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ケット・シーと私の日常。または借りパク勇者の名を返上したフリッツさんとのやり取り

 フリッツの背中が見えなくなると、アリーを筆頭に、多くの女性が居なくなっていた。


 狂犬でダメ犬な真実に、波のように引いてしまったのだ。

 主に心理的に。


 残っているのは女史と、シリカ様と、後からのんびりきたレムだけ。

 レムはこうなることが分かっていたようだった。


 バステトから隠れていたドラが「うなーお、うなーお」と笑い出す。




 ああ見たまえよ、あの勇者に絡んでいた女たちを!

 あれだけ愛を投影し続けた男の真実を見て、恋の引いていくあの様を!

 しかして我は女の不毛な愛を終わらせた。

 新たに幸福へ向かい歩む女どもを、我はたくさん作ったぞ!




「ドラ、あんたの目的はそれだったの!?」

「なーお!」


 我は効率重視なのだ。

 サマランチが以前から勇者のハーレム状態がムカつくと言っていたからな。

 ちょうどいいと狙いをつけておった。

 でも見てみろ。これ以上に素晴らしい結果は他にあるまい!


 ドラは打ちひしがれ消えていった女性陣を思い出して、歓喜している。

 なんという邪神。 


 性質たちの悪いドラの体が光りだした。

 なんと、あれでドラの善行にカウントされてしまったようだ。

 ダーキニーの「女の幸せ」判断基準がよく分からない。


 ドラのほっぺたを引っ張って制裁を加えていると、呆然としていたシリカ様に、ニート王子が声を掛けた。


「シリカ、騎士団の宿舎もなくなったから賢者が城を戻してくれるそうだ。帰るぞ」

「兄様……。わたくし、何を間違っていたのでしょうか」

「何も間違っていない。ただ、好きな男を追いかけて振られただけだ」

「……私、新しい恋ができるかしら」

「できるのではないか? 私もこうやって外を歩けておる」

「……そうね」


 兄妹は両親とともに去っていく。

 その際ニート王子が私に頭を下げていったことが、印象的だった。




◇◇◇◇




 次の日職場に行くと、隣の席は空いていた。サっちゃんの姿もない。

 ユグドラシルを返すのに手間取っているので、しばらくフリッツは休職するらしい。


 体力が普通の人間並みになったフリッツにサマランチが協力を申し出て、運搬を担当するそうだ。




 女史が私を面談室に呼んだ。


「チサ・ドルテ。改めてリストラの話なの」

「はい」

「あなたの大物が狙える召喚術スキルは、国としても有用だと判断されましたわ。

 今後ネロ・パトラッシュを顧問として、腕を磨いて欲しいの。

 だから、より仕事をしながら練習時間を取れる部署に、完全に籍を移してもらいます」

「分かりました。どこでしょうか」

「第三倉庫よ。猫神と一緒に仕事をすれば、管理もさほど困難ではないでしょう。

 おそらく、ヴェータラーの監視任務も付くはずよ」

「分かりました」


 私が淡々と国の辞令を受けていると、女史は気まずそうに謝罪した。


「……ドルテ。今まで無様な姿を見せて悪かったですわね」

「いいえ。副所長は良い人だと思っています」

「……そう。ありがとう。これからも共に仕事を頑張りましょうね」


 私には十分すぎる言葉だった。


「はい!」




辞令書を受け取っていると、受付で騒ぎが起きた。


「もう黒ケット・シー便の時代は終わったっス! 次の仕事紹介してください! 

 できれば超美人が優しく面談室で叱ってくれると嬉しいっス!」

「ジョブ・ホッパー。副所長に会いたいならまず外で声を掛けるべきだろう。このチキンが」

「レティさん! その突込みはなしでお願いするっス……」

「全くしょうがない人」


 しぶしぶと腰を上げた女史が受付に向かう。少し元気になったように見える。

 女史は本当に、ダメ男に弱いんだなあ。

 気の毒に。








 一年経ち、私は猫の集会に参加することを許された。

 月夜の晩に、ミミィと月の光の道を歩く。


 ミミィが嫉妬と心配でケット・シーの国に行くのに反対するので、せめてもの妥協策らしい。

 シャラポワはすっかりあの国が気に入って、彼らの警備役兼料理人となっていた。

 なにそれ羨ましい。

 

 フリーマンはラブリーという名を諦めて受け入れ、次々侯爵の守り猫になった。

 リラ様は息子に猫耳が生えているのにご満悦で、最高の家族だと喜びを語っている。 

 

 ニルト王子は、両親とよく話し合った。

 エロ蔵書検閲機関のトップの地位と、エロ本配達事業会社の立ち上げを条件に次期王の勉強を始める。

 どんな経済用語も軍事用語も、女体に例えれば覚えられると聞いた。嫌だ。


 シリカ様はお見合いで紹介された魔国の王族と、とりあえずお付き合いをしてみることにしたそうだ。


 女史は最近、誰かとお付き合いを始めたそうだが、秘密だそうだ。

 少なくともダメ男なんだろうなと考えると切ない。


 他の女性たちも、新しい恋を求めて毎日を頑張って生きているようだ。 

 ただ、今バカ売れしている「王子×勇者本」を見ると、ダンジョンマスターは相変わらずのようだが。


 所長は、息子が元気ならそれでいいと、毎日脳筋を駆使した問題解決を行っている。


 ユーランは結婚退職し、レティは魔国の親戚との再交流を始めたそうだ。


 レムはケット・シーの国でも猫用ハンバーガーを売り出し、ケット・シーに通貨の観念がないこと愕然としていた。リンクスも頑張っている。


 相変わらず、ドラはいつも企んでいる。

 私が唯一国に感謝しているのは、こいつに拳骨を落とす使命を公的にくれたということだな。

 女神全般が怖いドラには、バステトと共にいつもお仕置きをしている。


 サマランチは相変わらずモテないようだが、付き合いやすい上司に変わりはない。

 

 そして私は、ようやく召喚師の認定証をもらえた。

 師匠についたネロ少年が許可してくれたのだ。

 もっと早くもらえるはずだったが、どんなモンスターも強烈なものしか召喚できないので評価判定が混乱したのだ。

 つい最近は、魔法陣から遠い宇宙からやってきたという呼び声がしたので、ネロ少年と必死に帰還していただいた。


 今はバステトとミミィだけでお茶をしたり、お菓子を食べたり。

 倉庫に保存された謎の遺跡の暴走を上司と一緒に片づけたり。

 毎日楽しく仕事をして暮らしている。


 祖父母も、孫が生き生きとしてくれるならそれでいいと、何も言わなくなった。

 今度は二人で旅行に行くらしい。仲の良い夫婦だ。






 今晩は、雲のない良い月夜だ。

 ミミィがとっとこ先を歩く。

 

 彼も随分と体が成長し、もう成猫といって良い大きさになった。

 力も猫神全盛時代に戻ったようだし、ネコマタの本領も発揮できる。

 

 でも彼は猫のまま。

 私の騎士の座は譲らないと言っているが、「人化しないの?」と聞くと悩んでいた。

 ずっと可愛がられたいから、嫌われるかもしれない姿になりたくないという。


 あの時の私の台詞が相当トラウマになったようだ。

 ミミィなら、なんでもいいのにな。

 私は大きくなった二本の白いしっぽを眺めながら歩く。


 やがて広場に着くと、リンクス・カラバ・ラブリー・ドラといった馴染みの猫たちがたむろっている。

 その中に、見知った人間が一人混ざっていた。


 フリッツだ。


 ドラが連れてきたという。

 ミミィが毛を逆立てて警戒を始めた。


「やあ、チサ。こんばんは」

「こんばんは。帰ってこられたんですか?」

「ああ、休職明けに改めて国から仕事をもらってね。

 戦後処理と、開拓地の経済活動のフォローに回っているんだ」


 もう脚力も腕力も通常の人並みしかないけれど。

 彼には元々頭脳があった。


 バステトはないものは与えない。彼に魔力もないのは変わらない。

 それでも彼は、自身にあるもので勝負をするという。


「ちょうどツルカの開拓地に行ったときにドラに会ってね。

 たまには報告に来いと言われて連れてこられたわけさ」


 書類の入った大きなリュックを担ぎ、日焼けをして、笑う姿は変わらない。

 むしろ職場にいた時よりも、ずっと生き生きとしているように見える。


 いい仕事を、しているんだな。

 私も思わず微笑んでしまう。


 彼はまぶしそうに私を見る。

 そしてはいお土産と、リュックから小さな鉢を取り出した。

 以前見たことがある。ミミィの故郷のたんぽぽだ。黄色い花が揺れている。


「たまたま東の国に行くことがあってね。伝手で手に入ったから、ミミィ君にお土産だよ」

「み!?」

「ミミィにですか?」

 

 下に鉢を下ろすと、ミミィはしきりに花のにおいを嗅いだ。

 みゃ~んとうっとりしている。


「再構成魔法もいいかもしれないけどね。魔法じゃない、生きている植物もいいものだよ。

 せっかくだし、住居の近くに埋めてあげるといい」


 うっとりし続けているミミィに微笑む。

 そして彼はじゃあ急いでいるからと踵を返した。


「あのっ、もう帰るんですか?」

「ああ、まだ仕事があるしね」


 後姿の彼は月を見上げる。

 本当は月夜に例えて言いたいことがいっぱいあるけれど。今はそんな時期じゃないよね。

 そう呟いて彼は歩き出す。

 

「召喚師認定おめでとう。俺も頑張るから、チサも頑張って」


 顔が見れてよかった。

 それだけ言って、彼は月の光の道に消えていったのだ。


 ドラはうなーおと笑う。

 ミミィは負けたように「みぃ……」と鳴く。




 フリッツさんはもういない。


 しかし私の日常が少しずつ変化するように。

 彼も変化していっていることは分かった。


 私も彼も、今後どう変化していくのかは分からない。 

 それでも、お互い前向きに毎日を頑張る気持ちに、変わりはない。




 明日も仕事を頑張ろう。

 そう思ったのだ。


 

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