい。
そのため基本的に自然が多く人がいない。町なども発展していない所になる。
まあ、とにかく私達の領地に向かって出発だ。
スローライフなんかの出来る領地であれば良いのだが……
……あ! そういえば、貴族って名字がいるんだっけ? 期限とか報告とかどうすれば良いのか聞くの忘れた……
さあ、私たちの領地に出発だ!
私たちの旅はこれからだ!
というわけでこれで魔王編は終わり。続きは書くかどうかわかりませんでしたので、切りのいいところまで投稿しました。