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借りパク勇者 VS クレーマー

 ある日、王立人材斡旋所で騒動が起きた。


 元傭兵団の三人が、新しい仕事が割に合わないとクレームをつけに来たのだ。


 運が悪く、今日は窓口業務の癒系美少女あらごとたんとう超絶美幼女ぼくさつたんとうがお休みだった。




 あまり評判の良くない傭兵団で、かつ下っ端だったという連中は、私たちを威嚇するための格好をしていた。

 わざとトゲのついた肩当てをつけ、筋肉を見せつけるような革パンツにチェーンをジャラジャラさせていている。

 どう見てもただのごろつきだ。


 代わりの業務の子が怖がってしまい、連中は調子に乗っているようだ。


「だからあ、オレたちに合う仕事を紹介しろって言ってるの」

「こんなしけた給料で、三交代勤務なんてやってられねえっつの」

「え、でも、皆さまの要望に合わせた、ちゃんとした商会の警備のお仕事ですよ」


 真面目だけど気弱なシープ嬢に、男たちは嗜虐心を煽られている。

 誰よ、あの子を代わりに行かせたやつは!

 自分の上司を見ると、心配そうに、ただおろおろしていた。

 使えねえ!


「オレたち、一時期はこの三倍の給料で、命懸けて仕事していたわけよ」

「雇いたいって人間は、その十倍はくれても良いわけ。

 わかるか? 誠意ってもんがねえんだよ」

「あの、あの、」


 これ以上は見ていられない! 

 畑違いだが、ならば自分がと机から身を乗り出す。

 すると、隣からすっと手で止められた。

 フリッツだ。


 受付までフリッツが歩く。

 ガタイの良い男がやってきたことで、男たちは一瞬警戒した。

 しかし黒いズボンに白いシャツ、突っかけサンダル。

 両腕に花柄の腕カバーをつけた、いかにも事務員といった姿に気を抜いたようだ。

 すぐに上から目線に戻った。


 フリッツはシープ嬢の代わりに受付に座り、受付のテーブルに広がった書類を確認する。


「シャイル、エガー、ドウム。貴方方の報告書が届いています。

 【・エンヴィー傭兵団出身で、終戦後に傭兵団解体につき求職活動。

  ・人材斡旋所でケンジッツ商会様に腕利きの護衛をと紹介される。

  ・しかし仕事を殆どしない上に昼間から酒を飲み歩く。

  ・しまいには夜の店でトラブルを起こし解雇される。

  ・その際に雇い主を脅して、精神的苦痛に対する慰謝料を要求した】

 で、よろしいですか」


 クレーマーたちは、その内容にふんと鼻息を荒くした。


「当然だな。俺たちにふさわしい仕事を用意できないなんて許せなかったからな」

「給料もスズメの涙だしよ」

「俺らの実力はそんなもんじゃねえよ。

 普通なら十倍払って三食昼寝付きで週休4日が当然だぜ?」

「なんてブラックな職場を紹介してくれたんだよ。あ?」

「あいつらから早く慰謝料を手に入れてくれよ」

「お前らもさあ、普通はもっと良いところを紹介してくれるだろ? 普通はよお」


 フリッツは彼らの言い分を全て聞いた。

 そして書類をテーブルに戻して、そのまま両手を組み、クレーマーを静かに見据える。


「あなた方のおっしゃる普通とはなんでしょうか」

「は?」

「だれしも理想の自分というものがあるでしょう。

 こんな騎士になりたいとか、こんな金持ちになりたいとか、こんな女の子にもてたいとか」

「な、なにが言いたいんだよ」


 フリッツの突然の語り出しに、クレーマーたちが動揺する。

 だらしなく垂らしているチェーンがぶつかって鳴る。


 見ている私も動揺した。

 何言い始めるの? この人。


 フリッツは淡々と続ける。


「しかし、世の中は残酷なもので、どんなにがむしゃらに頑張っても理想に近づけるとは限りません。

 むしろ常に目標を軽く超えていく誰かが現れては、心の底から恨む日々が待っているのです」

「はあ」

「そこで私は思うのです。普通というものほど贅沢なものはないのではないかと。

 普通に正社員になれる? ありえない。

 普通に結婚できる? ありえない。

 普通に子供が手に入る? ありえない。

 普通に三食昼寝付きの身の上になれる? ありえない。

 普通に人から嫌われない人間になれる? ありえない。

 普通に金持ちになれる? ありえない。

 普通に世界征服できる? ありえない。

 ————そう、ありえないのですよ」


「おい、大丈夫かこのあんちゃん」

「理想と普通を混同したときに、人は誰かを恨み、自分の不幸を作り出すのです。

 だから……」


 フリッツは言葉を切った。


「紹介された先をクビになった原因は、真面目に仕事をしていない上にその態度だからですよね?

 実力もないようですし、今から頭の悪さを反省して、一昨日来やがってください」


 にこりと微笑み、受付の窓を閉める。

 ガチャリと錠をかけた音に、ようやく我に返ったらしいクレーマーたちは、ふざけんなと窓を叩き始めた。


「静かにしてもらってきますね」


 と言ってフリッツは席を立つ。

 サンダルをつっかけ直して、角のドアから出て行った。




 そして十分後。

 何事もなくフリッツは帰ってきた。

 周りも何事もなかったかのように業務は再開する。

 皆すっかり慣れてしまって、通常運転だ。


 隣の席に座って書類をめくる、仕事だけはできる男に私は言った。


「フリッツさん……」

「ん? 褒めてくれるのかい?」


 にっこりと私に笑いかける。


「その花柄の腕カバー、私のです。返してください」


 別にいいじゃないかとしぶしぶ返された花柄の腕カバーには、血しぶきが点々と付いていた。

 殺す。




 その日は、泣きながら家の洗面所で腕カバーを洗った。

 すると家のビックマグカップの中に丸まって現れたミミィ。

 ふわふわな天使に癒され、なんとか一日を過ごしたのだ。


 ミミィだけだ!

 ケット・シーしか、私の心を助けてくれるものはいないのだ!







 後日、元傭兵の騒ぎは、この一件はなしあいでは終わらなかった。

 魔族との和解により戦争がなくなってしまった余波が、王都での傭兵団の大規模デモという形で現れたのだ。

 しかもその先頭にはフリッツの、彼の勇者時代の仲間が立っていた。

 

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