95 帰還
ダンジョンコアによって転移で飛ばされた先は、ダンジョンの中……ではなく、受付などのある地上階だった。すぐ横に、地下への入り口があり、受付なども見える。
本当にアイツ地上にまで送れたんだな。
転移されたのはダンジョンの入り口と受付を囲っていた建物の不自然に広く開いていた空間だった。確か床に大きな魔法陣のようなものがありその上にオブジェのようなものがあったため、ダンジョンの記念碑みたいなものだと思っていた所だ。
だがそこから現れたのがいけなかったのか、周囲は大騒ぎだ。非常に騒々しい。
「おい! 至急ギルドマスターに報告しろ!」
受付のおっちゃんが部下らしき人に指示を飛ばしている。
『まったく人間というのは騒がしいものですな。王の御前だというのに』
…………
「いや、お前のせいだよ!」
『我が何か?』
いや、普通に魔物と見間違うほどでっかい狼が建物の中に現れたらそりゃ慌てるわ。本人(本犬?)は何食わぬ顔で私たちの隣でお座りしている。
ちなみに子フェンリルはいまだにアリシアさんに抱かれてモフモフされている。
こうしている間にも、周囲に人が――武器を構えた冒険者がじりじりと周りに集まってきている。
さてどう説明したものか。
「おい、お嬢ちゃん達、ソイツから離れるんだ!」
そんなことを考えていると周囲にいる人をかき分けて受付のおっちゃんが出てきた。やっぱり通常の魔物と勘違いしているっぽい。
迷宮からあふれてきたとでも思っているのだろうか? 誤解なきよう伝えておかねば
「おーほほほっ! ご心配なさらず。こちらのフェンリルはこの私、アリシア・ショコラ・メープルローズ率いる『高貴なる乙女達』の僕ですわ。御心配なさらなくてもよいのですよ。」
「な、何だって! 本当なのか!」
おっと、アリシアさんが先に言っちゃったけど、こんな雑な説明でいいのか? とも思ったが周りがザワザワしだした。
「ええ、本当ですわよ。このフェンリルには人間を襲わないように言い聞かせてありますので問題ございませんわ。」
「ほ、本当なのか!?」
「確かにあんなに近くにいるのに襲われてねぇ」
「噂に聞くモンスターテイマーってやつか!?」
「て言うか、今フェンリルって言わなかったか?」
「ああ、俺も聞いたぜ」
周りもなんだか結構信じ始めていて、先ほどのピリピリした雰囲気は感じられなくなっている。中には武器を下している奴までいるし。
結構チョロいんだな。
「お嬢ちゃん達、本当なのか? そいつが人間を襲わねぇってのは」
「ああ、本当だ。魔法契約でも縛っている。それにフェンリルというのは厳密には魔物ではないはずだが……問題があるか?」
一応話の通じる奴だし、この場で殺されたりするのは避けたい。まあ、こいつのレベルなら、本気で抵抗したら冒険者の方が返り討ちに合うんだろうけど
「あ、いや……確かモンスターテイマーていう職があったはずだ。俺はよく知らねぇからちょっと待っててくれないか。今ギルドマスターに報告している。」
しばらくすると、ギルドマスターのおばあさんが数人の護衛と共にやって来た。
「ダンジョンから魔物が出てきたってのは本当かい? 殺したのかい?」
「こっちだ」
「何だい、生け捕りにしたのかい?」
声をかけると気づいたようで、こちらにやって来た。
とりあえず、このフェンリルは敵対の意志が無いこと、契約魔法を使用して人間を襲わないようにしていることを説明する。
「ふぅん、ならいいかね。ちゃんと人を襲わないよう言い聞かせておくんだよ。」
「ああ、わかっている。」
『貴様! 王に対しなんと不遜――「いや、いいから」
すんなりと理解してもらえたようで、少し拍子抜けした。
ただ、今度はフェンリルの方が怒り出したのでセリフを遮っておく。どうどう。
それを聞いていたギルドマスターは「本当にわかっているのかい?」的な視線を送ってきた。
「ところであんたたちは、なんでそんなところに立っているんだい?」
「ん? ああ、悪い、すぐに退く」
そう言えばここって何か記念碑的なものだったな。床に書かれた魔法陣も踏んじゃってるし。
「いや、そう言うわけじゃ……まあいい、おいゲルド! このお嬢ちゃん達はここに現れたのかい?」
「え? あ、そう言えば突然現れたような気が……おい、どうだった?」
「あ、えーと、私も突然現れたように見えましたが」
あのおっちゃんが周りにいる同じギルド職員に聞いている。と言うかあのおっちゃん、ゲルドっていうのか。名前は知らなかった。
「……そうかい、会議室を借りるよ。お嬢ちゃん達はついてきな。」
「ちょっと待った!」
「何だい?」
「いや、着替えたいんだが」
◇◇◇
「さて、じゃあはじめようかね」
あの後、別室にてそれぞれ防具を脱ぎ、普段着に着替えた。といっても私以外は防具を外すだけだが。武器防具類はアイテムボックスにしまった。アリシアさんたちの方はカーマインさんがまとめて大きなバッグ入れて持っている。
その後、少々の時間を待たされたあと人がそろったらしい。何かの話をようやく始めるようだ。
会議室には今、私達『高潔な乙女達』の5名とギルド側からギルドマスターのおばあちゃん、副ギルドマスターのオッサンと書記と思われるナイスミドルに迷宮入口側の責任者のおじさん、更に王都側のギルドからも人が来ている――ギルド側計7名が机を挟んで座っている
あと腕っ節の強そうな護衛だろうか? の人が何人か扉の外で待機している。
ちなみに、フェンリルはあそこで待機するように命じている。人を襲うなと言うのはいまだ有効だし、あまり動かないように言っている。子供の方も一緒だ。アリシアさんが非常に名残惜しそうにしていたが。一応、ゲルドのおっちゃん達が見張っている。
「さてと、じゃあまずあそこに転移するっていうのがどういう事か分かるかい?」
「……いや」
私たちは顔を見合わせるが、皆よく分かっていない。私もわからん。
「あそこはね、迷宮を踏破した者が戻ってくると言われている転移陣さ」
「……はぁ」
なるほど、つまり…………
「迷宮踏破おめでとう。」
「あ、ああ、ありがとう?」
そうか、あそこに転移したってことは迷宮の最下層まで行ったってことの証明になるのか。
ギルドマスターのおばあさん以外のギルド側メンバーは聞いていなかったのか非常に驚いたような表情をしている。
「ちょ、ちょっと待ってください! 迷宮を踏破!? 彼女たちが?」
あわてた様子で、王都側のギルドマスターが割り込んでくる。信じられないといった表情だ。
「そうなんだろう?」
そうしておばあさんは自身に投げられた疑問を私達にスルーパス。
私はだれか答えるかなと思い、皆をくるっと見回す。「わあ、おいしいです。」とソレイユちゃんが何食わぬ顔で出された紅茶を飲んでいた。ティーアもなんというか黙ったままだ。完全に他人事っぽい。いや、私が説明してくれると信じているんだよ。うん。
「ええ、本当ですわ。私達は迷宮を踏破いたしましたのよ! 誰も成し遂げたことの無い偉業をこの私、アリシア・ショコラ――むぐぅ!」
「はいはい、お嬢様、少し落ち着いてくださいね」
それにアリシアさんが今にも高笑いを上げそうな得意顔で答える。背中が反り返っているし、最後の方はカーマインさんに口を塞がれていたが。
「まあ、そうだな。最下層まで行ったことは確かだ。」
「そうかい、そりゃすごいねぇ。初めてだよ最下層にたどり着いたっていうのは。それで最下層は何層だい?」
「70層だな。そこにダンジョンコアがある。」
「ダンジョンコア?」
おばあさんがわかっていないという顔をする。ギルド側の皆さんもわかっていないようだ。
「名前の通りダンジョンの核だよ。――」
そうして、ダンジョンコアの説明をしていく。
「へえ、そんなものがねぇ。」
「しかしダンジョンコアですか。これは少々厄介ですな」
「ええ、それが破壊されるとダンジョンが無くなるという事ですからね。冒険者たちにはダンジョンコアは破壊しないよう徹底させましょう。」
「罰則を設けるしかないでしょうな」
ギルド側でダンジョンコアの扱いについて話しているが、どうやらダンジョンコアの言ったとおり、保護する方向にまとまりそうだった。
フェンリルの大きさは5~6mぐらいです。ゾウと同じぐらい?ですがフェンリルのほうがスリムな体型なのでゾウより少し小さく見える感じです。
今年の更新はここまでとなります。それではよいお年を。