108 世の中はまっこと奇妙 2
引き続きルーカス第一王子視点です。
私は恋だの愛だのが今一つ理解できないと思っていたが、ただ知らなかっただけなのだとその時分かった。
彼女の体はすべてが完成された造形美の上に成り立っている。
そのピンクの髪も、
その美しい顔も、
その優しい目元も、
みずみずしい唇も、
女性らしい曲線を描く体も
豊満な胸も、
しなやかな歩みも、
すべてが完璧なバランスの上に成り立っている。
顔が熱い。鼓動がうるさい。
ティーア。彼女の名前だ。種族は魔族――サキュバスの上位種と言っていた。私は魅了されてしまったのだろう。
「…………美しい」
私は彼女に見とれたままだ。視線を動かせない。
一時たりとも目が離せない。
父上が彼女たちに褒賞を告げているが全く耳に入ってこない。
父上の話が終わったのだろうか周囲の人たちが彼女たちに群がっていく。
やめろっ! その女性は――
私は気が気ではなかった。彼女は親しい者がいるのだろうか。貴族の青年に言い寄られてはいないか。
アリシア嬢やカーマイン嬢は早々に貴族に誘われて私の視界からフェードアウトしていったが気にならない。
冒険者である彼女たち3人は一か所に纏まり貴族達から声をかけられている。
私もあの輪に混ざりたい――いや違う。私と彼女2人で話がしたい。
ふと青年がなれなれしくも彼女の手を取ろうとしたが、彼女は上手くかわしたようだ。
くそ、今のは確か――あいつを僻地に飛ばしてやろうか。そんな感情が浮かんでくる。
その後もそわそわとしながら見ていたがどうやら、周りの貴族たちの言を上手くあしらっているようだ。
私はホッとした。同時にこのまま手をこまねいていてもダメだと思った。
ところでさっきから宰相が話しかけてきているようだが何を言っているのか分からない。と言うかうるさい。彼女の声が聞こえないだろう。
やがてダンスの時間がやって来たようだ。
ここだ! と思った。彼女とお近づきになるのだ。意を決して彼女の元へと向かう。
父上が視線で合図を送っている。チラチラと私とアリシア嬢を交互に見ているのでダンスに誘えと言う合図だろうがそんなものはすでに見えていない。
「すまない、少し退いてくれないか」
そう言って道を開けさせ、彼女の元へと向かう。彼女は1番にダンスに誘うべきだ。そう心がささやいている。
そうして、ようやく彼女の前にたどり着き1曲目のダンスを申し込んだ。
「レディ、私と踊っていただけませんか?」
彼女の前で跪き手を取りその甲にキスをした。
もうすでに女性の扱い方など頭から抜け落ちている。私の対応は問題なかっただろうか? 彼女は受けてくれるだろうか? 受けてくれなかったら?
そんなことを考えると心を鷲掴みにされたような不安感を覚える。
周囲がザワザワしてる。父上は目を見開いてぎょっとしている。がそんなものは気にならなかった。
なので彼女の口からOKの返事が出たときは小躍りしそうになった。無論行動には移さないが、顔はさらに熱くなる。自然と笑みが浮かぶ。
そうして彼女をリードし会場の真ん中まで連れて行った。
踊っている間は至福の時だった。
だが、緊張のあまり何度もステップを間違ってしまった。彼女は失望していないだろうか。不安になる。
また間違えてしまった。恥ずかしい……
「す、すまない……」
声もうまく出ない。ようやく出せたのは謝罪の言葉のみ。
こんなことを言いたいのではない。もっと楽しく彼女の気を引かねばならない。そう気持ちばかりが焦る。
そうしていると曲の区切りの際に彼女の顔が近づいてきた。心臓の鼓動が一気に早まる。
彼女の顔が私の横に来て、口が私の耳に触れそうになった。
「フフ、女性をリードすることに慣れていらっしゃらないのかしらぁ?」
耳が蕩けそうになった。
腰が砕けそうになった。
淡い囁きが私の脳を揺さぶる。
ああ、これが幸せという物か。
「い、いや、そんなことは……」
言われたことに関する返事もまともに返せなかった。
何とか取り戻さねばならない。そんなことを考えるももうすぐ曲は終了する。
結局私は良い所を見せられずに終わった。
「楽しい時間でしたわ」
そんなお世辞を言って彼女は去って行こうとするが、私は握った手を離さなかった。
彼女が不思議そうな顔をする。
ダンスは終わったのだ。引き留めるのはマナー違反だ。そう思っていても、手は開かない。
「そ、その……」
喉が渇く。何か言わねば。今まで経験したことのない焦りや不安がぐちゃ混ぜになる。王子の責務などこれに比べればなんと安穏としていたことか。
「も、もう一曲どうだろうか……」
そうしてようやく絞り出した言葉は、2曲を続けて踊るというマナー違反の行為の提案だった。
我が国のこのようなパーティーではたとえ夫婦であっても2曲続けて踊るなどという行為はしない。
しかし離れたくなかった。
その時の私はどんな顔をしていただろう。捨てられた子犬みたいな顔をしていたのかもしれない。
「フフ、ありがとう」
「で、ではっ――」
そう彼女の口から言葉が紡がれたとき、私は笑顔に戻ったと思う。期待したのだろう。
しかし彼女は前かがみになり、私よりだいぶ目線を低くすると上目づかいで、人差し指を私の唇にあてた。
「でも駄目よ。それはマナー違反。……またお会いしましょう。」
そう言って彼女は微笑みながら去って行った。
私は彼女に触れられた唇をなぞりながらその感触の余韻を感じていた。
◇◇◇
翌日、父上に呼び出された。
なぜ呼び出されたかは分かっている。
父上の執務室の扉をノックすると、すぐに入ってくるようにと返事があった。
執務室の中では父上が机に座ってこちらを難しそうな顔で見ていた。
「ルーカス、何故呼ばれたか分かっているか」
「はい」
「ふむ、では弁明を聞こうか」
「父上、私は真実の愛に目覚めたのです!」
「ルーカス、お前もかぁっ!!」
その大声は王の執務室の外、廊下ひいては王城中に響き渡ったという。
この国もうダメかもしれんね
書き溜め分がなくなったので次回更新はまた間があきます……すらすら文章化できるようになりたい。