132 いざアガバンサスへ 2
チュンチュン――
「――――はっ!」
ガバッ!
宿のベッドで目覚めるヤマモト。その目覚めは通常ではあり得ないほど急激な覚醒であり、まさにビックリして起きたと言う表現がぴったりであろう。
周囲を見回すとそこがどこか分からない。おそらく宿屋だと思われるがあいにくと宿を予約したのはこの街の司令官であり、ヤマモト自身はそれがどのような宿なのか知らなかった。
(まさか全部夢でござったか? お尻を狙われたことも股間を狙われたことも……)
昨日のことを鮮明に覚えているヤマモトであるが、いつの間にかベッドに移動しており、そこで飛び起きたと言うことに昨日の出来事が夢では無いかと疑う。
(それにしては鮮明に覚えているでござる。まさか――)
むぎっ!
そういった思考がぐるぐるとループし始めたときに、手が何かをつかむ。
肉? ヤマモトの手は今起き上がった体を支えるためベッドに置かれているはずだ。
視線をゆっくりと動かすとベッドにあり得ない膨らみが見えた。
(まさか……)
最悪の想像を思い浮かべる。つまりヤマモトの横にはホモのお兄さんが眠っており、ヤマモトの後ろの貞操は既にいただかれてしまったという事である。
ここは宿では無くホモのお兄さんの家で吾輩はそこへ連れ込まれてさながら生娘のように……
キュッとなる***、速くなる鼓動、荒くなる息。じわりとにじむ涙。
「吾輩、汚れてしまったでござる……」
ガチャッ!
「おーい! 起きているか?」
「うひょぉっ!」
ノワールがヤマモトの部屋に入ってきた。朝食の時間が近づいても出てこないヤマモトの様子を見に来たノワールであったが、急なことに飛び上がるようにビックリする。
まあ、ノワールがいる時点でここは宿屋であると分かるのであるが。ヤマモトは未だ疑っていた。まさか吾輩の事を探してホモのお兄さんの家に乗り込んできたのでは無いかと。
(い、いけないでござる。こんな所を見られては吾輩がホモだと誤解されるでござる! 吾輩はノーマルである。そう、吾輩はお姉さんからロリまでいけるでござる! 後ろの貞操が何でござる。前の貞操はまだでござる。)
フーフーと深呼吸しながら心を落ち着けるヤマモト。そんなことお構いなしに近づいてくるノワール。
ヤマモトは今、人生最大の岐路に立たされる! ヤマモトの明日はどっちだ!
「もう朝食の時間だぞ。フェン子が一晩中そばにいてくれたんだから、お礼言っておけよ。」
「は?」
ベッドの側にまで来て語りかけるノワール。
――ムクリ
「ふぁ……おや、もうそんな時間なのですか?」
隣で人が起きる気配がする。それはヤマモトがよく知っている声で。
「は?」
そう、隣に寝ていたのはフェン子であった。
その事実に気付いたヤマモトは、
「なぜでござるぅー!!」
まったく理解できない状況に絶叫――
――ではなく、朝チュン的展開をまったく覚えていない自身の記憶力の無さを嘆いたのであった。
◇◇◇
さて、昨日ヤマモトが帰ってきた後、もう夜も遅いので皆眠りにつこうとしたのだが、ヤマモトが泣き止まず、またフェン子に抱きついたまま離れようとしない。どうしたものかと悩んでいると
「では、私がついていましょう」
「大丈夫か?」
「子育ての経験はあります。このようなもの、何のことはありません」
もう夜も遅い時間帯である為、「ついている」と言う言葉に、睡眠不足などを懸念するノワールであったが、フェン子自身は既に子育てを1度経験している経産婦。出産の難しさから夜泣きの対処までノワール達の誰よりも詳しい人物である。
「分かった。じゃあ頼むよ」
「任されました」
そう言って、ノワール達は自身の部屋に戻っていく。特にダン子など、ベッドにダイブするやいなやすぐに寝息を立て始めた。ノワールもこちらの生活習慣に慣れてしまっているため深夜と言っても良い時間帯、すぐに眠気に襲われ程なくして眠ってしまった。
対するヤマモトとフェン子であるが、ヤマモトの為にとっておいた部屋に入っていく。
「はいはい、大きな子がそんなに泣かない」
「グスッ……怖いでござる……うぇ――」
何を幻視しているのかまた泣き喚きそうになるヤマモト。それをそっと抱きしめるダン子。
……トクン……トクン……
フェン子の胸に抱かれそこから聞こえてくる心音に徐々に落ち着いてくるヤマモト
「大丈夫ですよ。ここには何も怖い者などいませんよ」
「………………ママぁ!」
感極まったとばかりにさらに抱きつくヤマモト、それを優しく受け止めるフェン子。
「はいはい、今日はママが一緒に寝てあげますからね」
「うん!」
知性溶解
幼児退行
哀れヤマモトは恐怖のあまりPTSDを患ってしまった!
そうして2人はゆっくりベッドで抱き合って眠りにつく。
「ママのおっぱい柔らかいナリぃ」
「あらあら、困った子ですね」
そう言ってヤマモトは胸を揉む暴挙に出たのだがそれを優しい態度で受け入れるフェン子。
何気にフェン子もヤマモトの様子に母性を刺激されたのか若干キャラが変わってきているようですこし優しい顔つきになっていた。
――と言うようにマザコン御用達の展開があったのだがあいにくヤマモトはまったく覚えていなかった。
なお、ヤマモトの母親は日本にいるし、月9のドラマを見てキャーキャー言っていることであろう。
◇◇◇
さて、そんなことはお構いなしに出発の準備は進む。
ヤマモトは「なぜ覚えていないのか」と再三にわたり自身を責めていたようであるが、
「思い出せ、思い出すんだ! 吾輩の脳よ! あまたのギャルゲの選択肢を記憶してきた頭脳を生かすのは今でござろう!」
「おい、ブツブツ言ってないでさっさと準備しろ。リーダーなんだから挨拶ぐらいあるだろ」
何かブツブツ言っているヤマモトに私は道の脇に並んで見送ってくれる兵士達に何か返事なり手を振り返すなりするように言うのだが、聞いているのだろうかコイツは?
「勇者様達が魔族を討伐に向かうぞ!」
「勇者様頑張ってください!」
「我らもすぐに追いつきます!」
道の両脇に立っている兵士達がこうやって様々な声援を送ってくれる。
なお“追いつく”というのはアガバンサスを取り返したら、そこに兵士を駐留させて再度拠点として使用するのでそれのことである。
アガバンサスより先は私達のみだ。
レベルのあるこの世界では兵士が何人いようと、レベル差というもので戦局が簡単にひっくり返る。
レベルの低い兵が何人いても逆に足手まといになるだけである。
そうして、我々は名も無い急造砦を出発しいざアガバンサスへ進路を向けた。
召喚勇者なんだからこれくらいの役得はいいよね。