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傭兵王と猫鍋(3)

「鬱憤晴らしのチャンスだ!」

「王都で暴れてヤろうぜ!」

「強奪しほうだいだぜ!」




 ひゃっほう! と東門を破壊し続ける連中。


 あいつらは確か、斡旋所にクレームして、フリッツに〆られた三人組だ。

 本当の下衆げすとはああいうのを言うのだ!


 奴らの行動に煽られて、声を上げるだけだった者たちが、各々の武器を上に掲げ始める

 まずい。

 集まった五分の一、二千人くらいのデモ隊が武器を持って動き出した。


 王都の城壁の中から「東門に回れ!」という声が聞こえてくる。

 恐らく常駐の騎士団と警備兵が動いているのだろう。


「チサはリラ嬢と一緒にいてくれ。俺たちはあの馬鹿共を止めてくる」

「リラ、頼む。俺を待っていてくれ」

「結界を張っておくから、その防御陣から出ないでくださいね」


 エヴァ女史の魔法がなされる。

 足元に魔法陣が浮かび上がった。


 そのまま元勇者の一行は、暴動の鎮圧に向かった。






 不安げな表情のリラ様の隣に、私は立っていた。

 その周りには、侯爵や護衛の兵士はいるが、更にその周辺を傭兵や元傭兵たちに囲まれている。

 一触即発の雰囲気だ。


「勇者様の同行の方ですよね? その鍋はなんですの?」


 ふと、リラ様は私の手元を見て聞いてきた。

 今までだれも聞いてこなかったから、逆に新鮮だ。


 ただ、このどうるいにならば。

 鍋の中身を教えてもいいだろう。


「リラ様これは……ケット・シー鍋なんです」


 ほら、とそっと鍋の蓋を開けた。


 そこには異空間が形成されていた。

 職場の机の引き出しと同じ、広い草原が広がっている。

 私が蓋を開けたことに気がついたのだろう。

 たんぽぽと戯れていたミミィが、ポテポテと走ってくる。


 そして、鍋の縁にちっちゃい白い前足を掛けて、「みゃー!」と元気よくご挨拶をした。


「まあ! まあ! まあ! なんて可愛い!」


 大きな緑黄色トパーズの目を、更に大きくしたリラ様が、紅潮した頬に手を当てて悶え始めた。


 旦那おおきなねこのことすら、今は忘れているだろう。

 そう断言できる。


「たまらないですよね! 本当に可愛いですよね!」

「どうしたのだ?」


 きゃーっと、いきなり盛り上がる私たちに、怪訝な顔をした侯爵がやってきた。

 瞳を煌めかせたリラ様が、是非見てほしいと父親に懇願する。


「お父様! ケット・シーだそうですわ! 

 わたくし、初めて見ますけれど、本当に愛らしいのです!」


 侯爵が関心深く、私に耳の後ろを掻かれてうっとりとするミミィを見つめる。

 子猫は知らないおじさんにみ?っと小首をかしげた。

 可愛い。


「ほお、これは確かに愛らしいな。

 しかも白毛とは珍しい。

 ケット・シーは本来黒毛に白斑しろぶちの個体が多いと聞く。

 さらに異空間の魔法を使う個体は、噂にあがったことすらないが」


 侯爵のミミィに対する指摘に、私は首を捻った。


 そうなのか?

 私もそもそもこの子に出合うまでは、ケット・シーに逢ったことがない。

 子供向けモンスター図鑑でケット・シーを知っていたくらいだ。


「そうなんですか?」

「ああ、相当に珍しい子だ。大切にすると良い。

 それに……二本の尾か。

 それはどこかで聞いたことがある」







「侯爵!」


 突然、私たちを囲んでいた集団から大声が上がった。

 急いで鍋に蓋をし、声の方を向く。


 丁度集団中から、鎧を着た狼の獣人が出てくるところだった。


 なんと立派な、灰色のふさふさしたしっぽ!





 私は獣人に会うと、まずしっぽを見つめてしまう。

 だがこの行為は、人によってはセクハラであるらしい。

 

 どうしたら変質者と呼ばれなくなるだろうかと、思い悩む。


 隣のリラ様も、必死にしっぽを見ないようにしている。

 その努力、分かる。分かるよ!


 ————彼女とは、身分を越えて仲良くなれそうだ。






 灰色狼の獣人は、結界の魔法陣のそばまで来た。

 そして侯爵と向き合う。


「侯爵。貴方には我々と共に来てもらおう」

「どういうことだ」

「貴方を人質に、マタイサ領に進軍する」

「!」

「あいつらは捨て駒だ。最初から暴徒になることは計算に入れていた」


 王都の常駐の兵力を、遠方と王都の東門に集中させる。

 その隙に、残りの八千の傭兵たちは反転して、本命マタイサ領に進軍するというのだ。


「ただでさえ故郷のはぐれ者だった我々だ。

 自意識の強い連中の中に、新参者として混ざること自体に、無理があったのだ」


 ならば、と狼の獣人は決意を瞳に乗せる。


「我々はこの機会に、傭兵の国を作る」


 我々を受け入れない社会かいしゃに無理に従属されられるのであれば、逆に征服のっとりをすれば良いのだ。

 

「アルブレヒト団長は貴族になり、堕ちた。

 奴にはせいぜい、騎士団の陽動にでもなってもらうおう。

 我らはただ、我らのりそうを、実現する!」







 愕然とする侯爵。

 リラ様は必死に説得する。


「なんと……」

「いけません! 

 内乱など土地は荒れ、人が死ぬだけです!

 誰も得をいたしませんわ! 

 あそこには、土地も産業も十分にあるではありませんか! 

 アルブレヒト様がどれだけ、あなた方の移住さいしゅうしょくに苦労されたのか……。

 貴方様は、隣で見ていたのではないのですか!?」


「だが、居場所をくれなかった」

「!?」


 灰色狼の獣人は、ほの昏い黒灰の目でリラ様を見下ろす。


「団長はいいな。

 同じ獣人でも、人間族の理想に近い姿をしていて。

 しかも人間族の高貴な若い女性に惚れられて、逆玉輿ずるいしゅっせだろう?」


 結界に手をやり、解呪の呪文を施し始める。


「俺は傭兵団に入るまで、どこにいってもつまはじき者だった。


 異形、口下手こみゅしょう

 自信どきょうがない、警戒心せいかくわるいだらけ。

 色々と、言われてきた。

 だから自然と卑屈になって、心許せる友すらできやしない。


 …‥一方で団長は、出合ったころから人気者で、外見も中身も男前ときた」


 自然と結界の魔法陣が掛けていく。

 うっそ。


「もう見比べられるのは嫌だ。

 だから、在住民いじめるやつらを排除し更地にして、傭兵の国を作る。

 傭兵同士どうしつのものしかいないなら、俺のような人種にも居場所があるはずなんだ」 


 あっさりと、結界が弾けた。 

 露わになる私たちと鍋。


 女史!?

 女史!?


 貴女様の魔法は、元勇者一行の中でも天下一品なのではなかったのですか!?







 灰色狼の獣人はリラ様の腕を掴んだ。


「さあこい」

「いや! アルブレヒト様!」


 私は鍋を地面に置き、獣人の腕に飛びつく。


「やめてください! 

 女性の腕を強引に掴むのなら、せめてしっぽを掴ませてください!」

「は? 何言ってんだこの女」

「そ、それは……」

「何を動揺しているのだ娘よ!」


 獣人は腕をふって私を投げ飛ばした。

 土鍋にお尻がぶつかり、蓋が飛ぶ。

 周りでは、傭兵たちが侯爵や同行の騎士や兵士を捕え始めていた。 


 一人の傭兵が私に手を延ばす。


「勇者の女だな、お前もこい!」

「そのジョーク最低ですから! やめて!」


 すると、全力で否定する私を捕えようとした傭兵が、突然吹き飛んだ。


「へ?」


 飛ばされた傭兵は、下半身を抱えてうずくまっている。


 後ろを見ると、ミミィが鍋から半身を乗り出して「みゃ!」と白い前足を上げている。

 もしや……。


「ミミィ! もう一回! もう一回今のやって!」

「みゃん」


 ぷん、っとピンクの肉球で空中を掻いた。


 これは噂の猫☆パンチ!

 なんて可愛らしいの!


「もう一回! もう一回やって!」

「みゃ」


 ぷん、ぷん、とちっちゃい前足で、前方を掻く。

 た、たまらん!


 おっと、思わずよだれが出そうになった。

 乙女としてそれはまずいぜと、エプロンで口の端を拭く。


 その後ろで、うずくまっていた傭兵がふらふらと立ち上がり、倒れた。

 ほかにもたくさんの傭兵が、なぜか脂汗を流して倒れている。


 灰色狼の獣人までも、なぜか膝をついて苦しんでいた。

 股間を抑えて。


 これは……ケット・シーの愛らしさに参ったってこと!?

 さすがはミミィ!


 解放された侯爵が、茫然と私の愛しの天使ミミィを見つめている。

 ふ。

 やはり、この可愛らしさがたまらんのでしょう。


 そしてリラ様も口に手を当ててびっくりしている。 

 しかし、その目は流星の輝きのように瞬いている。


 同士よ! 

 一緒に感動を味わいましょう!

 





 猫パンチを何度もリクエストしていると、傭兵が倒れたり起き上がったり。

 なんだか面白いことになっていた。

 

 傭兵たちが叫ぶ。


「なんだよ、その化け猫は!」

「何を言うの!? 失礼ね! この子はケット・シーよ!」


 そっとミミィ鍋の蓋を閉じて両手に掴む。

 私は立ち上がった。


「俺の知ってるケット・シーとは違うぞ!」

「そりゃあそうよ! うちの子は特別てんしに決まっているじゃない!」


 私のどや顔に周りがイラついたのが分かる。


「大分時間を食ってしまった! 

 その変な女は捨て置けっ! 

 早く侯爵と団長の奥方を連れて、移動するのだ!」


 灰色狼の獣人の掛け声で移動が始まる、その時だった。







「やはりお前か、ツルカ」


 傭兵王おおきなねこが立っていた。



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