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ヒモの祖父に、会いに行く(4)

「うなー」


 ぶちゃいく。

 その言葉の魅力を今、目の前のドラ猫が最高に体現している。

 ぶちゃいくな猫はなぜこんなに、人の心臓をワシ掴みにするのだろう。


「みー……」

「はっ」 


 ミミィが私の足先に、前足のちっちゃい爪を引っ掛け、じとっとした目で私を見上げている。

 慌てて抱き上げて頬ずりした。


「ごめんねごめんね。ミミィが一番だよ、誰よりも可愛いよ!」

「みー……」


 まずい。

 完全に拗ねている。

 いつも元気な二本のしっぽがだらんと垂れたままだ。


「ごめんね~!」

「チサ。とりあえずチサの魔力がきっかけで来たんだから、契約してあげたらどうかな」

「無理です! これ以上ミミィに嫌われろっていうんですか!?」

「うん……。いつかはそのケット・シーについて、色々話さなきゃいけないよなとは思っていたんだ」

「じゃあ俺だ!」

「うなー!」


 祖父が元ヴェータラーのドラ猫に近づくと、速攻拒否された。


「なんでだ!」

「うな」

「ここが田舎だからだって。人が多いところでとっとと善行を積みあげてしまいたいって言ってる」


 すっかり見物人と化していたサマランチが、しゃがんでドラ猫を観察する。


「まだあちこちが半透明だな。

 早いところ異空間魔法を使って、余裕のありそうな召喚師を連れてこないとな。

 それにしてもこいつ、なんであんなに女をバカにしていたんだ?」

「うなーおう」


「それは昔、向こうの大神・シヴァに喧嘩で負けて眷属ぶかになり、パワハラ三昧されて暮らしていたからだそうです。

 しかもダーキニーの上司である、シヴァの奥さんがまた怖かったそうで。

 その神的階位格差ヒエラルキーの鬱憤を晴らすために、周りのやつらを卑下していたと言っています。

 女性はたまたま身近だったら、貶めやすかっただけと」


「なんなんだその小物感は。神の世界も世知辛すぎるな……でも少しは共感するわ」

「うな」


 ドラ猫がサマランチの足元に歩いていく。

 じーっと彼を見つめると「うな!」と鳴き、膝から肩に順々に飛び乗った。

 最後に前両足を頭に乗せて、後足を両肩に乗せる。


「うな~!」

「いててて、重いわっ。何を」

「お前でいい、と言っています」

「え!? なんでだよ」

「あーえー。言っていいんですか?」

「言えよ! 早く!」


 躊躇する私に、ドラ猫の体重で首が折れそうなサマランチが促す。

 恐る恐る説明し始めた。


「私の言葉じゃないですよ? 『こやつの世を嫉むせせこましい感情が気に入った。どうせ女にモテないだろうから、お前の豊富な魔力を基盤に今後の活動をしてやろうぞ』と言っています」

「うがー! うっせえ! お前なんてお断りだ、この『ドラ』!」

「うな」

「「あ」」


 今の会話で、契約の光が立ち上がる。

 光の輪の中で、愕然としたサマランチが、私と祖父を見る。


「やばい……よな?」

「はい、契約は成立しましたね」

「俺は賛同していないけど!?」

「『ドラ』さんの力の方が上です。ゆえに一方的な契約となりました。ね、おじいちゃん」

「羨ましい」


 大暴れするサマランチ。 

 だが前足をガシっと肩に引っ掛けたドラは、決して離れようとしない。

 

「気に入られちゃいましたね。良かったですね」

「良かった、じゃない!」

「羨ましい……」

「良かったねサマランチ」

「いい加減にしろこの生物もふもふ狂いども! 

 あとフリッツ、その共感も同情も全く篭っていない台詞を辞めろ!」







 何度振り切ろうとしても、決して取れないドラ猫リュック。


 サマランチが息切れして、地面に両手両膝をついた頃。

 村の人たちは、テーブルに食事を持って戻ってきた。

 くたびれ切ったサマランチをドラ猫ごと宴会に混ぜ、通常通りの会話に戻る。


「いやー面白かったなあ」

「やっぱりトラジローさんの一発召喚芸はこれだから面白いよな」

「酒もう一杯くれ」

「つまみはどこ?」

「あの縦縞カウカウは、しばらくうちの村で繁殖させていいんだって?」

「あの兄ちゃん太っ腹だねえ。あんちゃんの友人なんだって?」

「神様に対価の内臓一個取られて、太っ腹どころか腹が凹んでいるけどなっ」

「いい男だわあ。あ、あんちゃんもイイ男だったよ。骨戻してくれてありがとね」

「酒もう一ビンくれ」

「ところでこの宴会は何が目的だったっけ」

「パイまだ残っている?」

「隣の家にあるから取って来るわ」

「確かチサちゃんが連れてきた~」

「あ、そうよ。チサちゃんが町からいい人連れてきたって。で、若い男の人を……ってあれ?」

「二人いるけど、あんちゃんと向こうの人、どっちだったっけ」


「あ、はい。俺です」


 すぐに手を挙げるフリッツ。


「違います」


 その手をはたき下ろす私。


「「「ああなるほどね」」」

「なるほどって何ですかー!」


 何かまずい方向に流れだしそうな予感がする。

 必死に違うと言い募るが、なぜか上手くいかない。


 祖母がフリッツに声を掛ける。


「ふーん、ところで貴方。お名前とご職業は? 親御さんはどちら?」

「公務員をしています、フリッツ・ルードと申します。お義祖母様。

 養父は王立人材斡旋所で、所長を務めております」


 ものすごく好青年に変身したフリッツが、祖母の前で美しい礼を取る。


 いやだー! 

 おばあちゃんの好感度上がるからやめてー!

 

 私の悲鳴が届いたのか、祖母はじーっと笑顔の奴を見つめる。

 サマランチの時と違い、何も言わない。

 そして、ぽつりと感想を言った。


「貴方……ダメ男の匂いがするわ。そう……うちの旦那と似たような」

「何か言ったかー!?」


 おばあちゃん! 

 伊達にダメ男に、長年振り回されていない!


 後ろで悪口を言われたと直感した誰のクレームが聞こえたが、私は祖母の嗅覚に感動していた。






 奴は少しびっくりした顔をして、そして苦笑を浮かべた。


「あー、やはり分かりますか?」

「自覚はあるのね? ならまだマシね」

 

 祖母はそこに座りなさい、と宴会のテーブルとは別の、庭の小さいテーブルに座らせた。

 なぜか、私も座らせられた。


 ミミィはすっかりご機嫌になり、今はパーカーのお腹の部分で丸まって寝ている。

 必死に猫マッサージした甲斐があった。


 祖母が話を切り出す。


「私があの人が風来坊になっても、別れなかったのには理由があるの」




 ヒモになっても、女が男を見捨てることができない理由。

 それは子供が父を恋しがるからではない。

 

 あくまで自分をや家族を、愛していると分からせてくれるからだ。

 

「あの人は本当に生活力のない人よ。でもいざという時には、命を張って私たちや仲間を守るの」


 村がモンスターの大群に襲われた時も、天変地異の時も、戦火が近付いてきた時も。

 彼は守るもののために戦った。


「女は察する生き物よ。でもね、察するには限界があるわ。

 男はそれを、お母さんなら分かってくれるかのように勘違いする時があるけれど。


 愛していると、大切なのだと、分からせてくれる男が好きなのよ。

 そして女はそんな男を守るの」


 守ってくれる男を、女は死ぬ気で守る。

 手段は違っても、お互いに愛していると分かるなら。


「おばあちゃん……」


 なんであんなに仕事しない人を好きでいられるのか。

 ようやく長年の疑問が氷解する。


 おばあちゃんはふーっと、ようやく言えたとばかりに息を吐く。


「チサを大切にしてくださる様子は家から見させてもらったわ。

 でも、もう少し。私に言葉をくれないかしら」


 透き通った眼差しで、フリッツを見る。

 奴はそこに篭った気持ちを、静かに受け止めた。


「自分は決して愛情深くはない人間です」


 生き残っていく中で、大切な感情をたくさん失いました。

 今でも、分からないものが多くあります。


「でも今俺は、チサさんから世界の愛し方を学んでいます。

 彼女を通じて、自分を取り巻いていたものが、もっと明るく清み通ったものだったのだと、ようやく分かってきたところなんです」 


 きっともっと、世界を愛せるようになります。

 彼女がそばに居てくれれば、もっと世界は美しくなるはずなんです。


「ルードさん……」

「フリッツと呼んでください、お義祖母様」

「私のことはおばあちゃんでいいわ、フリッツさん」

「おばあちゃん……」


 二人が見つめ合い、手を握り合う。








 ————感動する光景のはずだけど。


 おかしい。

 おかしいよ、この光景。

 そこに肝心な私はいるのか?


 そもそも私、告白されたか? 

 「うん」と言ったか?

 

 ————何もないよな?


 テーブルの向こうでは「チサちゃんの明るい未来にバンザーイ「うなー」「キュイー」」

 という声が聞こえてくる。


 ちょっと待ってよ借りパク勇者。

 何、外堀埋めてるんだよ。


 ————なんなの? なんなの、あいつ。


 仕事出来るにもほどがあるけど、肝心な男女の工程表をまるで無視だよ!? 

 告白するなら、おばあちゃんじゃなくて、私でしょう!?

 当人は放置って、どこの子供だよお前は! 





 ぜーぜーぜー…………………ああ、ミミィ。


 お願い起きて! 早く起きて!


 早く私を癒してー!!


次の閑話で二章が終わりです。

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