表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/43

傭兵王と猫鍋(4)

 傭兵王は、元副団長と対峙する。


 後ろにはフリッツと女史がいた。


 傭兵王———アルブレヒトは、喜ぶ妻に優しく微笑む。

 一方でツルカと呼ばれた灰色狼の獣人は、苦々しげな顔になった。


「恐ろしく早いご帰還でしたね」

「仲間がいたからな。あっという間に大人しくなってくれた」


 東門近くを見ると、二千の傭兵はほぼ倒れ、騎士たちに捕まっていた。






 その殆どを大人しくした男は、ズボンのポケットを探っている。


 ポケットから取り出した、花柄の包装紙で包んだピーナッツヌガー。

 お腹がすいたと言いながら、その包装を破ってぼりぼりと齧りだした。

 

 ん?

 あれ?


 あれ、見たことあるなあ。

 特にあの、包装紙の柄。

 良いパラフィン紙がなくて、手作りのヌガーを包むのが大変だったんだよ。


 うん。


 あれは私が、職場でミミィと食べるために作って、台所の棚に置いておいたやつだ。 


 うん。


 あいつ死ねばいいのに。 




 



 私の心の荒ぶりをよそに、獣人の二人は真剣な会話を続けていた。


「仲間……ですか。

 素敵なお仲間をお持ちですね。

 元傭兵団の我々は、仲間と思っていただけるのでしょうか」

「当たり前だろう」


 皮肉を真正面から受け止めるアルブレヒト。

 ツルカは一層腹立たし気に偽善者め、と舌打ちをした。

 

「俺はあなたが嫌いです」


 ツルカの言葉を、アルブレヒトは静かに受け止めた。


「そうだろうな」

「あなたは勝手に俺を仲間に入れ、勝手に傭兵団を楽しい大所帯にして、勝手に魔族もどんどん仲間に入れて、毎日がにぎやかで。

 俺は———あそこに居場所を見つけてしまった」


 アルブレヒトは穏やかな顔をしたまま、何も言わない。

 ツルカは続ける。 

 

「手に入れてしまえば、手放せない。

 元々ないものだと思っていた頃の自分とは、全てが変わってしまっている」

「そうだな。俺もそうだ」


 アルブレヒトは、心配そうに自分を見つめる妻に優しく微笑んだ。


「あなたが貴族に叙せられたのも、結婚されたのも、俺は祝福できました。

 しかし、あなたは傭兵団おれのいばしょを解散してしまった。

 突然突き放されたんです。

 

 ————その絶望が分かりますか?」


「……」

「だから、俺は改めて作ろうと思うのです」

 

 ……なんだろう。

 戦争を、領地を略奪にいくと宣言しているのに。


 彼の言葉がとても哀しい。






 周囲が騒がしくなってきた。

 フリッツが、口元にピーナッツのカスをつけたまま忠告する。


「申し訳ないが、すでに王都からマタイサへの続く街道は、中央騎士団が封鎖したそうだ」

「そうね。賢者せんせいが魔法で、彼らをなんとか連れてきたわ。

 これで、近隣を攻めるの逃げるのも難しいわよ」


ツルカは歯を食いしばり、下を向いた。


「そうか……結局、誰も俺たち救いはくれないのだな」


 遠くから、騎士団の騎馬の音が聞こえてくる。


 アルブレヒトは彼を哀しそう見下ろす。

 そして、侯爵に向かって言った。


「傭兵団の反逆未遂の責任は全て私のせいです。

 どうか、侯爵家に累を及ぼさぬよう、離縁の手続きを」

「嫌です! お父様、ならば私を、侯爵家から勘当してください!」


 リサ様が悲鳴を上げる。






 すると。

 借りパク勇者が、黒い腕カバー(ちゃんと自分のやつだ)で口を拭いながら、灰色狼ツルカの前に立った。

 

「居場所? 救い? さっぱり分からないな。

 君、ツルカだっけ?

 人が何かをしてくれる訳がないじゃないか」


 フリッツさん!?

 ぎょっと思わず彼を見る。

 周囲も何を言い出すのだと、元勇者に注目した。 


 彼は真剣な眼差しで、孤独ぼっちの灰色狼を見据える。






「俺は小さいころから、地方公務員になりたかった」


 いきなりそれ!?

 ツルカも目を丸くしている。


「地方公務員とは、この世で一番素晴らしい仕事だ。


 まず法律で守られている。

 雇用も守られている。

 一定の給料も守られている。

 嫉妬以外で、後ろ指も刺されない。


 地味に平穏に生きたい人間にとって、

 自分をとことん守ってくれる、最高の職場なんだ」


 いきなり、自分語りに入った元勇者。

 女史はあちゃーっと、アルブレヒトは「え? ここで言うのか?」という顔で見つめている。


「しかし自分の実力では、天下の地方公務員にはなれないと分かっていた。

 だから、死ぬような努力が必要だったんだ」


 体力は走り込みから始めて、八日間世界一周を目標に。

 学力は公文から始めて、円周率の五万桁暗記を目標に。

 サバイバル力は魚のさばき方から始めて、秘境でもナイフ一本で生きられることを目標に。

 武力はこどもカラテ体験教室から始めて、リヴァイアサンの鱗も割れることを目標に。


「そしてようやく公務員試験を受けようと、町の試験会場に挑んだ。

 だが、そこはあくの陰謀がひしめく恐ろしい場所だった」




 無事に試験に受かったはずだったのに、辞令は勇者。

 しかも魔王えものを倒さないと実質給料0の、究極の仕事だった。


 福利厚生もない。

 危険手当もない。

 保険もない。

 ボーナスすら、ない。




「こんな使命しごと、この世にあってはならない」


 だが。と元勇者は、目を丸くしたままのツルカに続ける。


あくの陰謀により追い立てられた俺は、ようやくこのせいしゃいんを手に入れた。

 十年……そう、十年も掛かったか。

 この場所あんていしょくを、手に入れるのに。


 もしまたあくの陰謀によって、勇者業さいていへんのしごとに弾き飛ばされても。

 俺は何度でも、正社員を目指すね。


 【安定した仕事で地味に稼いでのんびり生きる】


 こそが、俺のやりたいことだから。


 ————君が本当の本当に、やりたいことはなんだ?」


 ツルカがはっとする。


「好きなことを目指しなよ。

 本当に、やってて嬉しいことをさ。

 確かに誰も君に責任を取ってくれないけど、代わりにしつこく追及するやつもいない」


 ツルカは茫然と勇者を見ている。

 構わず彼は続けた。 


「別に戦争そのものが、やりたいことじゃないんだろ?

 やり慣れていることが戦闘だからってだけで。

 コミュニケーションが苦手ならは、それにあった先を探せばいいだけさ。

 なあ、アルブレヒト」

「フリッツ」


 妻を抱きしめるアルブレヒトが、昔からの旧友を熱く見つめる。 


「お前が言いたかったことって、これだろう?

【人間族と魔族が仲良く暮らす】がやりたかったんだろう?


 たまたま結婚で領地の融通が利いたからやってみて、失敗した。

 ……それでいいじゃないか。

 その次を、考えようよ」


 ツルカは空を仰いだ。






 私は動揺した。

 借りパク勇者が、割と真面目に見えるのだ!


 手元の震えで、土鍋の蓋が、がたがたと揺れている。

 「みゃーん?」と心配そうな、ミミィの声が奥から聞こえる。

 しかし、今は萌よりも驚きが勝った。


 おかしい。

 土鍋を強く握ったまま、目をぱちくりとしては、目の前の現実を確認する。

 

 フリッツがへらりとこっちを見て手を振る。

 違う!

 あんたにウインクしたわけではない!








 魔王の国、通称魔国に派遣されていた中央騎士団が到着した。


 壮年の騎士団長が馬から降りる。

 公爵の肩書も持っている騎士団長に、侯爵とアルブレヒトが頭を下げた。




 騎士団にはなんと、魔王の国の大臣も同行していたのだ。


 ほっそりとした肢体。

 足元まで広がる、水色の美しい髪。

 恐らくは女性で、全身に青く透明なヒレが垂れ下がっている。

 魚人族だろうか。

 お供らしき魔族も、何人かついて来ている。


 フリッツが賢者と連絡を取り、わざわざ一緒に連れてくるようにお願いしたらしい。

 おかげ王都は大騒ぎだ。




 騎士団長がフリッツを見て、ため息をつく。


「おいルード。また面倒なことをやってくれたな。

言われたとおりに、向こうのお大臣様に来ていただいたのはいいが……。


———で、どうするんだ? この反乱未遂事件」


「え? 反乱未遂? 違いますよ。就職面接会です」


「「は?」」


 しれっと言い換えた元勇者に、一同はあんぐりとした。




「早速ですけど、大きなテントを貸してください」


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ