ケット・シーと自由猫(2)
まず出てきたのは、レムの事務所の机の引き出しだった。
執事のような恰好をした戦士たちが、書類を書いたり、営業戦略を立てたり。
優雅に執務ソファに座るレム。
夢魔の姿のままの足元に、戦士が侍ってお茶を差し出していた。
リンクスにじゃれつかれて、レムが気が付く。
はんなりと首を傾げた。
「あらチサさん、おはようございます。ずいぶん変わったところに住んでおられたのね」
「いえ、それはさすがに無理です……」
「み!」
『頼みます、チサ姫。レム殿に事情をお伝えください』
「あら、チサさんのところのミミィさんと、見慣れない長靴のケット・シーさん。リンクスがお友達を連れてきたのかしら」
「にゃーん」
そうですよ! と鳴くリンクスの代わりに、私が実情を説明する。
レムもケット・シーの王国の政情ついては良く知っていたらしく、なるほどねと理解してくれた。
サラサラと、紹介状をしたためてくれる。
「私から魔国の方に連絡を付けさせていただきますね。リンクスも仲間が心配でしょうし」
「ありがとうございます!」
「いつかケット・シーの国にも支店を出したいと思っておりましたし、いい機会です。
向こうでたくさん知己を作ってくださいな」
情報収取担当の戦士に確認し、メモを数枚受け取る。
流石は実業家。なんでもチャンスに変えようとする気概がすごい。
レムはメモから顔を上げると、微妙な顔をしていた。
「チサさん。牢屋から抜け出すは宜しいですけど、その後誰かと連絡を取りました?」
「私を牢に入れた後の外の様子は、どうも分からなくて……。サマランチさんは慌てていました」
「ダメじゃありませんか。情報こそが商機、いえ勝機を掴むのですよ。
私でしたら、このまま脱走して勇者に泣きつかれたくなければと国の関係者を脅し、王都五番街の店舗営業権をいただきますけど」
まあ貴女には無理でしょうねと評し、レムは続ける。
「予想では、周囲はフリッツを誤魔化すことに掛かりきりでしょう」
フリッツの?
国の用事なんだから、サマランチあたりに伝言を頼んで終わりじゃないのか?
私の考えにレムが呆れる。
「まあ呆れた。貴女は世界公認の元勇者の安定剤なのですよ。
もしも王女のワガママで貴方が閉じ込められたなんて知ったら……彼は暴れますね」
「安定剤ってなんですか。それに暴れるって……」
「被害を受けるのも困りますし、出て行かれるのも困るでしょうね。
彼を保持しているだけでも、この国は結構な抑止力になっていますから」
「保持ってモノじゃないんですから」
「……ずっとモノ扱いだったから。皆後ろめたくて。腫れ物に触るような対応しかできないのよ」
レムの顔に影が差す。
彼女は、最前線で戦わされた男の成長を知っている女性。
敵でありながら、彼に心惹かれた女性。
女史も、似たような影を持っていた。
しかし一方で、フリッツに寄り添い続けるサっちゃんの姿を思い出す。
「正直思うんですけど。
フリッツを好きだという皆さん、そもそも煮詰まり過ぎですよ。
なんで直接、男に結論を求めて行動しないんですか?
アリーさんなんてせっかく盗賊なんだから、めげずに奪い取ればいいのに」
奴はそんなに諦めきれないような魔性の男なのか?
そこからがまず疑問なのだが。
サっちゃんを見ろよと言いたい。
どんなに適当に扱われても喜んで一緒にいて、とうとう名前までゲットしたぞ。
本気で何も返されなくてもいいと、行動する子は強い。
結局尽くした分を、本心では返してほしいと思っているから身動きが取れないのか?
肝心の男ではなく、女の横の繋がりで雁字搦めだから身動きが取れないのか?
どっちにせよ。
八つ当たり被害者の身にもなってくれ。
「……チサさんって本当にフリッツが魅力的に見えないのね。
反省もしているようだし、借りパクも辞めるといったのでしょう?
実はそっちの趣味なの?」
レムが私の足元のミミィを見る。
ミミィが騎士のように立ち、ふふんとちっちゃい胸を張る。
「やめてください。私の恋愛対象は人間です」
「み!?」
「あんなにケモノ狂いなのに……」
「ミミィたちは生涯愛すべき対象です。ですが、それとこれとは違います」
「ならば【女】として、フリッツが完全に対象外なんてあり得ないわ」
レムは断言する。
確かに奴は【男】として、とても魅力的であるのは分かる。
男性的な筋肉や顔の造作は素敵だと思うし、仕事を出来るに越したことはない。
なんだかんだ友人も多いし、真面目で約束は守る。
詳細は知らないが抱えた心の傷だって、母性を刺激することすらある。
だが私は、彼を「違う」と思う。
その理由をレムたちに伝えようとしても。
今は理解をしてくれないだろう。
私もまだ、上手く言葉にできないのだ。
静かに首を振る私を、レムは複雑な顔で見つめていた。
「チサさん、デートは何時の予定でした?」
「十四時過ぎですけれど。午後の動物園に行ってお茶をする予定でした」
レムは高価そうなアンティークの時計を見る。現在朝の九時。
「まあカイネミアに臨時依頼が来たと聞いておりますし、しばらくは大丈夫でしょう」
「カイネさんが?」
「全く頼りにならない性格ですけどね。あれでいて戦闘力だけは軍最強でしたから」
知らなかった。そこまで強かったんだ。
花に優しく声を掛けるデュラハンの姿が思い浮かぶ。
そして紹介状をポケットに入れて準備が出来ると、レムにお礼を言った。
「み!」とミミィが早くと急かす。足元に新しく白い光が輝き出す。
三匹の猫と、私の足元が沈む。
美しい夢魔はヒラヒラと手を振った。
「使えるフリーターは好きですけど、無責任な自由人は嫌いなの。
だからフリーマンちゃんに負けないように、頑張ってね」
「ありがとうございます!」
「あとチサさん。私が言うのもなんですけどね。
フリッツを振る予定でしたら、殺すつもりでやった方がいいですよ」
「へ?」
「知っています? 初恋って発症が遅れれば遅れるほど、拗らせるんですって。
うっかり逆切れされなければ、いいですね」
はんなり嫋やかに微笑むレム。
嫌がらせだ!
最後に嫌がらせを言いやがった!
彼女もフリッツを好きだった女性の一人だったと実感し、次の場所に向かったのだ。
途中、住んでいる町の様子を見た。
「リリーちゃーん!」「マル!」「チョコちゃーん」「ミンミちゃんどこお」と、飼い猫が消える瞬間に遭遇してしまった飼い主たちが、慌てて探している。
まだ失踪に気が付いていない家も、何事かと外を見ているが不安は隠せない。
ノラ猫の広場で愛されていたノラたちも、チラホラとしか散見しない。
失踪猫の割合を聞くと。
猫、ケットシー、山猫、化けオオヤマネコが多いようだ。
獣人はより猫分が多い方が一人居なくなったとか。
玄関で家の猫が消えたと、泣いている女の子がいた。
その幼い涙が、私と三匹の心に迫る。
『フリーマンを早く説得しなければ……』
「み!」
「にゃ!」
ますます許さんぞ、ドラめ!
魔国の前に、猫系と言えば……。
私たちは、侯爵家の化粧台の引き出しから顔を出した。
たしーん、と響くしっぽの音。割れる皿の音。
「ひどいわ! 旦那様は私のことを好きではないのですね!」
「そんなことは言っていない! ただ、俺はちょっとやり過ぎだなとな……」
アルブレヒトとリラ様の夫妻は、修羅場真っ最中だった。
「あの……」
「チサさん! いいところに!」
「チサ殿!? 確か牢と騎士団長から聞いていたが……そもそもどこから来たんだ!?」
アルブレヒトの発言の方が現状正しいのだが、私は親友の話を聞くことを優先した。
猫三匹が彼女の旦那を囲んで動きを封じ込める。
く、なんと素晴らしい光景よ。
猫と言えども、獣人系にはあまりフリーマンの影響がないようだ。
「チサさん、聞いてください」
リラ様がハンカチで涙を拭きながら訴える。
彼女はつい最近、ケット・シーを拾ったらしい。
マタイサ領の傷だらけで倒れていたところを救い、介抱したのだとか。
そしてその子にはラブリーちゃんと名付けて(オスだったためにそこでも旦那と揉めた)飼うことにしたそうだ。
だが、次第に問題が浮上した。
「先住猫問題」である。
これは新しい猫を連れてくると、前に飼っていた猫がストレスと愛情不足で心身に様々な異常をきたすというものだ。
黒豹の獣人ではあるが猫要素が少ないアルブレヒトは、大人として見守っているつもりだった。
だけどリラ様はラブリーちゃんばかりを可愛がる。いい年の男でも面白くない。
しまいに寝室にも入れるとリラ様が言い出し、大喧嘩になったそうだ。
結果、アルブレヒトは心因性の蕁麻疹を発症する。尻尾の毛が抜けたとか。
尻尾の惨状を見たリラ様は、ようやくこれは先住猫問題(旦那は夫婦問題だと主張)だと気が付き、ラブリーちゃんに専用の部屋を用意した。
だがその矢先に、ラブリーちゃんは失踪したのだ。
リラ様は侯爵家の騎士や使用人を全て使って大捜査網を組織した。全世界に『うちのケット・シー知りませんか』というチラシも何万枚も刷った。
そしてもっと協力できる人を探す。その一つが、領民への猫探しバイトの募集だ。
さすがにケット・シー探しに領民を動員するのは領主一族としてどうなんだと、アルブレヒトが指摘して夫婦で揉めている最中なのだとか。
え? 侯爵様?
彼は娘の重度の猫好きを良く知っているので、全ては婿に任せるそうな。
まあ、逃げたわけだ。
話しきって落ち着いたリラ様のところに、アルブレヒトが歩いてくる。
私の説明と、そしてカラバ(私の通訳付き)の説明を聞く二人。
夫婦はようやく事態の深刻さを理解した。
「ラブリーちゃんは連れていかれてしまったのね」
「獣人の仲間も巻き込まれたとなると、対策を急ぐ必要があるな」
アルブレヒトはすぐに、世界獣人生活扶助協会に連絡を取る。
人権協会ではない。その枠で協会作ると、権利を盾にしたゆすり・たかりが発生しやすいからだ。
私たちがフリーマンを追うことを知ると、夫婦は貴族派閥の方でも協力者を集めてくれることになった。
王政を支える貴族たちは、この国では結構な力がある。
リラ様は特にやる気だ。
特に第一王女と王妃様なら任せてほしいという。
「シリカ様もそのうち落ち着きますわ。それに投獄の件も脱獄の件も、一部の人しか知りませんし。
チサさんが不利ににならないよう、私はお友達の輪を使います」
貴族の女性の中でも猫好きは結構いる。
そこを上手くリラ様は利用しているらしい。実は出来る貴族、リラ様。
助かった。
ミミィたちに啖呵を切った手前言えないが。正直、まだ死刑にはなりたくない。
「にゃ!」
リンクスが早く魔国の仲間の様子が知りたいと鳴いた。
ミミィは急いで空間を開ける。
リラ様からは『うちのケット・シー知りませんか』を預かった。
そこに描かれていたのは、ブルーの掛かった灰色の毛皮。そして金色の目が特徴のケット・シー。
少し寂しそうな目をした猫だった。




