猫の集会は月夜の晩に
少し雲の多い、月夜の晩。
たくさんの猫たちがとある場所、ぽっかりと空いた広場に集まっていた。
本日の議長はケット・シーの黒猫カラバだ。
というよりも、誰も議長を面倒くさがってやりたがらない。
だから猫の集会ではここのところずっと、カラバが議長だ。
カラバが広場の真ん中に立ち、本日の議題を述べる。
『皆様、今晩も良いお月様ですね。議長のカラバです。本日の議題は、
【チサ姫18才の誕生日のお祝いについて】と、【山猫バーガーの廃棄食材をいかにして大量に手に入れるか】です。
はい、ドラさん』
「うな」
『なるほど、「リンクスが主人の目を盗んで持ってくればよい。できれば入荷したばかりの肉パテも手に入れろ」と』
「にゃー!」
『おっと、リンクスさん反論ですね。「猫だってお金を払うべきだよ! あれを作るのに原価いくら掛かっていると思っているんだ」ですか。なるほど確かに常識ですね。はい、ミミィさん』
「みぃ」
『はいはい。「普通に廃棄所で漁ればいいんじゃないの?」ですか。それはそうですね』
『ちょっと待て。廃棄所までたどりついたら、他の生ゴミと混ざって最悪になるじゃないか! これだから飼い猫はダメなんだ!』
「みー」
『いや「ラブリー、お前もう飼い猫じゃないか」って、それはそうだが。心は誇り高きノラだ! それよりも猫同士くらいフリーマンと呼べ! 男のくせにミミィなんて名前を堂々とかざして、恥ずかしくないのか!』
「「「にゃー!」」」
『はいはい、ノラのみなさん。「愛猫家のリラ様にたくさん御菓子を与えられて肥満気味のお前に言う資格はない」と。それはそうですね』
『ぐぐぐ……』
「にゃあ」
『はい、リンクスさん。「ラブリーとカラバの家からお金を持ってきて、みんなで買えばいいんだよ」ですか。なるほど。しかし無断拝借は、昔いたどこかの勇者と同じですからやめましょうね。はい、ドラさん』
「うーな」
「み!?」
『ほう。「それよりもミミィ。お前この猫たちの中で唯一人化できるようになったのだから、人に化けて交渉するが良い」と。なるほど、アリですね。でもミミィさんは嫌なんですね』
「み……」
『ふんふん。「チサにその姿が見られたら、もう可愛がってもらえなくなるかもしれない」と。ずいぶんと後ろ向きですね』
「うーな?」
『ドラさん。「そもそもミミィは男としてチサとつがいになりたいのか? それとも愛猫としてそばにいたいのか? どっちなのだよ」と。確かに……私も気になっていました。ミミィさん、実際どうなんです?』
「み、み、み、みゃあ!」
『あ、ミミィさんが逃げていってしまいました』
「にゃあ」
『なるほど、リンクスさん。「ミミィは猫と男の狭間で悩んでいるんだよ。良い年だけど、思春期なんだ」と。なんというか、青春ですねえ。無駄なあがきにも見えますが』
「うなー」
『はい、ドラさん。「それよりもお前、今食べているものはなんだ」ですか。ケット・シーの国の料理人特製チーズケーキですが何か』
「「「にゃー!!!!!!!」」」
『「お前ばかり食べてずるいぞ」って。あ、やめて、取らないでください! 王様は私ですよ!』
『ここでは全ての猫が平等だ。諦めろ』
集会はグダグダに終わる――――。
ちなみにチサの誕生日には、チサが作ったお祝いの食事をみんなで食べにいくということに決まった。
次の集会。
議長カラバは新しいお題を持ってきた。
『みなさん、今日のお題は「街角の花屋で猫缶をもらえるのか否か」です。その真偽について話し合いましょう』
「みゃ」
『はい、ミミィさん。なんですと? 「昨日もらった」と!?』
「「「にゃー!?」」」
『それはビックな情報ですね。本当に行けばもらえるのですか?』
「み?」
「にゃあ」
『はい、リンクスさん。「ミミィは近くに落ちていた猫缶を拾い食いしただけだよ」ですか。本当にあなたは猫神ですか。じゃあ真偽は分からないと……』
「にゃあ」
『はい、続けてどうぞ。「最近はジョブ・ホッパーがよく花を買いに来るから、彼じゃないの?」ですか。まあデュラハンさんは猫が好きというわけではないですしね』
「うな」
『お、ドラさんは置いた人物を知っていると?』
「「「にゃ!?」」」
「うな」
『人物ではなく、花の精だったと。
猫好きの花の精ですか! いいですね! 皆さん! お腹の毛玉掃除に草を食べるときには、街角の花屋の鉢植えだけは狙わないように!』
「「「にゃー!!!」」」」
次の集会。
カラバは欠席した。
代理で灰色猫のラブリーが立つ。
『あー。カラバは欠席だ。オレが代わりに議長を務める』
「みゃ?」
『ミミィよ、「なんで」だと? アルブレヒトの話によると、そろそろ王様が交代するらしいな。その手伝いでカラバは忙しいらしい』
「にゃー!」
『リンクスよ。「だったら新王誕生キャンペーンだね! みんなでうちのバーガーを買ってね!」とは商魂が逞しいな。
だがよく考えるんだ。ここにいる全猫が文無しだ』
「うなー」
『ドラ、その考え悪くないな。オレもメガネの騎士をそろそろ公爵家令嬢に戻してやる必要があるとは思っていた。引きこもった王子を見捨てなかった女だ。彼女の幸せの手伝いをしてやれ。じゃあな』
「みゃー!?」
『「ドラはついでにどんな騒ぎを起こすか分からないから、チサに知らせなきゃ!」って、ああ、ミミィも行ってしまったか』
「にゃあ」
『「つまんない」か。本当に今日は猫が少ないな。王の騒ぎで猫騎士たちもいないし、もうお開きにするか。リンクス、その辺のネズミでも取っていくか?』
「にゃあ」
『「子守で疲れているだろうからつき合うよ」か。ありがとう』
ある日の集会の、前夜。
大きな白い猫が一匹。周りをキョロキョロと見回していた。
『集会は明日だったか。間違えたなあ』
後ろから、声が掛かる。
「あれ、今日は集会じゃないのかい?」
『げ、お前か……』
「げ、とはひどいな。何度もブラッシングしてあげた仲じゃないか」
『やめろ! 決してお前にほだされた訳じゃないからな!』
「あんなに可愛い子猫だったのに……はい、お土産のマタタビ」
『やめろやめろー! 買収なんてされないぞ! チサは僕のものなんだ!』
「はいはい。そう言いながらしっかりと貰うところがいいね。
ところで、チサは元気?」
『……すごい元気だよ。最近彼氏と別れて落ち込んでいたけど。
国の怪異事件解決のお祝いに、ケット・シーの国に連れて行ったら鼻血出して元気になった』
「あはは! 彼女らしいね」
『……なあ。そろそろさ、この国に戻らないの?』
「もう少し仕事が落ち着いたらかな。今サマランチと新しい孤児院の設立に携わっているんだ」
『そうかー』
一人の男と一匹の猫は、黙って月を見上げる。
雲が一筋、通り過ぎた。
「おや、もう時間だな」
男が月の道を歩き出す。
その消えていく姿に、白猫は鳴いた。
『なあ! チサ、とても大人になったよ!』
「そうか」
『綺麗になった!』
「そうか」
『多少のことじゃ怒らなくなった!』
「そうか……」
『このままじゃ僕がつがいにするよ! ……だから、だから、早く帰って来てよ!』
「そうか……ありがとう」
男は消えた。
月夜の広場に、白猫が一匹。
白い体を震わせて、月に向かって鳴いていた。




