傭兵王と猫鍋(1)
「われらに安定した戦争を!」
「われらに戦うべき敵を!」
「われらに出兵依頼を!」
「それが駄目ならば、強制的解散を!」
城壁に囲まれた王都を、複数の傭兵団がとり囲んでいる。
おかげで交通が障害され、人の出入りが極端に厳しくなっていた。
少し離れた丘の上。
所長に緊急ヘルプで呼ばれた借りパク勇者は、うーむと腕を組んで立っている。
格好はいつもの事務員のままだ。
隣には、同じく呼び出されて眉を潜めるエヴァ女史。
スリットが絶妙なスカートが、大きな太股とお尻を魅惑的に見せている。
「あの城門の前に立っているの、どうみてもアルブレヒトだよな」
「何をやってるのよ、あの人は……」
人間も魔族も混合した世界最大の傭兵団、グローベン傭兵団。
そのトップである団長アルブレヒト。
別名「傭兵王」アルブレヒト。
片目の眼帯をした、黒豹の獣人だ。
魔族との戦争時代には戦士として勇者一行に同行し、のちに傭兵団を立ち上げて最終戦争の立役者となる。
性格は明朗快活、さっぱりとした兄貴肌。
正直、公務員が夢だった借りパク野郎よりも人望があったらしい。
確か講話後は侯爵令嬢と結婚して婿入りし、次期侯爵になったと聞いていたのだが……。
「とりあえず話を聞いてみるしかないよね」
「そうですわね」
「チサ。そのまま鍋持ってついてきてね」
そして私はなぜか、両手で土鍋をもって彼らの後ろに立っていた。
エプロンすら外していない。
そもそも今日は、休日だった。
そして、とても素敵なものを堪能していた。
ケット・シー鍋である。
いや違う。
土鍋に丸まって入ったケット・シーに遭遇し、悶えに悶えてうずくまっていたのだ。
最初はお昼に、残り物で一人鍋でもするかと思いついた。
だから戸棚から、小さな土鍋を降ろしたのだ。
そして、片手に切った野菜の束を持って土鍋のふたを開けると、白いまん丸なミミィが眠っていた。
ミミィは眠たげに顔を上げる。
「みぃ~?」
萌えすぎて死にかけた。
これはご飯どころではない。
土鍋を捧げ持ち、日の当たるベランダに移す。
するとますますミミィは気持ちよさげに目を細め、鍋の中でにゅ~っと体を伸ばした。
ピンクの肉球がよく見える。
たまらん。
思わずそっと、首もとを優しく掻いてあげる。
うっとりとするミミィ。
柔らかい毛並みに、でろでろに崩れる私。
このまま私も、ミミィと昼寝をしようかな。
そう思って、大きめのクッションを探していたときだった。
「あ、チサ。ご飯作ってた? 作ってたのならなんか食わせて」
奴が玄関に立っていた。
後ろには、なぜかエヴァ女史がいる。
職場ではなかったのだが、思わずとっさに土鍋に蓋をした。
「なっなっ何で許可もなく、人の家に入り込むんですか!」
「エヴァに転移を頼んだんだ」
「全くしょうがない人」
「そういう問題ではなく!
副所長! この人はしょうがない人じゃなくて、全く駄目な人ですよ!?」
堂々と入り込んでくるフリッツに、ついてくるエヴァ女史。
あわあわと慌てる私の横で、フリッツは台所の野菜の束を見てまだだったのか残念、とのたまう。
エヴァ女史は片づいている方ですわね、と私の部屋を眺めていた。
そして、ベランダの土鍋に気づく。
「あら、パン生地でも発酵されてたの? 悪かったわね」
「いえいえいえいえ。それよりも、何で突然ここに」
私の質問に、女史は色気のあるため息で答える。
「王都から傭兵団の騒ぎを止めてほしいと依頼が来たのよ。
私たちの知り合いが首謀者らしいから、説得に行くのだけど」
「ちょうど俺の腹が減ってしまってね」
フリッツが台所からやってくる。
スティックニンジンをかじっていた。
さっき作った、私の野菜スティック!
「そういえば、この前食べたチサのお弁当が美味しかったなあと思い出して」
「やっぱりあんたが食べたのか!」
私は普段、週に二、三回は節約のためにお弁当を作っているのだ。
そして一昨日。
愛用のケット・シーの形をしたピンクのお弁当箱が、トイレに行っている隙に空っぽになるという事件が起きていた。
私は半泣きになって、周りの同僚たちに聞いた。
有力候補は借りパク勇者だったが、彼は出張中に忘れものを一回取りに来ただけだという。
ほんの一瞬の犯行だったらしく、誰も見たものはいなかった。
その後奴は出張先から帰ってこず、真相はつかめていなかったのだ。
「返せ! 私のお弁当!」
「消化してしまったものは返せないなあ。ごめんね」
「あっさりごめんですませるなー!」
「うん、ごめんね」
「ふざけるなー!」
いつもは同情してくるはずの女史を目で探す。
しかし彼女は先ほどのやり取りを聞いておらず、台所の瓶詰めなど、手作り保存食の棚を眺めてはほう、と悩ましげな吐息をついていた。
「私は料理が不得手なので羨ましいですわ」
「そういう意味じゃないんですけど! まずはこいつの犯罪を責めてください副所長!」
「そういえば、あの算盤はちゃんと使ってくださってる?」
「話を飛ばさないでください! 使ってますよ! だからこいつをどうにかしてください!」
「それにしても、羨ましいわあ」
なんという休日だ!
癒しを要求する!
ケット・シーのもふもふを要求する!
私の憤りをよそに、エヴァ女史は魔法を唱え、光の魔法陣を部屋に敷き始めた。
「ご飯がないなら現地調達ですわね。
パンは発酵が大切ですわ。そのパン種、大切に持っていてくださいね」
「そうだね、楽しみだなあ」
「なに食べる前提で話をしているんですか!?」
発動した魔法は待ってくれない。
慌ててミミィ入りの土鍋を掴むと、私もエヴァ女史の移動魔法に巻き込まれて、丘の上に立っていたのだ。
そして、冒頭に戻る。
空を見上げると広い青空。
後ろを見ると広大な草原と長い街道。
手元を見ると土鍋。
そして前方を見下ろすと、王都を囲む傭兵団の黒い巨大な集団。
一万人ほどだろうか。
怒声も罵声もよく聞こえる。
「オレは戦闘専門なんだよ!」
「戦争が終わったからといって、あっさり仕事を切っていいと思っているのか!?」
「傭兵を舐めるな!」
「この人非人め!」
びくびくと土鍋を持ちながら、フリッツと女史の後ろを歩く。
殺気だった連中は、奴が元勇者だと気づくと道を空けた。
そしてリーダーである、傭兵王アルブレヒトの元へと案内される。
傭兵王は長い黒いしっぽを垂らし、丸い黒豹の耳を頭に生やしていた。
長い黒髪を後ろで縛り、黒い眼帯に鋭い眼。
更に男らしい輪郭。
体躯はフリッツよりも大きく強靱な筋肉で覆われている。
黒い鎧が見事に似合う男性だった。
私はときめいた。
そのたしーんと地面にたたきつけられる、黒豹のしっぽに。