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告白と勇気

 フリッツがカイネさんから手を離し、真顔で王族たちを見た。


 籠り過ぎて危険に敏感なニルト王子が、とっさに背中に女性の王族たちを隠す。

 特に菓子缶に頭をぶつけて重傷だったはずのシリカ様が、涙を浮かべて怖がっている。


「正直さ、思うんだよね。なんであの前線で俺が戦わなくちゃいけなかったのかな。

 魔王と勇者の枠で語られているけどさ、結局は領土紛争と人種差別の合わせ技だろう?

 本当に、つまんない戦争だったよね」


 まあ所詮、俺は孤児だったしね。

 勇者と崇めて戦わせて死んでも、どうとでもなるよね。


 腕の封印が浮かびあがる。

 それを片方の手で握りつぶした。


 ニルト王子が顎を上げ、勇者を見下ろす。

 そして、ようやく本音を吐いたな、凱旋時の笑顔は本当に気持ち悪かったわと言い捨てる。


「ふん。お飾りでいつでも殺される立場だったのは私だって同じだ。

 どうしても腹立たしいのならば、使い物にすらならなかった父と私を殺すんだな。

 当時の作戦本部と上層部は、ほぼ前魔王と刺し違えて死んでおる。

 宙に浮いた責任論は、今のトップが受けるのが当然であろう」


「じゃあすぐにだって死んでも構わないよね」


「国の代表として国民の代わりに首を差し出す。それが王族の義務だ。

 ただしお前が国民をやめ、責任を要求するつもりならな。

 その瞬間。お前は世界の敵になるぞ」


 警護の騎士団が増えていき、緊張が増していく両者。


 アルブレヒトも駆け付けた。

 声を掛けても反応のないフリッツの様子に、苦々しい顔をした。

 だが封印を自力で握りつぶした様子を見て、王族の警備に入る。


 フリッツの異常を察し、転移陣でやってきたアリーや女性陣。

 なんだか薄い本とスケブをたくさん抱えている女性もいる。

 もしかして、あれは引きこもりダンジョンマスター、キルオブザデッドだろうか。

 勇者への愛の辛さゆえ、勇者と素敵な男性との絡み書くことで紛らわせているという。






 どうすればいいか悩む私の隣で、ネロ少年は言う。


「僕もあの戦争に思うところはあります。死んでいった召喚獣の供養をするたびに。

 でも、反乱は違うと思います。

 今の生活を再建するためにも、これからのためにも国も王族も必要なんです」

『国が落ち着いてくれないと、ゆっくりメス・ケット・シーが探せないじゃないか!』

「今の生活は悪くない」

「王はちゃんと法治国家を作った」

「死なれちゃ困るな」


「みぃー!」


 胸元のミミィが、僕ならあのデカ犬に助太刀するよと鳴く。

 

 あいつは好きじゃないけど、チサをいじめる周りはもっと嫌い!

 また世界を、過去の思い出じゃない、チサの好きな世界を作るからここを滅ぼして籠ろうよ!

 ちなみにケット・シーの国はチサが失血死するから無しだよ!


「ちなみに俺は、もうドルテが『フリッツさん嫌い、みんな嫌い、さよなら~』といって、猫又と逃避行することを勧めるな!」

「サマランチさん」


 周辺の被害を減らすために、女史と協力していたサマランチがやってくる。

 エヴァ女史は、静かに荒ぶるフリッツの様子に真っ青になりながらも、避難誘導している。


「あいつもようやく、仕事せんとう以外でキレることを覚えたようだからな。心の叫びが外に出せるようになったんだから、もう賢者おやじさんには十分だろう。

 とっととドルテは、ドルテの幸せを見つけに行け」

「私……」

「今までずっと傍観者で悪かったよ。後のフリッツは任せとけ。友人として刺し違えても止めてやる」

「私、止めてみます!」

「は?」


 私は一つの決心した。

 今こそ召喚術を。

 ちゃんとした、魔力を対価にした契約をする。


「ネロ君、今から召喚術を行うけど、やり方が間違っていたら教えてね」

「チサさん?」


 私はその辺の木の枝を拾い、地面に一気に魔法陣を描きだした。


 本当は一筆書きだってできる。

 昔から祖父の魔法陣に憧れて、すべての図形を覚えていたから。

 祖母に怒られるから呼び出すことだけはしなかったけれど。


 文言を唱えて、魔法陣に魔力を送る。

 

「世界が何もかもが理不尽だって知っている! 

 誰もが悪意でやっているのではないと知っている!

 でもいま私は、フリッツさんを助けたい! 誰か私を手伝って!」


『巫女か。了解した』


 魔法陣の向こうで、誰かが応答してくれる。

 一気に魔力が吸い取られる。

 天高く舞う、竜巻のような現象が周囲に起きる。


「これは……相当大きな存在です!」


 ケルベロスに守られる、ネロ少年が言った。

 その通り、竜巻が消えると、そこには巨大な猫の女神が立っていた。

 スレンダーな女性の体。首から上は優美な猫の顔。

 透明な、鈴のような声で、女神が語り掛ける。


『妾はバステト。

 巫女よ、そなたの普段から猫を愛する気持ちは心地がよい。

 願いを叶えてやろう』


 魔法陣から、一歩バステトが出る。

 彼女からやわらかい光が発されると、周囲の緊張がなくなっていく。

 普段から緊張しっぱなしの、騎士団長などふらふらだ。


 バステトはフリッツに対峙した。


『迷い犬よ、妾に願え』

「戦うのではなく? 世界が滅べとでも言えばいいのかい」

『お前の突飛な力を全ていただく。その代わり好きな女に、正直に告白できる勇気をやろう』 

「……」


 何を言っているのバステトさん!?

 周りも唖然とする。


 それに真剣な顔をするフリッツ。まじですか。

 

 両手を見下ろし、拳を握る。

 立場を苦しくした、だがごみのように捨てられるところだった彼の命を、救った力だ。

 彼は決心を込めて女神を見上げた。


「頼む」

『潔い男は、妾は好みだ。良いぞ』

 

 フリッツからきらめく何かが取られていく。

 一瞬強い光を発し、バステトは消えた。 

 





 フリッツの力がなくなったと知ると同時に、元気になる騎士団。

 中央騎士団の副団長が、騎士たちに指示を出す。


「王族への不敬罪と、騎士団本部破壊の罪で逮捕する!」


 すぐに王が命令を重ねた。


「ならぬ! 本部はただの老朽化、王族にも問題などなかった! いいな!」

「王! それでは国として示しがつきません!」

「示しなんぞどうでもいいわ!」

「納得いきません!」


 今まで勇者一人の活躍に、散々プライドが傷つけられてきた騎士団の中堅が吠えかかる。

 

「そうだぜ、王様。騎士団の体面? 国の威信? みんな捨てちまえよ」

『そうです、みんなプライドなんて捨ててしまえばいいんですよ』


 所長とカラバが移転陣でやってきた。

 その後ろには……。


『チサ姫様ピンチ!?』『助けに来たよ!』『敵はどこ!?』『ごはんちょうだい』『チサ遊んでー』…etc.


 大量のケット・シーが付いてきていた。

 にゃーにゃーにゃーにゃーと、あふれ出し。

 騎士団の皆さんに襲い掛かり……いや、甘えかかった!

 

 頭に子猫を乗せた所長が、にやりと副騎士団長に笑う。


「せっかく戦争で頭がおかしい連中が消えたんだぜ? 

 お前らが残念な脳みそを踏襲することもないだろう?」

「だが!」

「ちょっとは猫と戯れろよ。正直そんなものどうでもよくなる」

  

 たくさんの猫が騎士の足元にすりすりし、制服に登り、毛皮を撫でてとおねだりする。

 当初フリッツを捕らえようと構えていた若手などは、子猫の前に緊張して剣を落とした。

 剥がそうとする両手が震えている。


 元々騎士の飼い猫だった猫騎士たちも、主人によじ登ってたくさん甘える。


「仕事中なんだよ、ちょっ」

「可愛いでちゅねーでもちょっと離れてねー」

「ミックちゃん、お願いだ! こんな時にデレないでくれ! ときめいてしまう!」


 最後のは騎士団長の声だ。




『アレン、よく頑張りましたね』

「カラバ……」


 王様のところに、カラバがすり寄る。

 言葉は通じていないはずだ。だが王は大事な黒猫を抱き上げ、ありがとうと言った。



 

 アルブレヒトの足元には、灰色猫がいた。


「ラブリー。戻ってきてくれたか」

「にゃあ」

「リラに子供が出来たんだ。お前はお兄ちゃんになるな……一緒に帰ろう」

「にゃあ」


 静かに抱き上げられ、フリーマンはじっと目を閉じていた。






 そして私の前には。


「チサ……」


 フリッツが立っていた。

 少しズボンの裾が汚れ、髪がボサボサになったけれど。

 彼の男前を損なうことは一切なかった。


「フリッツさん。この服の血、本当に汚れただけなの。気にしないで」

「分かった」

「デートに遅れてごめんなさい。そして昨日の服でごめんなさい」

「全然気にならないよ。可愛い」


 う。猫には散々言ったセリフだが、自分が言われると結構クルな。


 バステトは『正直に告白できる』勇気を与えたと言った。

 だから、これから彼が言うのはいつもの誤魔化しじゃない。正真正銘の言葉だ。


 フリッツは私を熱く見つめる。

 やがて、私の足元に膝を折り、頭を垂れた。

 え? 土下座?


 彼はそのまま私の靴先に、キスをしたのだ。


「付き合ってください」




 色々間違っている。

 それは告白ではなく、服従のキスだ。




 背中を丸めたままの彼から、周りの女性陣がさーっと波のように引いていくのが分かる。

 所長が頭を抱えて座り込む。

 サマランチが腹を抱えて、ドラと一緒に笑い出す。


 ミミィは彼を「デカ犬」と呼んだ。

 ケルベロスは彼を「飼ってやれ」と言った。

 バステトは彼を「迷い犬」と語り掛けた。




 そうか、これは犬だ。

 頭の悪い、寂しい犬だ。




 ようやく彼に対してなぜ「違う」と感じ続けたのか、納得する。

 私は彼を人間として認識できないのだ。


 では飼ってやるのか?

 世界がそう懇願してきても。

 そう簡単に世話してやる義理は、私自身には、ない。


「フリッツさん」

「はい」

「そもそも。私たちは同じ土台にいませんよね」


 その場にいる皆が、ハテナを浮かべているのが分かる。

 ミミィも首を傾げている。


 だが、フリッツには理解が出来たようだ。


「……ああ」

「友達でもありません」

「そうだね」

「まずは、同じ土台に上がってください。話はそれからです」


 私は自他をはっきりと区別する。


 猫も犬も愛している。

 しかし、将来の男女関係という視点で考えれば。

 私は人間としか付き合うつもりはない。


 そして人間ならば、ある程度の常識を同じくもの同士でなければ、話にならない。


 犬のような借りパクなど言語道断。

 そして犬のように、女に価値観の依存をするなんぞさらに言語道断。

 犬のように目の前が見えなくなるなど話にならない。


 私は彼にもう一歩、人間として自立してもらいたい。

 話はそれからだ。


「改めて、フリッツ・ルードさん。

 私に可愛がられたいだけであるならば。耳としっぽを生やしてきてください。 

 でももしも。人間としての対等な付き合いを求めているのなら。

 人間になってから、出直してきてください」


 彼は少し呆然としたようだった。

 だがすぐに我に返ると真剣な顔をして「そうだね。分かった」と立ち上がる。


 そしてもう一回、私の顔を見つめたのだ。


「君の事を好きになれて良かった」

「私もフリッツさんが頑張ってくれたのはとても嬉しかったです。ありがとうございました」

「次こそは、ちゃんとチサに人間の男として認めてもらえるようになるから」

「み!?」

「……だから待っててとか。そういうのはなしですから」


 私は忙しい。

 他人にどう中傷されようが、どう良いように扱われようが、自分の人生を生きるのに忙しいのだ。


 押し付けられる、悪意も好意もまっぴらだ。


「うん、分かってるよ」


 フリッツが苦笑する。

 そしてじゃあと言って、踵を返した。


 後ろ姿にミミィがシャーっと警戒する。

 ちゃんと見送ろうねと、手のひらでミミィの顔を塞ぐ。




 去っていく、元・借りパク勇者。

 フリッツ・ルードという男の背中だった。


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