107 世の中はまっこと奇妙
ルーカス第一王子視点です。
私の名はルーカス=フィレ=エドクス。このエドクス王国の第一王子である。陛下とエレーナ王妃との間に生まれた私は正妻の子であり長子であるため、この国を継ぐことがほぼ決まっており幼少の頃より様々なことを学んできた。
5歳になったとき私に弟が生まれたと言われた。弟は生まれてすぐに別の部屋で乳母によって育てられていたため私達が最初に会ったのは弟が1歳になった祝いの席であった。その際見た弟は非常にかわいかった。
その他にも弟妹はいるのだが側室の子のためここでは割愛する。
弟と私は年齢が違うこともありなかなか会えなかった、城にいる間は別々に家庭教師がつけられ別室にて学び、生活する部屋も別。学院も年齢が5歳も離れているので学び舎の中ではほとんど会わずに私が卒業してしまった。
そうして私が学院を卒業し、更に王族としてその知識をさらに深めていく日々が続き、弟とはどんどん疎遠になって行った。それに伴い私の弟への関心も日々薄れて行った。
王子として、また次期国王として父の仕事の手伝いをしていたある日、変な噂を耳にした。
曰く、アレックス第二王子が名も知らないような男爵令嬢と付き合っているという物だ。
確かアレックスには伯爵令嬢の婚約者がいたはずだ。私も数度顔を合わせたことがある。なかなかに気の強そうな女性であったと記憶している。
なのに、なぜ男爵令嬢? と思ったものだ。
もしかしたら、忙しいと言い訳してこの年になるまで相手を見つけなかった私に発破をかけるためかもしれない。弟は側室すら決めているのだと。そんな穿った考えも浮かんできた。
そう、私は恋だの結婚だのが今一つ理解できず、今まであった縁談を断り続けてきた。無論それなりの地位の女性との縁談を断るのは難しかったが、このまま婚約してもお互いに不幸になると思い毎回お断りしてきた。
王族として跡継ぎを残すことの重要性は理解しているつもりだ。だが頭で理解するのと実際に感情で理解するのは別のようだと学んだ出来事でもあった。
そう言った私への当てつけではないのか?
私は一応父上に確認しておこうと思い父の執務室に向かっていた。
その時である。
「この大馬鹿者が――――!!!!」
父上の声が廊下にまで響き渡ってきた。
何事かと思い、執務室に急いだが、どうやら室内で誰かと言い争いをしているらしい。部屋の前を通りがかった衛兵も室内を気にしている様子である。
やがて言い争いが終わったかと思うと、部屋から出てきたのは私の弟――アレックスだった。
アレックスは乱暴に扉を開け部屋から出てきた後、私に気付いていないのか足音も荒く部屋を立ち去って行った。
「何があったのです?」
いまだ開いた扉から私が室内に入ると、顔を真っ赤にして息を荒げている父上がいた。
「ああ、ルーカスか――」
そう言って息を整えた後、父上は事情を話し始めた。どうやら私にも知っておいてもらいたいらしかった。
その内容は、今まさに父上に聞きに行こうとしていたことであった。
どうやら噂になっているアレックスと男爵令嬢が付き合っているというのは本当らしい。しかも婚約者である伯爵令嬢に婚約破棄を突き付け、件の男爵令嬢を正妻にする気だという。
最初の感想は「アイツは馬鹿か?」だった。
政略結婚が常の貴族界隈でも夫婦仲が良いほうが何かとプラスになるだろうことは分かる。
だが、だからと言ってそれだけでも駄目なのだということも分かる。
アレックスは愛だの恋だのだけで結婚相手を決めてしまった。正直アレックスの王族としての生命は終わったのではないか。そう思った。
事実そのことがあってから、様々な上位貴族から父上やアレックスに対し不満の声が上がっているらしい。
当然だ。貴族として最も位の低い男爵家の令嬢が第二王子とは言え王族の正室、しかも第一妃になろうというのだ。その不満は想像して余りある。
王は火消しに奔走しており、近々アレックスにも何かしらの処分が下るだろう。
それから少しして、父上に呼び出された。
どうやらアレックスの惚れている男爵令嬢が元婚約者であるアリシア嬢を殺害しようとしたらしく、その件に関し公の場で糾弾し処罰するようだ。また同時にアレックスにも処分を言い渡すとのことだった。
まあ、当然だろうなと思った。
なお、アリシア嬢は無事で、今はダンジョンに潜っているらしい。なぜダンジョン? と思ったがどうやら婚約破棄と言う事実すら霞むような箔をつけるためだと聞いた。
もとはと言えばアレックスに非があるので、そのようなことをする必要などないのではないかと思うのだが。
そうして、アレックスは王位継承権を剥奪された。
少しして、また父上に呼び出された。
どうやらアレックスの元婚約者――アリシア伯爵令嬢がダンジョン制覇という偉業を成し遂げて戻って来たらしい。
どのような方法を使用したのか全く分からない。女性、しかも荒事に向かない貴族令嬢がダンジョンなどと言う物に挑んで制覇したというのだ。
父上は非常に機嫌がよさそうであったため、理由を尋ねるとダンジョンから産出した『宝』を半数も王族への献上品としたそうだ。
なるほど確かに機嫌が良いのも頷ける。
しかしアリシア令嬢か。プライドが高そうな感じであったが、どうやらそれだけではなかったようだ。興味が湧いてきた。
聞けば彼女の偉業を称えて、数日中にパーティーを開催するという。
「興味があるという顔だな。ルーカス、お前も参加しろ。アリシア嬢に紹介しよう。」
どうやら顔に出ていたようで、父上にそのパーティーに参加するように言われる。無論断る理由などないため二つ返事で頷く。
「彼女は主役であり個別に紹介するためパートナーを連れていない。なんなら1番目にダンスに誘うといい。」
「さすがにそれは不味いでしょう。」
私とて王族、ダンスに誘う順番なども理解している。さすがに1番目は不味いだろう。継承権を剥奪されたとはいえアレックスの元婚約者である。私とは親しい間柄でもない。周囲に邪推されてしまう。それだけでなく実害が出たら厄介だ。
「なに構わんよ。別に男女の仲になれと言うわけではない。」
「……そうですね、では気が向きましたら」
そう返事をしたが、どうやって断ろうかと考えていた。
話はそれで終わりらしく、パーティーの詳しい日時などは後日伝えると言われたため、執務室を後にした。
パーティー当日
本日はアリシア嬢の他に4名の主役がいるらしい。どうやらアリシア嬢とパーティーを組みダンジョンを制覇した者たちらしい。
そのうち1名はアリシア嬢付のメイドでダンジョンまでついていくほど忠誠心が高いようだ。
その他の3名は非常に腕の立つ冒険者でありダンジョン制覇においてアリシア嬢をサポートし、その功績の一翼を担ったらしい。
どうやらフーカ公爵のお抱え冒険者らしく、父上は自分の部下にできなかったことを非常に悔しがっているという。
今回の主役ということで全員の名前と外見的特徴はすでに聞いて覚えている。
それによると全員が女性らしい。
冒険者は男女の区別なく受け入れていると聞いたことがあるが、私としては女性がそういった力仕事に従事しているイメージが湧き辛い。
獣人族に竜人族、魔族の3名らしい。
魔族と聞いた際にはびっくりしたものだが、その女性には人間に対する敵対の意志は無く、むしろ積極的に人族と交流しているらしい。
竜人族と言うのは聞いたことが無かったが、そういった種族がいるのだろうか? 私の勉強不足だったかもしれない。
父上からは、余裕があればこの3名にも顔を売っておくように言われているため、3曲目以降であればダンスに誘うのもいいかもしれない。
パーティー会場にはすでに多数の貴族達が到着しており、挨拶を交わしあっている。私が会場に入場すると、挨拶のために様々な者に囲まれることになった。
「ルーカス王子、お久しぶりでございます。」
「お初にお目にかかります。ルーカス王子。私は――」
「王子、お早いお着きですね。」
等々、挨拶が終わったら今度はこれから紹介されるであろう『主役』達の話題に移って行った。
「お聞きになりましたか王子――」
「アリシア様が――」
その程度なら知っている。と言いたくなるような情報ばかりだが、付き合いとしてさも興味があるように会話をする。
そうして時間をつぶしていると、どうやらパーティーが始まるようで、父上と母上が壇上から降りてきて挨拶をする。
「皆の物、本日はよく集まってくれた。本日は――」
そうして父上がパーティーの説明をしていく。私や周囲はすでに聞かされている内容なので早く主役の5人を紹介してほしい所だ。
「では本日の主役のご入場です。」
父上の説明が終わり一息ついた後、司会の人がそう言うとようやく本日の主役が会場入りするようだ。
外見的特徴は聞いていたが実際に見るのは初めてだ。全員が女性であり皆美しいと聞いていたが本当だろうか?
アリシア嬢は面識はある。確かに美しかった。
カーマイン嬢は会ったことはないが伯爵令嬢の専属メイドだ。外見もそれなりだろう。
冒険者の3人は? 美しいというのはあくまで冒険者の中でと言うのであって実は大柄な女性が来るのかもしれない。本当に美しいのであればよい。美しい女性への声のかけ方という物は心得ている。しかし――
とそんな他愛もないことを考えていた。
扉が開かれて、アリシア嬢達が入場してくる。
先頭はやはりアリシア嬢だ。以前に見た際より若干大人びているように見えるが印象としてはそれほど変わらない。確かに美しい女性である。
その後ろに続くのは、赤い髪の女性だ。カーマイン嬢だろう。事前に聞いていた特徴と一致する。確かに美しい。今回の功績を考えればお近づきになりたい貴族など山のようにいることだろう。
そうしてその後ろに続くのは3人の冒険者たち。
黒髪の獣人の女性に、金髪の人間に見える少女。確かに美しい女性たちだ。いや金髪の子の方は可愛らしいと言ったほうがいいか。いずれも会場にいる青年たちが放っておかないような見た目をしている。
そうして最後の魔族の女性。彼女を目にした際、私は雷に打たれたような鼓動の高鳴りを感じた。
続きます。
名前程度しか出てこないモブ王子の予定だったのですが。
続き物なので次話は20時に投稿予定です。