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ケット・シーと自由猫(3)

 私たちが立っている場所は、自国と魔国の境界の山。

 リンクスの縄張りだ。

 山の斜面の洞窟に、リンクスの保護猫たちがいるという。


「にゃー」


 リンクスが洞窟に向かって、帰ったよと鳴くと。

 「にゃー」「にゃあ」「にゃ」「にー」「にゃん」「に」

 とたくさんの山猫の鳴き声が響いてきた。


 なにこのときめき。

 

 やがて一匹、リンクスによく似た模様の山猫がひょこっと顔を出す。

 リンクスと毛皮をこすりあわせてご挨拶だ。


 魔国は普通の猫よりも山猫の方が生育数が多い。

 多くの山猫の中で、一部の猫が化けオオヤマネコに変化するのだ。

 人間の国では猫が多く、一定数ケット・シーが存在するのと似たようなものだ。

 ミミィの所では同じく猫が多く、たまにネコマタが混じっているそうな。


 わらわらと私の周りに集まってくる小さめの山猫たちの殆どは、好奇心で目が輝いている。

 普通の山猫は警戒心が強いはずなのに、まだ子供だからだろうか。

 それともリンクスの遠い親戚だからだろうか。


 「にゃ?」「に?」「にゃあ」「にー?」と聞いて来る。

 この人間だれ? だれ? いい匂いする。登ってもいい?

 私の顔はでれでれに溶けた。


「みー……」

「は」


 胸元のミミィの前足。

 ちっちゃい爪が服に刺さっている。

 チサ……としか言わないが、分かる。

 その目は「浮気者」と私を責めている!


 必死に言い訳を考えていたところに、リンクスが走ってくる。


「にゃ!」

「え、山猫のリンタローがいないって? 赤と灰色の猫が連れて行った?」

『灰色の猫! 恐らくフリーマンです!』


 リンタローはこの辺りの山に住む山猫で、山猫兄弟の兄だ。

 山の主である化けオオヤマネコのリンクスは時折面倒を見ていたが、何せ兄弟が多かった(百匹)ので、長男のリンタローには色々と世話をお願いしていたらしい。

 思えば「お兄ちゃんなんだから」と我慢を強いることが多かったと言う。


『多分、家出のようなものでしょうね』

「にゃあ……」「にゃん……」「に……」「にゃー……」


 カラバの言葉に、山猫たちがシュンとなる。

 僕たちがワガママだったから、お兄ちゃんがとうとう嫌になっちゃったんだ。


 特にリンクスは「にゃあ……」落ち込んでいた。

 自分がもっとリンタローの気持ちに添っていればと。


 ふさふさのしっぽが、みんな萎びたようになっていた。


「みぃ!」


 ミミィが落ち込んでいる場合じゃいよ! 早くケット・シーの国に行かなくちゃと言う。


「そうだよ、もう連れていかれたところに行かないと! 

 どんなプロパガンダを刷り込まれているか分からないから!」

「へえ、どこに行こうってんだい。脱獄者さんよう」


 ミミィが足元を白く輝かせ始めると、突然声を掛けられた。 


 次の瞬間、またもや顔を横をナタが横切る。

 ギギギと見ると、外れたナタは洞窟の岩にガツリと刺さっていた。


 「みぃ!」とミミィが反らしてくれなければ、脳天勝ち割りルートだった。



 

「アリーに聞いていたけど、本当にパッとしない女だね。あたしが来たからには年貢を納めてもらうからね」


 そこに立っていたのは、二メートルのナイスバディの迫力美女。

 日に焼けた鍛え抜かれた身体に、胸なのか大胸筋なのか分からないところに革の胸当てをしていた。

 背中には普通の人には扱えないサイズの大剣。

 眼光鋭く、私を見据えていた。






「あたしは戦士シャラポワ。これ以上の説明は要らないね。とっとと屍を晒してもらおうか」

 

 大剣を引き抜き、臨戦態勢を取る。


 確か。【勇者道中膝栗毛】に出ていた戦士の村の女戦士だ。

 フリッツに負けて再戦願いという名の求婚をしたが、見事に逃げられたという。

 旅では魔族との戦いの都度、手伝いをしてくれたらしい。

 のらりくらりのフリッツに相当煮詰まっていたとも。


 そして現時点。煮詰まりの行先は、私に向かっている。

 なんという理不尽。


「誤解があります! まずは話し合いましょう! 

 せめてその武器は仕舞ってください!」

「問答無用!」


 本当に言葉通りに襲い掛かってきた!


 シャラポワが大剣を振るうと、風が切れる音がする。

 ギリギリ交わすと、当たった地面が見事にえぐれた。

 

「やるね! アリーが言った通り、手ごわいダヌキだね! 

 『フリッツを操って世界征服を考えている』って話も嘘じゃなさそうだ!」

「み!!」 


 腹に抱えた一物ごと叩き切ってやるよ!

 大剣が再びうなりをあげる。

 地面に下りたミミィが、かろうじて剣先を反らしてくれた。


 リンクスも参戦して、シャラポワを異空間おとしあなに落とそうとするが、流石に対魔法慣れしている戦士には通じながった。


「厄介な召喚獣まで持っているようじゃないか! 

 『怪獣すら呼び出す女』って噂も嘘じゃなさそうだね!」

「なんでそんなすごい噂になっているんですかー!」


 私の叫びに、カラバが突っ込む。


『女性の皆様は、こと恋愛に関しましては、本当に信じたいことしか信じないことがございますからね』

「カラバさん、そんな解説要らないからー!」


 なんて恐ろしい狂戦士バーサーカー

 勇者とは、どこまで女を狂わせるものなんだ。

 

 恐怖に慄いていると、カラバが戦うミミィに向かって提案した。


『猫神様! ここはもう、彼女も連れてケット・シーの国に向かいましょう。

 着いてしまえば何とでもできます』

「み!」


 分かった、とミミィが地面を広く輝かせ、全員をミミィの草原に引き込んだ。

 世界が一気にのどかな青空に変わる。


「なんだいここは!?」

「みー!」

 

 ミミィがさらに四肢に力を込めて、出口を作り始めた。

 ここを一気にケット・シーの国に繋げる気だ。


 空間が一閃し、空にもう一つの空が見える。 


『早く移動しますよ!』

「にゃ!」

「逃げんじゃないよ!」


 カラバの先導に、大剣を振り回す危険人物から必死に逃げる。

 怖い。怖すぎるよ女の嫉妬!


 カラバとリンクスが向こうに飛び込む。

 あとは私とミミィだ。


 ふと振り返ると白い塊がふらふらと揺れ、倒れた。

 ミミィが倒れた。


 頭が真っ白になる。 






『チサ姫様!?』

「にゃ!?」

「やる気になったか! よし、真っ二つにしてやるよ!」

「うるさい!」


 私は反転して走り出し、襲い掛かるシャラポワの脇をすり抜けた。


 そして白いちっちゃな塊に、滑り込むように駆け寄った。

 動かない小さな子猫を、そっと抱き上げる。

 体の体温が少し下がっていた。「み……」と口を開けようとするが、ふるふる震えてちゃんと開けない。


 これは魔力の枯渇状態だ!

 過去に祖父が何回かやらかしたことがある。 


 以前サマランチにミミィには莫大な魔力があると聞いたことがあった。

 限界について本人に確認しようとしたが、昔はこれくらい出来たと言うだけだった。本人のプライドもあったのだろう。

 しかし、今は子猫なのだ。

 成猫だった時よりもずっと魔力保持量が少ないのは当たり前ではないか!


 なんということだ。

 私はパートナーとして失格だ。




 ミミィを胸に抱き愕然とする私に、シャラポワが戸惑いながら聞いてくる。


「もしかして、猫やばいのか?」

「私がミミィに頼りきりだったから! ミミィが無理をしたんだ!」

「お、おう?」

「ミミィ、ごめんねごめんね」

「猫、死んじまったのか?」

「死ぬわけないじゃない! ふざけないで!」

「あ、いやすまん」

「ミミィ、ごめんねごめんね」 


 草まみれの私が子猫を抱く。

 涙を浮かべながら、謝罪して逆切れする。


 シャラポワはその様子にすっかり興が削がれたようだ。

 大剣を革の肩あてに掛け、困った顔で私を見ている。


『チサ姫様、猫神様の世界が崩れかけています! そこを脱出してください!』


 遠くカラバの声が聞こえる。


 草原の端や、奥に見える山脈が消えかけていた。足元のたんぽぽもぼやけ始める。

 シャラポワは異常を察知し、私に事態を確認すると、ミミィごと抱きあげて走り出した。


「え? は? へ?」

「どうやら、聞いていたような女とは違うようだしな!」


 とっとと脱出するよ! と力任せに出口に放り込まれた。

 最後にシャラポワが出口から出ると、ミミィの世界が消えていった。


 草原が、空が、雲が、祠が、消えていく。

 ミミィの思い出が、消えていく。



 

 ちっちゃな白い塊が冷たくなっていく。


 私は必死に召喚術初心者教本の、魔力の移譲の項目を思い出した。

 仕事の片手間で勉強した、魔力の移譲。

 魔力の移動を初心者で間違いなく行うには、魔法陣がいる。

 初めてやるので、魔法陣を書く手が震える。


 中級教本までマスターしていれば、触るだけでも移譲できたのに!

 自分の中途半端な志を恥る。


 シャラポワたちも、ハラハラしながら見守ってくれていた。

 

 時間は掛かったが、なんとか成功した。

 ミミィの体温と呼吸が戻る。

 涙を流して私の小さいな猫の騎士に頬ずりした。


 もっとちゃんと召喚術を勉強しよう。 私は心に決めたのだ。

 ミミィとともにいるために。






 私の落ち着いた様子に、改めて黒ケット・シーのカラバが臙脂の帽子を取って礼を取る。

 

『ようこそ皆さま、ケット・シーの国へ。ここは猫の楽園。

 そして、猫の悲しみの地となりかけている場所でございます』


 見たことがないほど青い空。そして青い海と白い海岸線。

 丘陵には誰が建てたかは分からない、木と白い石、赤い屋根の建物が小道に延々に続く。

 

 そして、道行く猫。猫。猫。

 寝ている猫、元気な猫、喧嘩をしている猫。二本足で挨拶をしあっている猫。

 成猫、子猫、デブ猫、やせ猫。山猫はもちろん、客人として豹や虎、ライオンたちの姿も見える。

 白・茶・黒・三毛・トラ・キジトラ・灰・縞・赤・まだら。


 見渡す限りの猫。

 

 確かに、ここは猫の楽園だった。



 

 「み」と、私の頬に肉球が押し付けられる。

 シャラポワが、気の毒そうな何かを見る表情で私を見ている。

 カラバが『ハンカチを貸しましょうか』と言ってくる。涙はもう乾いたのに何を言っているのかな。




 楽園は、ここにあった。

    

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