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借りパク?勇者と呪いの菓子折り

「はい。これ返すよチサ」


 終業間際の私の手の中に、返されたハサミ。

 王立人材斡旋所。

 まちちらほら人の残っている所内は、ざわりした。


 手の中にはピンクのハサミ。

 しゃきしゃき刃を動かしても、血糊も肉片も、何か変なものを切った様子もない。

 思わず目を見開いて、ハサミと奴の顔を相互に見比べた。

 

「借りてダメにしたやつも、ちゃんと新品にして返すから」


 こいつは本当にフリッツか?

 謝罪を続ける奴の顔は、どう見ても本物に見える。


 そして、サっちゃん(ピンクスライムの名前だそうだ)を肩に乗せ、照れながら言ったのだ。


「だからさ。明日の休日、デートしてくれないか」


 





 家に帰っても私は悩んでいた。

 なぜあの時に、了解をしてしまったのかと。


 借りていた物を返すことと、「だからさ」の間に、なんら関連はない。

 だがあの時。今までのやつの所行の積み重ねが、「だからさ」に訳の分からない説得力を与えたのだ。

 嫌な積み重ねだ。


 いくら疑っても、奴は多分、私に気があるのだろう。

 祖母への告白も、嘘で言うことではない。

 私に直接告白しないのも、かろうじて「照れ」の範囲として捉えることもできないこともない。腹立たしいが。

  

 ただなあ。

 今までの奴関連の被害(借りパク、女の逆恨み)の恨みは晴れていない。

 それに借りパクをしていた人間の、だらしなさは嫌いだ。

 奴とはまだ、行動における信頼関係がマイナスだ。


 そして、ピンクのフリルのブラジャーの犯人が見つかっていない現在。

 まだ奴への疑いを晴らしたわけではない。

 最近ピンク色が濃くなった、スライムのサっちゃんが見ていないところで実は……ということもあり得るからだ。




 明日、彼に告白されたら。多分私は断るだろう。




 ハイスペック男を振って後悔する?

 別に、女の人生が男の肩書き一つで決まる訳じゃあるまいし。 


 自分を好きだという男を振って後悔する?

 じゃあなんだ。男も女も告白してくれた相手全員と結婚するんかい。

 

 カウカウの件を感謝している人間の態度じゃない?

 感謝はものすごくしている。代わりに内臓を寄越せと言われたら、痛くなければ応じよう。

 でもそれとこれとは別だ。


 



 ユーランは、私の態度を「少し拘りすぎかしら」と評した。

 男の人に女性を尊重する意思があるなら、努力を最大限に認めて、さっさと過去は無かったことにしてあげればいいのにとも。


 周りでは、私が頑固でこじらせているという噂を聞く。


 私がいけないのか? 

 ただ男を許す女が、良い女なのか?

 「都合の」良い女の間違いじゃないのか?




 仕事を頑張って、友人や家族を大切にして、ケット・シーを可愛がる。

 そしていつか、この人ならと思えた人と一緒にいる。

 いないなら、それはそれでいい。

 愛に溢れる人生に変わりはない。


 でも、それだけでは【女】としてだめだなんて。誰がそんな法律作ったんだ。


 この国は、世間は、ほんとに窮屈だ。




 



 ミミィが瓶詰めのアンズを狙っても、ベッドの下からリンクスがミミィを遊びに誘いに来ていても、ベランダを勝手に開けてドラが二匹にろくでもない誘いをしに来ていても、それらは意識の外だった。


「みぃ」

「アンズが欲しいの? いいよ」

「みゃあ」

「たくさん欲しいの? 瓶は三つしかないけど全部食べて良いよ。お腹壊さないでね」

「み!」

「猫の集会で欲しいんだ。ケット・シーたちにはあげてもいいけど、普通の猫ちゃんにはあげちゃだめだからね。それならそこのチキンの瓶詰も持って行って」

「み~」

「にゃー」

「うな」

 

ちりんちりん。


「は」

 

 呼び鈴に意識が呼び出される。ふと後ろを振り向くが、みんないなくなった後だった。

 ベランダのドアが開けっ放しだ。ドラだな。


 あいつはドラ猫になってからも、何かを企んでいる。

 「世の女性のため」と言いながら夜な夜な行動し、うちのミミィやレムさんちのリンクスにも何やら悪知恵を授けているようだ。

 要注意だ。






 玄関の呼び鈴に慌てて向かう。

 ドアを開けると、顔の横を投げナイフが過ぎ去る。

 カツッと台所に刺さる音がした。


 目の前にはごついナイフを持った美少女。

 ショートのオレンジの髪。猫のように大きくつり上がった瞳。

 四肢はカモシカのようにしなやかで、ショートパンツからのぞく足が眩しい。


「あんたがフリッツに職場で絡んでいる女ってやつ?」

「いいえ、大いなる誤解です。私は無実です」

「信じるわけがないじゃない」


 だったら聞かないでくれ。

 私の突っ込みはスルーして、美少女は自己紹介をした。


「私は勇者フリッツの仲間だった、美少女盗賊のアリーよ。この国の人なら【大英雄】くらいは読んだでしょう?」


 いいえ。

 所長が「あんなに想像力が逞しくて美々しく盛りすぎな本は、読むだけで頭痛がする」と言っていたので読んでいません。


 盗賊アリーは【勇者道中膝栗毛】にも出ていた。

 確か、ダンジョン専門のコソ泥だったはず。そしてフリッツに惚れて、いつの間にか仲間になっていたという女の子だ。


「フリッツが私にこれを返してきたの」


 アリーの手元には、以前フリッツの机の上にあった、うねうねの触手鉢だ。


「ダンジョンで見つけた人喰触手、テンタクル君よ」


 ちょっとあいつに文句を言いたい。

 脳内で奴の顔にバツをつけて思い出していると、アリーがいらいらと私を睨む。


「これを渡した時に、フリッツは私にひどいことをしたの」


 今まで借りっぱなしで本当にごめん。本気で忘れていたんだ。これでも食べて。そして告白の返事だけど、「ごめん」。君に惚れているわけじゃないんだ。じゃ、これで。


「そして、私に王都製菓の菓子折りをくれたのよ! 悔しい!」


 王都製菓。

 菓子の材料と菓子箱のデザインだけは立派だという、ザ・贈答用のお菓子の老舗。

 ピンクの小さい花が散りばめられた代表的な箱は、角で釘が叩けるというくらい堅い。世間ではそれだけ手堅い土産と験を担がれている。

 だから、実家でも祖母は貴重品を入れる箱として、暖炉に飾っていた。


 王都とかいのお菓子は、中身あじはともかく、見た目も値段も素晴らしい。

 以前王女にやらかした、乙女小説のような断り文句よりは、誠実ではあるな。


 そう感心していると、アリーが何よその顔はと、さらに怒った。


「治療師のララも、妖術師のマリエも、戦士のシャラポワも、聖女のエリカも、村人のリューラも、鍛冶屋のブロッサムも、宿屋のリチェも、公女のアリエンヌも、ダンジョンマスターのキルオブザデッドも、他の子も、みんなみんな、王都製菓の菓子折りを貰ったのよ!」

「……女性間で、差を付けないようにですかね……」

「そういう問題じゃないわ!」


 キーっと激高するアリーは、私を指さして言う。


「それもこれも、みんなあんたの入れ知恵でしょう!?」

「ええ!? ひどい誤解です! 本当に勘弁してください!」


 私は後日、これが所長の入れ知恵で、かつフリッツの曲解したものであると知る。

 だが、その時はまだ知らなかった。


 だから違うと否定する度に、事態はずっと悪くなる。

 フリッツを取り巻く女性陣の怒りは、既にどうしようもないところへ向かっていた。


「アリー、みっともなくてよ」

「副所長」

「エヴァ!」


 コツコツ、と高いヒールを軽やかに歩いてくるエヴァ女史。

 シースルー素材のブラウスが、細いタンクトップで覆われただけの胸元を素晴らしく見せていた。

 スリットの入ったロングスカートから見える太股の張りも、また素晴らしい。


 アリーは喜色を浮かべて、女史に告げる。


「こいつの殺害は私に任せて! 惨たらしくってあげる!」

「だから無実ですから! 殺るなら奴をってください!」


 私は必死に勘弁してくれと叫ぶ。

 エヴァ女史は穏やかそうな笑顔を湛えて、私たちを見た。


「アリー。別にチサ・ドルテを殺す必要なんてなくてよ」

「エヴァなんで!?」

「副所長! 分かってくださいますか!?」


 女史はハンドバックから、一枚の書状を取り出した。


「第二王女がチサ・ドルテによって危害を加えられたという逮捕状が出ているわ。

 よって騎士団の代わりに私が彼女を捕らえます」

「へ?」

「シリカ様は、心身ともにいたく傷ついておいでよ。菓子缶の角に、頭をぶつけて寝込んでいるんですって」

「王女様可哀想!」

「それって、失恋してヤケを起こしただけでは……」


 私の突っ込みは完全にスルーされ、足元には魔法陣が形成される。うそ。


「国家的犯罪の容疑者ですもの。牢屋に直行していただきますわ」

「えええええ!?」


 デートの前日。

 やつが借りパクを清算しようとしたことで始まった騒動。




 私の人生における、フリッツによる最悪の被害が、始まったのだ。


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