111 バレッバレである
第3者視点、もしくはメリノ君よりの視点となります。
――少し前
コンコンとノックの音が響く。しばらくして、
「入りなさい」
部屋の中からフラン夫人の声が聞こえてきた。許可が出たため部屋の中へと入っていくのはメリノだ。
「お母様。用があると聞きましたが」
メリノがそう言って入っていくと、フラン夫人が机について、カップを手に持っていた。メリノを待つ間に一休憩とっていたのだ。
また、茶器が置かれた机の上には紙の束が積み重なっていた。
「座りなさい」
フラン夫人はまじめな態度でメリノに席を促す。メリノの方も母親の態度に真面目な話だと思い、心もち緊張し背筋が伸びる。
そうしてメリノが席に着くと、フラン夫人はカップを置き口を開いた。
「今日呼んだのはこれ等を渡すためです。」
そうしてフラン夫人は茶器を脇に退かすと机に置かれた紙の束……製本された多数の何かを示す。
メリノは疑問に思うが、フラン夫人は見るように勧めるだけである。そのため、メリノはその本の一つを手に取り……顔をこわばらせた。
「あ、あの、……これは?」
中に載っていたのは女性の肖像画と事細かなプロフィールである。
そう、お見合い写真ならぬお見合い画である。
「メリノ、あなたもそろそろ婚約者を決めておいてもよい年です。そこにあるのは申し込みの合った家の中で私が家柄、人格等特に問題ないと思った人たちの経歴です。」
「あ、あの……その……」
メリノは非常に困惑した顔をして声が出来なくなっている。
ちなみにフラン夫人はメリノの特定人物に対する淡い恋心に気付いている。めっちゃ気付いている。と言うか気づかない方がおかしい。
「と言ってもいきなり決めろと言うわけではありません。今日はそういった話もあるという知らせのみです。絶対にこの中から選べと言うわけではありませんし、急ぐことでもありません」
フラン夫人は淡々と説明を述べていく。
「そ、そうですか」
それに対して、メリノはそう返すのがやっとだ。だが多少ほっとしている様子だ。その様子を見て、
「……ふぅ。ところでシャロレーはどうして謹慎していたのか知っていますか?」
シャロレーと言うのはメリノの兄でフーカ公爵家の長男である。現在ようやく謹慎が解けて学院に通いだしていた……が第二王子と男爵令嬢の件を知って絶賛ヒキコモリ中という色々ヤバイ奴である。
メリノは急な話題変換に多少戸惑ったがすぐに切り替え答えを返す。
「あ、はい……その、男爵のご令嬢に恋をしたからだと……」
しかし考えて出した答えを口にするメリノ君の声はどんどんと小さくなっていく。まるで自分を責められているように感じたためだ。それに対してフラン夫人は
「それは原因の一端となっただけであり直接は関係ありません。あの子が謹慎をしていたのは成績を落としたことと公爵家の品位を落としたためです。」
これは事実であり、フラン夫人としては長男が恋をしたこと自体はさほど問題視していなかった。問題は恋にかまけるあまりに成績をガタ落ちさせたこと――公爵家の息子として資質を問われるほどに酷い成績だった――と、公衆の前で女性に暴言を吐いた側に味方したこと(無論アリシアさんの婚約破棄騒動である)、後は相手の男爵家にあまり良い噂を聞かなかったことなどである。
それと、王子と男爵令嬢が相思相愛と言うことで公爵家の長男が恋だのなんだのと言いながら取り巻きに甘んじ、さらに他の女性を遠ざけていたことも悪かった。さすがにそんなことをしていては結婚相手がいなくなる。
逆に「この恋を心に秘め一生独身でいます」とでも言えばまだ気概があると思われたのかもしれないが。本人を見る限りそんな気はサラサラないようだった。
フラン夫人としては恋愛にも理解が深い方である。現在の夫とは貴族間の縁での結婚ではあったが、何度か交流するうちにある程度愛情が芽生え、現在王都と領地で離れて暮らしているが夫婦仲も良い。
「私は恋愛を否定しようという気はありません。ですがそれだけでうまくいかないというのも貴族なのです。貴族という物は家柄や権力という物と切っても切れない関係です。公爵家の結婚相手ともなるとそれなりの相手が求められます。……それに、ましてや恋愛が元で公爵家としての資質を疑われるなどもってのほかです。」
「……はい」
視線を下に向け手を握り締めるメリノに対しフラン夫人はやはり淡々と語っていく。
「ですが十分な実力と名声があれば……そうですね子爵程度であれば妥協できるでしょう。」
「? ……はい」
少し最後の方の意図が分からなかったがお見合いの話だと思い返事をするメリノ。しかしその返事は弱々しい。やはり自分は貴族の令嬢と婚約するのかと落胆する。
対してフラン夫人は淡々と、しかしはっきりとメリノに対し告げてゆく。
「ところでメリノは相手が7歳も年上でも気にしないのかしら?」
「……はい……え?」
お見合いの話が続くと思いやはり沈み込んだ気持ちで返事をしていたメリノだったが、今言われたこと反芻するとふと疑問に思った。
フラン夫人の口調が先ほどから変わらなかったため気づくのが遅れたが、メリノの返事は本心である。単純に落ち込んでいても母親に嘘はつけないので。
「あなたがもし本当に思っているのであれば彼女に言っておきなさい。地位と信用を得なさいと。今日はそれだけです。」
「あ、あの、お母様……何の話を……」
ますます混乱していくメリノに対して、フラン夫人は未だに口調が変わらない。
「何を言っているのです? 結婚したくば子爵程度にはなってもらわないと困ると言っているのです。」
そこでようやくメリノは自分の事だと気づいた。そう、バレていたのだと。
「……あ、あの……いつから」
恐る恐る聞いてみるメリノに対して、相変わらず美しい姿勢で椅子に腰かけるフラン夫人は、全くゆるぎなく答える。
「母が気づかないとでも思っていたのですか。と言うか隠すのならばもっと上手くやりなさい。公爵家の息子なのですから腹芸の一つや二つできなければ困りますよ。」
初めてフラン夫人の顔に少しの笑みが浮かんだようだ。口調は相変わらずだが多少楽しそうな雰囲気を醸し出す。
フラン夫人は人を見る目は確かだと自覚している。今回彼女の男爵への叙爵を妨害してまで家の騎士としたのは、メリノの事を抜きにして公爵家の利益になると考えたからであり、縁を強固なものにしておこうと思ったからである。
無論息子の事も考えているためフラン夫人としては次回に叙爵の提案があった場合には妨害するつもりはない。そうしてそれはそう遠くない未来の事だと思っていた。
「あ、あの……いえ……ぼ、僕は……」
メリノとしては自分なりに上手くやっている方だと思い母親にバレていることによりうまく言葉が出てこないようだった。
「あら? 違うのですか。ならばここから婚約者を選んでもいいのですよ?」
「……ち、……違いません……」
何とか声をひねり出したメリノであったが耳まで真っ赤にして俯いていた。と言うか、恥ずかしさで死にそうだった。
もうバレバレなのになぜか今までバレていないと思っていたメリノである。
「まあ今日はここまででいいでしょう。さっき言ったことを忘れずに。あなたが本気かどうかが見せてもらいましょう。……そうそう、あなたは無いと思いますが相手がどうであれあなた自身も公爵家の子息として相応しい能力を身につけるように。」
そう言うとフラン夫人は話は終わったとばかりに席を立ち部屋を後にした。なお、最後の一言はお前は兄みたいになるなよと言うことだ。
そうして真っ赤になったメリノとお見合いの資料が部屋に残されたのだった。
とりあえずメリノ君のほうはひと段落かな。