137 こちら魔王城前
さて、道中のことをしばし。
道中はぐれ魔物のように数匹から襲撃を受けることはあったが組織的な抵抗は確認できなかった。
一番多かったのでも20匹程度の虎っぽい魔物の群れだった。知能は低く、こちらを獲物と見て襲ってきたのだろう。なおそれらはダン子が魔法で蹴散らした。
アリシアさんからは「暇ですわ」の愚痴が聞こえてきた。
そうして進むこと半月程度。予想された魔王の居城までさしたる抵抗もなしに進んでしまった。
うん、正直私も暇だった。
〈気配察知〉なども使用して周囲の状況を探ってみたりもしたが別に何事もなかった。近くで大軍が動いていたり、怪しい動きをするヤツなども見当たらない。
…………おかしい
何もなさ過ぎて逆に怪しく感じる。気配察知の範囲を広げるとポツポツと集団が見つかるが、人間で言うところの村のようで一定の範囲内を移動したり留まったりしているだけだ。
少し調査が必要かもしれない。
◇◇◇
「ママー、お腹減ったブヒ!」
「はいはい、ちょっと待ちなさいブヒ」
そこは小さな集落。そこに暮らす親子。
娘は今年10歳になったばかりでやんちゃ盛りだ。母親はもっとお淑やかにしなさいとお小言を言うがそんなものは右から左である。
今日も外で日が暮れるまで泥だらけになって遊んできた。
そんな娘を夕食を作りながら出迎える母。
父は偉い人に呼ばれて先月から家を空けている。何でも偉い人達が兵士を集めているらしく父親は徴兵されたのだ。
彼女たちの住む村は決して裕福ではないがそんなもの関係なしに年頃の男達は徴兵されていった。
母親は父親が無事に帰ってきてくれることを祈りながら夕食の準備をする。
「でねー、ママ、今日は近くの森に行ってきたんだブヒ」
「あら、危険なことはしちゃダメブヒよ。お父さんも心配するブヒ」
家族団らんの時間。夕食をとりながら取り留めも無い会話をする。
親子はこの何気ない時間が好きだった。
どうか父親が無事帰ってきてまた親子3人でこの食卓を囲むことが出来ますように。そんな小さな願いは――
「夕飯チェックの時間だ! オラァ!!」
ドガンッ!! という音と共に玄関扉が吹き飛ばされたことで終わりを迎えた。突然のことに悲鳴を上げる親子。
「「ブヒィィィィ!!」」
今、平和なオークの村に女騎士の魔の手が迫る!
◇◇◇
さて、さすがにこう何もないと逆に不安になってくる。なので、適当な魔族を尋問しようと思ったのだが、そもそも魔族自体いない。
アガバンサスにいた2体の魔王軍16将軍とやらは既にあの世である。
仕方が無いので近くの村に聞きに行った。村を作ると言うことはそれなりの知能があるであろうという考えだ。
気配察知にて村のありそうな所を見つけ、行ってみると、なるほど家のような物が複数見える。つまり家を建てることが出来るほどの知能はあるのだ。
もう少し観察するとそこはこの世界で言う所の魔物であるオークの集落のようだった。だが人間領にいるオークと違い知能が高いようなそぶりが見受けられた。
知能が高いのであれば意思の疎通が可能であるかもしれない。
……しかしオークの村か……
「じゃあ行くか」
そう言いつつ剣を携える。鎧も装備しモンスターに襲撃をかけるべく皆を見回す。見たところオークのようだが何があるか分からない。万が一に備え完全装備である。
「オークでござるか……くっ殺が見られないのが残念でござるな」
ヤマモト君もやる気満々だ。
「魔法をぶっ放しても良いかのう」
ダメだよ、何言ってんだコイツ
ダン子が何か言い出したが今回は捕虜をとっての情報収集が含まれる。魔法で殲滅してしまったら意味ないだろう。
「魔法がダメなら私の出番はないわねぇ」
ダン子を戦力外通知したが、ティーアも魔法使いに転職していたためあまり役に立たないと言っている。
「拘束系の魔法は使えないのか? 麻痺とか?」
「うーん、レベルが上がっちゃって細かい調整が難しいのよぉ。オーク程度ならすぐ死んじゃうでしょ? やれないことはないけどぉ」
レベル差があるため逆にやりづらいらしい。牛刀をもって鶏を割くだっけ?
まあ、別にいいや。
「ダン子殿とティーア殿は後方支援をお願いするでござる。何かあるまで待機していてくだされ」
「私、あれ嫌いですわ」
アリシアさんから物言いが入った。
「……アリシア殿も待機でお願いするでござる」
アリシアさん、ゴブリンやオークはダンジョンで散々相手にしてきたはずだが……
聞くところによると勇者パーティーに合流するためこちらに向かっている際にオークの襲撃を受けたらしい。別にオーク程度なんて事は無かったのだが、迎撃時、オークのキ○タマを誤って切ってしまい○液が飛び散るというトラウマ事件があったらしい。
……えんがちょ
なおオークの精○はメチャクチャ臭いらしい。どうでもいい知識である。
カーマインさんが言うにはそのときのアリシアさんは見物であったらしいので、後で聞かせて貰おう。
「では行くでござるよ!」
そう言ってヤマモトを中心に情報収集のため向かったのだが
誰もいなかった。
いや居るには居るのだが、皆、家の中にいるようで外を闊歩している魔物はいなかった。
仕方ないので近くの家……人間や獣人の町や村に比べると非常に簡素な建物であり正直家っぽいものとしか言い様がないのだが。木を組み合わせて布を渡して家っぽくしている程度でかなり不格好で汚れも目立つ。
あと、家っぽい物の中から変な匂いが漂ってくる。辺りの家からも漂ってきているらしく、辺り一帯に匂いが充満していた。
これは一体何の匂いなのだろうか? 何というか腐った牛乳とか卵とかその辺をぶちまけた後、数日間放置したような妙な匂いだ。
「吾輩はあの一番大きな建物? に向かうでござる」
「分かった、私はこちらから支援する」
「私はノワール様と一緒に」
「では私は逆側から向かいましょう」
ヤマモトとフェン子が一番大きな建物?(反応も多く10匹近くいる)に向かうので私は右側から支援、カーマインさんが左側から支援する。
ソレイユちゃんは私の後続。ダン子とアリシアさんは万が一の予備戦力として村の外に待機。
そうして私達は行動を開始した。
結果として簡単に村は制圧出来た。抵抗は激しかったが、所詮は雑魚モンスターである。今の私達の敵ではない。
そうして皆を集めての事情聴取。捉えたオークは一カ所にまとめてある。
そうして捕虜から聞き出した情報は有用な物であった。少なくとも少し道をそれてこちらから打って出ただけのことはあった。
事情聴取の結果、どうやら魔王は人間領に攻め入るべく各地から知能の高い魔族や魔物を徴兵しているらしい。魔王は戦力を一度、魔王城に集めているらしく、襲撃が無かったのはこのせいだったようだ。
この村にオスのオークはいなかった。早期に制圧できたのはこの理由も大きい。
勇者についての情報はあいにくと持っていなかった。
さて、捉えたオークであるがブヒブヒ言っているので私達ではまったく会話にならない。
対話できるのは翻訳魔法のあるヤマモトだけであり、私達はヤマモトから伝言ゲームの要領で内容を伝えて貰っている。ただ、敵意が強くて、単純に聞いただけでは答えてくれない。なので、ティーアの【魅了】で正気を奪った後、ヤマモトが色々と質問してそれを伝えるという方式となっている。
【魅了】が解けた後はかなり五月蠅かった。何をされたのか理解しているのであろうか。
「ブヒブヒブヒィィィ!」
「ブヒィ!」
「……何を言っているんですの?」
「「この天使共め!」とか「ブッ殺してやぁぁぁ!」と言っているでござる」
ソレイユちゃん達は現地人だから言葉が通じないのは当たり前として、私もオークの言葉を理解できない。
こちらで生まれ変わった際に、私の頭が現地人用の言葉を理解し話しており、翻訳魔法など使用していないし、スキルも無いからである。つまり私は体も頭も全てこちらの世界用に作り替えられてしまったと言うことである。
……頭を弄られたのか、大丈夫だろうか? まあ体からなにから作り替えられた時点で心配するポイントがずれているのだろうが。
「口が悪ですわね」
「このまま処分しますか?」
ここで問題が起きた。この捕虜達であるのだが、敵意満々で今にも襲いかかってきそうなオーク共であるが、人間で言う所の女子供であるそうだ。これも仕入れた情報の一つだ。正直見た目ではほとんど区別がつかないが、女子供だと言われればこのまま殺すのは躊躇するかも知れない。ものすごくギラついた目でこちらを見ているが……
「う、うーん……」
ヤマモトもどうしていいか悩んでいるようだ。
「何を悩んでおるのじゃ?」
「人間って、私達より感情的になりやすいのよぉ。それが強みであり弱みでもあるわけね」
「王は慈悲深いのです。このような弱者にまでお心を割かれるとは」
ティーアやダン子、フェン子の反応は淡白だ。彼女たちは出自からして違うので考え方自体も異なる。
ティーアやフェン子は「敵になるなら同族や女子供でも容赦なく殺す」と言う意見持ちである。
ダン子はそもそも生き物の命の価値という物を理解していない。元ダンジョンであり生き物はダンジョンを富ませる手段であったためだ。
結果――
「【頭がパーン】!!」
ダン子の魔法によりオーク達はあの世に送られた。
まあ実際女子供だけと言っても、見た目が変わらないしそもそも放置すれば人間にとって害になるのだから。人間と魔物は相容れない。オスのオークは人間の男は殺して女はレ○プ、メスのオークは人間は老若男女関係なく襲って殺すらしい。
生物の生存競争。
悲しいけどこれって種族間戦争なのよね。
話の中に出てくる『人間』については基本的に獣人やエルフなどを含む『人間勢力側の種族』を指しています。
オーク程度なら知能の高い上位種やユニーク種でも人間との共存は不可能です。
サキュバスは『魔族』に分類されます。ティーアの事例は実はかなり難しい案件で、現在特例で『人間種』扱いになっていますが、これを機に『人間種と共存可能な新種』を設定するか研究者の間で揉めています。