王立人材斡旋所では、結婚相手は斡旋していません
この国の第二王女・シリカは元勇者に惚れていた。
そりゃあもう、勇者が結婚して欲しいなら王様暗殺してこいって言ったら、即寝首を掻いてみせるくらいに。
ミミィお得意の異空間魔法。
それは本当に魅力的な力だ。
右のポケットからひょこっと顔を出したと思ったら、左のポケットの中から出てきたり。
中央のポケットから首だけをちょこんと出していたり。
セールでなんとなく買ったはいいけれど、他の服と合わせずらかったので放置していた青色ワンピ。
ポケットの多いこの服が、まさかこんな所で役に立つとは思っていなかった。
上にジャケットを羽織って出勤だ。
いつもの出勤の道のりも、ケット・シーと一緒ならとても楽しい。
ルンルンといつもの石畳を歩いていたら、また八百屋の息子さんに挨拶をしてもらった。
「おはようございます」
「おはようございます、チサさん! 今日は更に可愛らしいですね!」
いつもの八百屋の息子さんはいつも褒めるのが上手い。
「やだなあ、そんなこと言われたら、帰りにまた買っちゃいますよ~」
商売上手なんだからと喜ぶ私に、息子さんはいえそんなつもりじゃと慌てている。
たとえどんな嘘でも、女性を褒めるのが上手い人はデキる人だと思う。
この世の女性が、あまねく明るく機嫌が良くなれば、世界は平和になると思うのだ。
素晴らしい!
更にたくさん褒めてもらって、大いに機嫌が良くなった私。
「それよりも是非、帰りにデー・ぐふっ」
「大丈夫ですか!?」
また息子さんが倒れた!
私は思わず駆け寄ると、やはり脂汗を流している。
最近よく倒れる息子さん。
病院に行った方がいいんじゃないかと勧めているのだが、行った様子がない。
まあそうだよねえ。
突然下半身に激痛が走る病気なんて、なかなか病院に行く決心がつかないよねえ。
「オ、オキヅカイ、ナク……」
背中を丸めて、やはりこちらを見ない。
死にかけたカエルのように真っ青だ。
奥から女将さんが出てきて、大丈夫だからと言うので、職場に向かうことにした。
真ん中のポケットからみゃあ、と可愛らしい声がする。
可愛いケット・シーをそっとなでながら、道を歩き続けた。
職場に来ると、今日は奴は出張のようだった。
傭兵と開拓団の騒動の後始末に、最近は所長・副所長と一緒に王都やタマイサ領に詰めていることが多い。
上司はどうせ、殆ど仕事もせずに居眠りだ。
ということは……。
仕事中にもミミィといっぱい戯れられる!
今日はなんと幸先が良いんだ!
ルンルンと隣の机上のピンクスライムに挨拶をして、仕事の準備を始めた。
ミミィの遊びのせいで、ラインストーンがボロボロになった算盤。
机から取り出して、ジャッっと玉を揃えて計算をしていると、受付嬢の癒系美少女・ユーランに声を掛けられた。
「ずいぶんと個性的な算盤ですね」
おっとりと優しい大きな垂れ目のユーラン。
薄茶色のふんわりとした髪を、軽く背中に流している。
その頭の上の垂れ耳。
彼女はロップイヤーラビットの獣人で、私よりも五年先輩だ。
どんなお客さんにも動じない上に、見ているだけ癒されてしまう癒し系オーラを持っている。
「確か、それは女史が持っていた呪いの算盤」
もう一人の受付嬢、超絶美幼女のレティ。
白銀色の髪に銀色の目が神秘的だ。
確か魔族出身。
種族は吸血鬼で、私よりも三十年ほど先輩のはず。
私の半分しかない身長の子供に見えるが、所の中で一、二を争うほどのお年らしい。
所最大の秘匿案件らしく、誰も教えてはくれないが。
しかし、彼女の言葉に気になる単語があった。
「呪い、ですか?」
「肝心の、魔法を含ませた石がなくなっているがな。
持っている者の年齢を、五倍速で進めるというアイテムだ。
我ら一族には、短命な種族や人間族と結婚したものが使うことが多い」
「あらまあ。とうとう女史が動き出されたのね」
「社食もたまに一緒に食べるようになってしまったからな。これでますます面倒くさそうだ」
受付嬢同士の会話に、私は背中がぞぞぞとする。
五倍で老ける呪いですか!?
レティが続ける。
「まあ、実際に算盤に触れている時間は短い。
だからほんの少しだけ早く、毎日年を取るくらいだ」
「女史の嫌がらせはいつもさりげなくて、でも結構きついのよねえ」
「うむ流石は別名:小賢者」
「あ、あの。それはどういう……」
「まさか、まだ気がついていなかったのか?」
なんと。
私は入社当時からエヴァ女史に目の敵にされていたらしい。
理由は借りパク勇者に構われているから。
「構う? 私は全面的に被害に遭っていますよ!?」
私の必死の否定に、二人はため息をつく。
「それが、見方が変われば、そうもいかないのよね」
「あれでいて勇者はモテる。
そして勇者に惚れている女は、小賢者を始め、性質の悪いものが多い」
「チサ、最近なくなって取り返せなかった物を並べてみて」
「ええと、」
ブラジャー
算盤
やつの涎を拭いた雑巾
サンダル
ハンカチ
粉末バジル
ケット・シー用の猫じゃらし。
あとつい最近は……ピンクのパンツだ。
家の中で紛失していた。
レティが指摘する。
「雑巾は、隣接している税務署の女だ。
たしか勇者のファンで昔追っかけもやっていたそうだ。
ポンプ井戸の近くで、スーハースーハー雑巾を嗅いでいるのを見かけた」
ユーランも指摘する。
「粉末バジルは、お弁当用のでしょう?
あれなら焼却炉下に、焼けかけのものが落ちていたわ。
たぶん隣の部署の子かもね。
チサが勇者にお弁当食い逃げされたと騒いでいたときに、すごく睨んでいたから」
「勇者の旅の仲間の女たちも、可能性としてはあるな」
そうだったのか。
全く気がつかなかった!
私、嫌われていたのか……ん?
「でもこれって全ての元凶は、借りパク野郎ってことになりますよね」
「うむ。そうだな」
「そうねえ」
「よし、やつを殺しましょう。それで全て解決です」
両手を叩いて、提案する。
しかし、二人は私を残念な子を見る顔で見つめてくる。
「そもそもレティレベルを瞬殺できる人ですもの。無理よ」
「それ以前に勇者を殺せば、奴に惚れている女たちに総復讐をされる可能性がある。無理だな」
「ハーレムを築いたわけでもないのに……色んな意味で迷惑な男よねえ」
本当に。
本当~に、迷惑な男だ。
私は悩む。
誰もが納得して、自分が安全地帯にいられるためには……。
「あ!そうだ!
あいつが誰も文句言えないような女性と、結婚してしまえばいいんですよ!」
必死に頭を巡らせて思い出したのは、この国のお姫様だった。
勇者一行は魔王との戦いで、この国の第二王女を救い出したことがある。
確か、彼女は勇者にベタぼれだったと聞く。
「はやく熨斗つけて王城に放り込みましょう」
「いや、それはもう無理ね」
「やめた方がいいわあ」
「あれ、姫様はもうだれか婚約されていましたっけ」
「されていたけど、戻ってきたわ。だからこそ面倒というか……」
「受付はどこに行ったの!?」
受付窓口に甲高い女性の怒鳴り声。
三人で怒っているお客さんの方を見ると。
噂の第二王女が豊かな藍色の髪をなびかせて、仁王立ちして立っていた。
「ここは人材斡旋所なんでしょう!?
ならば早く私に、結婚相手として勇者を斡旋なさい!」
ここは就職斡旋所です。
永久就職相談所じゃないんです。
所内の皆がきっと思ったであろう、感想だった。
上司がへこへこと姫様に帰って欲しい旨を伝えるが、全く聞く気がない。
受付嬢が二人で対応しようとすると、彼女たちの麗しい外見に警戒して、さらにヒートアップする。
長々聞こえてくるやりとりを、総合するとこうだ。
スタート『魔王軍から勇者に救出されて惚れた』
→ 世界の和平が成り立った際、父王が自分との結婚を勇者に申し込んでくれたが、なぜか断られた。
→ 勇者にその時事情があったに違いない。
→ ならば待とう。
→ なのに自分は隣国の輿入れ話が決まってしまう。
→ だから隣国で大暴れして、婚約破棄を手に入れてきた。
→ 暴れるついでに事業も打ち立て、成功した。
→ この身は潔白だ。金もある。
→ だから後は勇者を寄越せ。
「ある意味男前な方ですね」
「彼女が男に生まれていたら、戦争はもっと早く終結しただろう。
実際に王は、次期王への推挙も考えているようだからな」
次期王!
それはまたすごい。
「あれ? 王家には第一王子もいらっしゃるのでは」
「その辺は聞かないでくれ……」
私の質問に答えてくれているのは、この国の中央騎士団長、リドワーン・フォン・ニューター様だ。
借りパク勇者が大就職会で使って、そのまま借りパクしたテントを取り返しにきたのだ。
今後ろの方では、騎士団の方が斡旋所の納屋に放り込まれていた大きなテントを運び出している。
団長はたまたま、自国の王女がもめ事を起こしているのを目撃してしまったのだ。
受付に張り付き、勇者を出せと喚く姿を。
「見たくなかった」
うつむく騎士団長。
顔にかかる前髪。
ロマンスグレーというよりも、もはや白髪だ。
そこにフリッツがふらっと帰ってきた。
珍しく黒い礼服を着ていた。
胸元にポケットチーフ、足下に革靴とパリっと決めている。
前髪を上げていると、妙に品がよく見える。
「あれ、みんなどうしたんだい」
「フリッツ様!」
姫様がスカート翻して、フリッツに抱きついた。
思わず受け止めたフリッツは、目をぱちくりとさせている。
「あれ? 今日は王宮で魔国の大臣の歓迎会でしたよ?
なんでここにいるんですか?」
「あんな女がいっぱいいる所にいても、しょうがないではありませんか!」
確かに、そうかもしれない。
だが、王女が言って良い台詞なんだろうか。
フリッツの匂いを満足するまで堪能した姫様は、晴れがましく言った。
「フリッツ。私、また会社を増やしましたの」
「それはすごいですね」
「固有財産額は父親に並びましたわ」
「またそれもすごい」
「だから、あなたをヒモにしてあげる!」
おお!
最高の口説き文句だ!
私は同じ女として感動した。
しかし。
フリッツは王女のプロポーズにうんと言わなかった。
なんてもったいない! と愕然とする私の前で、フリッツは首を振っている。
「なぜですの!」
「簡単です。人からもらったものは、楽しくないからです」
「私、貴方と一緒になるために頑張ったのよ!」
「その気持ちはありがたく受け取ります。しかし‥…」
憂いを帯びた顔になる。
「貴女の運命の人は、私ではないのです」
口に手を当てるシリカ王女。
う、上手い。
こいつ、女心を知っている。
さりげなく、女をディスらないように「おまえは好みじゃない」と言い切ったぞ。
フリッツは憂いを帯びた顔で、姫様の手の甲を取り、そっとキスした。
「貴女の涙は美しい。
だから、本当に貴女を愛する男性のために取っておいてください」
残酷な男は、姫様の真珠の涙を、花柄のポケットチーフでふき取ったのだ。
………感動のシーンだ。
あの花柄ポケットチーフが、私から借りパクしたハンカチでなければな。
一気に光景が色褪せる。
気の毒そうな目で見てくれる騎士団長の横で、私はポケットに手を突っ込んで愛しいケット・シーを、わしわしとしていた。