表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
26/43

ヒモの祖父に、会いに行く(3)

 半透明で、まだ完全に顕現していないヴェータラーは、私に冷たい視線をやった。


『お前か。女が我を呼びだすとは生意気な』

「え!?」

「み!?」

「違う、俺だ!」


 祖父がヴェータラーの前に飛び出る。横にはグリちゃんと小さいモンスターたちが並んだ。

 豪風のような威圧感に前かがみになりかけるが、修羅離れしている。彼らはじっと鬼神を見上げ続けた。


『ふん、なかなか肝の座ったじじいぞな。そして、我を呼び出したのは如何』

「余興でみんなをびっくりさせるような方を、呼んでみたかったのだ」


「おじいちゃん……」

「異界の生物には、嘘をつく方がやばいからな。あっさりと命を取られるぞ」


 ヴェータラーはふははと笑って、見上げたじじいだと褒めた。

 だが、と鬼面の口がにたりと裂ける。


『この世界は、知り合いの女神おんなが、ネロという子供に呼び出されたゆえ知っておるぞ。

 だが、見回してみると戦争はとうに終わっている。つまらぬ』

「ではおやつを食べて帰ってくれんかな」

『否』


 けむくじゃらの前足で地面を叩く。

 すると農地に点在している墓地から、白骨化した死体が次々に飛び出てくる。


『少しくらいは、この世を死で満たして遊んでみたいの』


 確かにやばい邪神のようだ。



 

「ばあちゃんの骨が!」

「かあちゃんの骸骨が!」

「ひいじいちゃんの腰の骨が!」


 最後の人よく分かるなと思いながら、村人を避難させる。

 とにかく実家に、祖母と一緒に移動してもらう。


 祖母は慣れたもので「いつもおじいさんがごめんね~。骨はちゃんと戻しておくから許してね」と謝りながら誘導している。

 村の人たちもマイペースだ。

 「まったくトラジローさんは相変わらずやんちゃだねえ」と、変わらぬ表情でご飯とお酒を持って入っていく。 


 サマランチが骸骨を異空間に落としながら、慌てて私のそばに来た。


「おい、ドルテ。この状況下でなんでそんなに冷静なんだ」

「おじいちゃんの召喚癖は日常茶飯事でしたから。ちょっとまずいモンスターや精霊もよく召喚していました。だから変わったものを見るのは慣れているんです」

「お前……。ああ、分かったわ。お前が 【超太型新人】 だったのか」

「は? なにそれ!? 私は標準体型ですよ!」




 今年の公務員試験合格者には、戦場を経験していない一般人のくせに、妙に動じないやつがいる。




 公務員の最終試験といえば、非常事態を想定した訓練である。

 確かその年の課題は、【異世界から怪物たちが襲ってくる】だった。

 慣れたシチュエーションだったので、筆記はギリギリだったけど問題なく受かったのだ。


「一時期話題なったんだよ。どこまで肝が太いんだって」

「それで太型ってなんですか。普通に大型新人って褒めればいいじゃないですか!」

「だって筆記も体力テストもギリギリだったらしいし」

「う、それを言われると……」

「だから、病み上がりの元勇者フリッツの隣に配置されたんだな。あいつの横で、一般人でかつ動じない人間なんて少ないし」

「そんな理由で!?」


 原因はこの環境か!?

 サマランチは同情する視線で私を見下ろす。


「まあ、思わぬ効果もあったから、国はもうお前を手放さないだろうな」

「ひどいです!」

「でもまあ、ちょっとは奴の努力も認めてやって「みゃー!」」


 祖父とメンチを切り合っていたはずのヴェータラーが、その前に躍り出たミミィと向かい合っている。 

 突然の小さな参戦に、祖父は驚いていた。 

 なんてことだ! 助けに行かなきゃ! 


「ミミィ!」

「おいちょっと待てっ」


 走り出す私の足元を、異空間魔法で止めようとするが、軽くジャンプして避ける。


「何で避けられるんだよっ」

「ミミィで慣れましたから!」


 そんなんで慣れられてたまるかという叫びを背に、私はミミィに駆け寄ろうとした。

 ヴェータラーが私を見てにやりと笑う。


『おいぼれ召喚師と珍しい構成をした猫又よ。契約がなっていない状態での時間切れを狙っていたようだがの。

 ちょうどいいところに、契約の贄がやってきた』

「孫には手を出すな!」

「みゃ!」


 足元から突然白骨化した恐ろしい竜の頭が現れる。

 ふくらはぎを噛みつかれて地面に転んだ。


「みぃー!」

「チサ!」

『骨なぞ地中にはいくらでもあるゆえ』


 なんとか立ち上がろうとするが、恐ろしい竜(恐らくティラノちゃん14歳の親戚)の顎が外せない。

 しかもだんだん力が強くなって……いてててて。


 ミミィが毛を逆立てて「みゃ~~~~~ん!」と鳴いた。

 竜の骨が一瞬でバラバラになる。


『ほう、ただの猫又かと思えば、我に近い力も持っている者のようだの。

 だが、その再構成された体では十分に力は使えまい。子の体など、やめればいいものを』

「みゃー!」


 お前なんて、これで十分だもん! とミミィは言っているが意味は分からない。


『さて我の顕現のために、その娘の魔力をもらうとするぞ。

 女なぞ雑念が多くて美味くはないだろうが、この中で一番いい匂いがするのでの』

「ならば少し隔離されてもらおうか!」

 

 サマランチがヴェータラーの周りに黒い輪を巡らせた。

 一気に異空間に沈ませようとするが、反応は鈍い。


「まだ顕現じったいかしきっていない神には厳しいな……」

「グリ、奴の集中を乱すぞ!」

「キュイ!」


 おじいちゃんがグリちゃんに乗って、ヴェータラーの上の旋回する。

 しかし、顕現していないはずのしっぽで軽く薙ぎ払われてしまった。

 墜落し、地面に叩き付けられるところを、小さなモンスターたちが地上で受け止める。

  

「おじいちゃん! グリちゃん!」

『さてその魔力、頂くぞ!』

「きゃあ!」


 竜巻に巻き込まれたように全身が引き寄せられ、体中の力が吸い取られていく!

 ミミィが必死になって、鬼神に猫パンチを繰り広げるが、何かが半透明な体を突き抜けていくだけで効果がない。

 骨たちがカタカタと笑いながら、周囲を囲んでいった。

 

 ヴェータラーが愉悦を浮かべる。


『おお、これは女のくせに極上の魔力だ。贄としては最高の供物なり。ありがたくいただいておくぞ』

「それは困るな。まだ告白も出来ていないんだ」

 

 どこかで聞いたような飄々とした声。

 突然、吸引が止まる。


 サマランチが愕然とした顔で口を開けた。


「まじか。今まで化け物じみた奴だとは思っていたんだが、まさかそこから出てくるのかよ」

「……え? どこ? どこですか?」


 そこだよ、とサマランチが指さした先は、ヴェータラーが出てきた魔法陣。


 まさか、と凝視すると、次第に輪郭を現す黒髪の短髪に切れ長の鋭い目。

 鍛え上げられた体躯を、探索者御用達のカーキの繋ぎで包んでいた。

 背中には大きなカウカウらしき何かを、おぶいヒモで背負っている。


 借りパク勇者、フリッツ・ルードだった。




 


「なんで!? どうやって!?」

「話すと長くなるんだけどね」

「端的に話せ」


 サマランチの要請にえーっと言いながら、カウカウらしき何かを降ろす。

 カウカウと違って縦じま模様のそれは「ウモウモウモ」と言いながら、のんびり足元の草を食み始めた。


「借りものを返しに行っていたんだ」


 彼が返しに行ったのは、ヴェータラーと同じ世界の女神、サバトと官能を司るダーキニーの腰巻だったという。


 なんてもの借りてるんですか。

 しかも、女神さまからも借りていたんですか。

 半端なさすぎる借りパクの範囲に、もう言葉が出ない。 


 戦争中に借りてそれっきりだったので、ネロ少年に場所の特定をお願いして、その世界に繋がりやすいミステリーゾーンを探索していたとか。 

 

「『次に借りる時は体と命で払ってね』と言われていたんだけど、誠心誠意謝ったら許してくれたよ。ちょっと戦ったけど」

『あの恐ろしい女神おんなに気に入られて無事とは、なんと悪運の強い奴よ』


 あえて具体的に聞くまい。

 そして、妙に男尊女卑な鬼神といえども、怖い女神おんなは畏れるのか。


 そして、ついでに女神に頼んで、繁殖力のとても強い品種のカウカウを、貰ってきたらしい。

 このメスカウカウはとにかく子だくさんで、生まれた子供もみんな子だくさんになるという。

 神の庭に遊ぶ、聖なる動物だった。

 

「今度は借りてないよ。ちゃんと、対価を払った」


 フリッツは左の脇を抑える。

 少しえぐれているように見えた。


「なんて危険なことをするんですか!」

「だって、肉が足りれば問題ないんだろう?」

「へ?」


 思わぬ答えに、あっけに取られる。 


「悪の肉屋問題。チサが悲しんでいたから、何とかすることにしたんだ」







 ヴェータラーが呆れた。


『ところで、痴話げんかはもういいか』

「全然そんな話じゃないですから!」

「えー? まだだめかあ」


 奴の不満の声は無視して、ヴェータラーに向き合った。

 ミミィが私に駆け寄って、鬼神にうなり続ける。


「私の魔力を強引に吸い取るのは止めてください」

『それでは私が顕現できぬ』

「この世界で誰かを死に追いやったり、苦しめたりしないならいいです」

『女の感傷なぞ自己陶酔の手段にすぎぬ。とにかくまずは喰わせてもらう』


 あくまで暴れたいと、鬼の仮面を歪めて主張する鬼神。

 フリッツがそこに提案をした。


「鬼神ヴェータラー。俺はダーキニーにここまで送ってもらったんだけどね。ことづけがあるよ」


 スボンのポケットから出したのは、小さな粘土板。びっしりと書かれたそれは、不思議な象形文字だ。

 空中に粘土板を浮かび上がらせ、その文字を読んだヴェータラーは動揺し始める。

 

『な、そ、まさか』

「過去の契約書だね。昔恋仲であった時にダーキニーに『君は最高だ』と言いながら、隠れて周囲に『女は悪だ』『生まれもっての下等生物だ』と触れ回ったとか」


 やだそれ男として最低! 借りパク並みに最低!

 信用を失う行動をしている男って本当に最低!


 私の心の憤りが聞こえない奴は、続けて説明する。


「以前ダーキニーを激怒させて、下等生物の死骸にさせられたってね? 

 目の前にあるのは、その際に二度と女性を貶めないと契約した文書だ」


 粘土板が薄く広がり、ヴェータラーを一瞬で包み込む。卵のような形になった。


「さて、君はダーキニーとの契約を破ったね。だから封印だ。

 彼女の機嫌が直るように、せいぜいたくさんの女性を幸せにするといいよ」

 

『ぐあああああぁあぁ……にゃぁ……』


 やがて、なにやら気になる語尾を付けて、声が聞こえなくなる。 


 実家の窓から見たいた村のみんなや、祖母とグリちゃんたちに介抱される祖父。

 縦じまカウカウと牧場のカウカウがのんびりと草を食み、空はいつも通りの青空だ。

 関係者全員が、息をついた。 






 フリッツが卵の粘土を背に説明する。


「ちょうど帰ろうとした時に、ダーキニーが騒ぎを聞いてね。

 カウカウにちゃんと対価を払ったおまけにもらったんだ。

 昔の証文わかげのいたりだからもう使えないかも、と言われていたけど。

 ちゃんと役に立ったようだね」


「鬼神はどうなるんですか?」


「しばらくは女性を幸せにするために善行を積んだら、自然と向こうの世界に戻れるみたいだよ。

 ただ、力を安定させるためにも、誰かが契約してやる必要はあるのだけどね」


 ぴしり。粘土板が割れる。

 中からこぼれ落ちてきたのは、赤い毛むくじゃらの塊。

 太くてふさふさのしっぽ。片耳に切れ目が入った大きな耳。

 頭は大きくて、目つきは悪くて、顔はふてぶてしくてとってもぶちゃいく。


「……うなーお」


 とても素敵な赤毛長毛種のドラ猫が、そこにいた。

 

「「何これ!」」


 ときめく私と祖父の声がハモる。

 祖母のため息と、フリッツの呆れた声が聞こえる。


「ダーキニー……。君の嫌がらせか」


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ