傭兵王と猫鍋(5)
これで傭兵王の話は終わりです。
城門から少し離れた所。
だだ広い草原に、それは現れた。
【王立人材斡旋所主催 臨時大就職面接会】
という文字を、赤インクででかでかと看板に書き。
突然現れた巨大なテント三つで、面接会が行われることになったのだ。
大きな三つのテントにはそれぞれ、
【一次面接会場】【二次面接会場】【最終面接会場】
と書かれた、大きな赤い張り紙が貼ってある。
フリッツがテントのに立ち、傭兵たちを集めて話し始める。
なぜか魔国の大臣が隣に立っていた。
デモ隊として、または本当の反乱軍として、王都に集まった傭兵と元傭兵たち。
中央騎士団の登場で、すわ戦いかと覚悟していた彼らは首を捻る。
就職面接会なんて、聞いてないと。
「えー。今回は王立人材斡旋所主催の就職フェアに皆さまお集まりいただき、ありがとうございました。
ここにいる全員が、現在の職場環境に対する不満がある方々で宜しいですね?」
殺気があふれる。
フリッツはうなずいた。
「…はいはい。分かりました。
まず、これだけは確認しておかねばなりません」
一度言葉を切る。
鋭い目で全員を見渡す。
掴みどころのない雰囲気の彼が、がらりと変わる。
「もう戦争は戻りませんし、戻しません。
これは一時期、勇者を務めさせていただきました、私が断言いたします。
今日来てくださった魔国の方も、この発言を保証してくださいます」
うんうんと、隣の水色の女性がうなずく。
「そこでこの場において、皆さまの傭兵の経験を活かした、開拓団を募集します」
ざわりと、集まった者たちが動揺する。
「新天地における、大規模な開拓団です。
場所はモンスターも多くいる土地ではありますが、土地は多く、豊かなところです。
皆様の戦闘術の腕を生かせますし、
人間が少ない未開の土地すので、思い切ったことにもチャレンジできるでしょう」
この国に、そんな土地あったか?
残ってないよな?
あちこちで疑問の声が上がる。
元勇者は大きな地図を取り出して、高々と掲げた。
「場所は、魔王の領土です」
センセーショナルな宣伝と大規模な就職会は、国中の話題になった。
最初は眉唾かと思われた。
しかし、元勇者の演説が本気のものであると知られると、後日二次募集にも全国から希望者が殺到するほどの人気になる。
「傭兵団が魔王の領土を開拓って、普通発想しないわよね」
「他国の土地ですよ? いいんですか?」
その日の夜。
泊まることになった王宮の一室にて。
エヴァ女史と私、フリッツとアルブレヒトが、魔国の大臣である女性と、食後のお茶を飲んでいた。
王立人材斡旋所の打ち上げという形だ。
土鍋は、テーブルの上に置かれている。
私は土鍋ではなく、エプロンの前ポケットに茶菓子を差し出した。
ぴょこっとポケットから出てきた、ちっちゃいピンクの肉球に乗せる。
ああ、癒される。
あの時、突然始まった就職面接会。
急きょ必要となった登録票や履歴書。
そこはデモの発案者である、ツルカがまとめておいた詳細なデモ参加者名簿が役に立った。
またツルカは、事情を彼らに説明し説得することに成功する。
今このチャンスを逃したら、堂々と元傭兵を名乗ることもできなくなると。
流石に巨大な傭兵団の副団長を務めただけあって、優秀な人だった。
あの後フリッツに職員として駆り出されて、大慌てで面接の手伝いをした。
公爵もリラ様も、騎士の皆さまも、全員が事務員の大仕事だ。
そうなると、自分だけが鍋を両手にうろつき歩くわけにいかない。
エプロンの前ポケットに、ミミィを放り込む。
ケット・シーのホッカイロは、ぬくぬくとして心地が良い。
時折指を突っ込んで、魅惑の毛並みをなでることもできる。
「みゃ」とミミィもご機嫌そうだ。
最初からここにいてもらえば良かった。
今更だが。
作業中は、荒くれものが絡んできても、なぜか股間を抱えて脂汗を流して倒れていく。
だから殺気漂う現場も、なんとか半日過ごすことができた。
だが。
書類作成中に奴が「そういえば、俺のパンは?」とのたまわった時。
あの時ばかりは、ブチ切れてペン先を奴に向けて放り出した。
その後も奴は、
「パンは?」「俺のパンは?」「ねえねえ、俺のは?」
とぐるぐる回っては、しつこく作業を邪魔してくれた。
ねえよ、最初から。
というか仕事しろよ、発案者!
……いや。
どうせ仕事は終わっているんだろうな。
あなたは公務員を実力でつかみ取った男ですからね!
ならば手伝え。
丁度、騎士団長が計らってくれていた食料の山があった。
その中から、真四角の堅パンを取り出す。
「焼けてましたよほれ」と奴に投げつけた。
【王都ベーカリー謹製】と袋に書かれた、妙に外見だけはカッコいい堅パン。
王都のパンはみな、サイズが小さいくせに、値段が高い。
それを両手で抱えた奴は、袋の文字を読んで一気に眉を下げた。
じっと哀しそうな表情で、私を見つめてくる。
きゅーんという、犬の鳴き声まで聞こえてきそうだ。
可愛くねえよ!
後ろでは女史が「あら、失敗されたの? 人間、全ての料理が上手にできるわけではありませんものね」と、なぜか嬉しそうにしていた。
騎士団長は、奴に「騎士団のテントなんだから使ったら返せよ」、と念押ししている。
が、奴は笑顔で「ん?」と首を傾げた。
もう一度、「ちゃ、ん、と、か、え、せ、よ」と念押しされても「ん?」と首を傾げている。
『ん?』じゃないだろう!
借りパクの悪名は、騎士団にもしっかり浸透していると分かった。
面接会が終わるころには、共に仕事を頑張ったリラ様とは、親友になっていた。
今後は文通を交わす約束をしている。
そして、フリッツの提案に乗ってくれた魔国の大臣。
今目の前で、上品にゆっくりと紅茶を飲んでいる。
彼女の名はマー。
時に魔王の片腕として、一方で地方振興大臣と少子化大臣を兼任する才女だ。
魔国の繁栄のために、日夜最前線で頑張っていると聞いた。
彼女は元々、魔族の開拓団を計画していたそうだ。
ただ人口が少なく、小さくまとまってしまっている魔族。
そこから、どう挑戦者を募集するかで悩んでいた。
だからこの機会に、魔族と人間族を混ぜた混合開拓団を設立することにしたのだ。
「まったく種族の違うもの同士で大丈夫でしょうか」
「むしろ助かりますね。
我らは人口が少ない上に繁殖力の弱い種族が多い。
人間族の血を混ぜて、少しずつ出生率の底上げをしたいと考えておりました」
彼女は人間族が多い傭兵団を評価し、歓迎した。
「グローベン傭兵団のように、上手く運営できた実績はあります。
ですので、そう悲観しておりませんよ」
面談の結果を見て、開拓団を三十団ほど作るそうだ。
「そして、新しい土地でやっていくのならば。
外見や出身地の、全く違う種族の組み合わせにするつもりです」
マー大臣はお茶を飲み、見慣れぬ王都の光景を楽しむ。
人間族が多くひしめく街並みに、感慨深そうだ。
「下手に相手を
『同じような考えや価値観のある存在だ』
と思うのはやっかいですよ。
『きっとあの人は自分の悩みを分かってくれる』
『きっと苦しみを察してくれる』
…‥『きっと』なんて言葉は本来存在しません。
相手に対する余計な期待は、勝手な失望に変わります。
結果として相互理解の邪魔にしかなりません」
苦い過去を思い返すように目をつぶり、アルブレヒトに言った。
「魔国は人間よりも、よほど多種族が暮らしています。
細かい違いには寛容ですから、あまり気負わずにいてください」
「……助かります、大臣。私の大切な元部下たちなんです」
頭を下げるアルブレヒトに、マー大臣はにこりと美しい笑顔を見せる。
「あなたも時折、手伝いに来てくれればいいのです。
誰かが自分たちの努力の過程を見ていてくれる、それが心の支えになります」
「はい」
そして。
ツルカという、灰色狼の獣人。
傭兵王アルブレヒトを支え、居場所を求めた男。
ツルカは魔国への先遣隊と家族を連れて、第一陣として出立することになる。
翌日、まずは他の元傭兵のものたちにこの開拓団のことを伝えるために、彼は引き換えることになった。
———私に「小賢者には気をつけろ」と言い残して。
女史に気をつけろとは、一体どういう意味なのだろう。
やがて国の多くの傭兵たちが、新天地に旅立って行く。
戦争が終わったのだ。
誰もがそれを初めて実感した、出来事だった。
「そうそう、そうなんだよ。寛容ってすばらしいよね。
だからチサ。もう少し俺に寛容になってくれないかなあ」
「無理です。いったん死んで反省してください」
次の日。
私は家のテーブルの横で、過去に勇者と呼ばれた、態度も図体もでかい男を土下座させていた。
テーブルの上にあったはずのすきやき鍋の中身は、すべて消えている。
王都の忘れ物を届けに来た男に、一瞬の隙に食べられてしまったのだ。
「いいですか。
お弁当の件と言い、今回の件と言い。
文房具と違ってさらに『とり返せない』ことをしてくれたんです。
今度こそ、窃盗犯としてつきだしてもいいですよね……」
「それは困るな。公務員だし」
「公務員でも勇者でも、なんでも駄目です!」
借りパクだけでなく、無断飲食野郎も追加された男が、ふと思いついたように頭を上げた。
「じゃあこうしよう。チサ、デートしようか」
「はあ?」
突然の提案にクエスチョンマークが飛ぶ。
慌てるフリッツ。
「あ、いや、せめてご飯をおごるからさ。それで帳消しにしないかな」
「ご飯……うーん。社食なら、まあ」
タダ飯かあ。
それなら、少しはお金が浮くかな。
とりあえず少しでも返ってくるのならと、了承してしまった。
ぱあっと喜んで帰っていくフリッツ。
その後姿を見て微妙な気分になる。
これで良かったのかなあ?
————なんだか、どっと疲れてきた。
「あんにゃろう」
テーブルの椅子に座って、空っぽのすき焼き鍋を見つめる。
野菜くずさえ残さず、きれい食べやがった。
また作ろうという、気がしない
「なんだかなあ。つくづく奴のペースに乗せられてないか? 私」
「みゃあ~」
「はっ!」
ミミィが現れ、足にすりすりし始めた!
足首にくる感触が……ちっちゃい!
頭ちっちゃいよ!
思わずちっちゃいケット・シーを持ち上げると、ちっちゃい舌でぺろぺろ頬を舐めてくれる。
テンションが戻ってきた!
「ごめんね、ミミィ。すき焼きなくなっちゃった」
「みゃあ~」
「でも二人だけでパンケーキ作って食べようね」
「みゃあ~!」
手の平にすりすりするミミィの鼻にキスをして、フライパンを取り出したのだ。
借りパク勇者は面倒なことに巻き込んでくれるけれど……。
ケット・シーが居ればなんとかなる!
ケット・シーは最高だ!
これで借りパク勇者の脳内説明が終わったので、一章終了です。
次は日常(お仕事)編になります。