ヒモの祖父に、会いに行く(2)
のんびりと、言い換えれば何も刺激のない村に、格好の話題が降ってきた。
村人がどんどんと集まり、家の外にはいつの間にか大きなテーブルが用意された。
各家の料理が持ち出され、テーブルの上の豊かに飾っていく。
「今日は良いことがあったんだってな?」
「ドルテさん家だろう?」
「たしかあの小さかったチサちゃんが、何かを連れてきたって」
「今日のチーズはうまそうじゃないか」
「パイも焼いてきたんだよ!」
「ええと、ドラゴンを連れてきたんだっけ? じいさんと同じだな」
「違うよ借金取りだよ」
「酒はまだか」
「このベリーまだ酸っぱくない?」
「だから、男を連れてきたんだよ!」
「「ええ!?」」
「酒はまだか」
理由は何でもいいのだ。
彼らは集まって、どんちゃん騒ぎがしたいだけなのだ。
グリフォンのグリちゃんも地上に下りて来て、近所のおばちゃんからワニトリのハムを頂戴している。
小さなモンスターたちも、テーブルの下できゃいきゃいと楽しそうだ。
ミミィはちっちゃいしっぽをぶんぶん振って、手前のパンプキンパイに手を出そうした。
さすがにテーブルの上で勝手に手を出すのはまずいと拾い上げ、パーカーの胸元に放り込む。
そして祖母に捕まっている、上司の所へ移動した。
「で、うちのチサとはいつからのお付き合いなの?」
「いえ、あの、そもそも俺とドルテは仕事の付き合いなだけで」
「仕事で会ったのね! もちろんあなた公務員よね?」
「はあ、そうですけど。だから俺はあくまでただの上司で」
「上司と部下で! まあまあまあ! で、いつ婚約したの。挨拶で来たのよね?」
「そうではなくてですね!」
「もう結婚したの!? 私たちに報告が遅すぎないかしら!?」
祖母の暴走が止まらない。
おばあちゃんパワーに押されて、サマランチはもうよれよれだ。
誤解を解くべく、顔をぐいぐい近づける祖母と、ひたすら上半身をそらすサマランチの間に立つ。
「おばあちゃん、誤解だから。
早くここに来るために、たまたま魔法使いの上司が手伝ってくれただけなの」
「恋人だから?」
「違うから! おばあちゃんの早とちりだから!
この人は、た、だ、の、人の良い上司なの!」
「みゃ!」
胸元のミミィもそうだよ! 人が良くて貧乏くじ引いている人だよ!
と、答えてくれる。
しかしミミィ語が分からない祖母は、その存在だけに気を止めた。
「ケット・シー? まさか……チサ。あなた生き物を召喚したの?」
「あ……うん。まあ、たまたま?」
「あれだけ、あの人の真似して召喚してはだめだと言ったのに。約束を破ったの?」
「いや。それはたまたま俺のメダルでですね「貴方は黙っていてちょうだい」はい」
目を合わせようとしない私に、祖母が腰に手をやり怒る。
「召喚師になろうなんて夢、もう捨てなさいって言ったでしょう!?」
小さい頃は祖父母に引き取られたばかりで、両親の急の不在の意味が理解できていなかった。
だけど心に生じた不安は、無意識に自分を苛んでいたのだ。
度重なる夜泣きの都度、祖父がグリちゃんや他のモンスターと一緒に夜中の農道を散歩してくれた。
何か不安があると、そこには祖父母がいて、グリちゃんたちがいて。
その温もりで自分を癒してくれた。
月夜の農道をグリちゃんに背負われて歩いていると、祖父が召喚獣たちと様々な土地を歩いた思い出を話してくれる。
世界樹の森。ユニコーンの湖。河の化身と大滝。虹の向こうにいた怪物。
特にピンチになる度に試される、召喚獣との友情。
これは、何度聞いても心が躍ったものだ。
おじいちゃんみたいになりたいなあと、ごく最初に抱いた夢。
しかし、そんな淡い夢も。
実際の祖父母の現実を見聞きすることで、儚く沈んでいった。
祖父が一流の召喚師の道を、挫折した後。
それでもあきらめきれない祖父は、何度も伝説級の霊獣を求めた。
伝説級の霊獣を従えて、人には簡単に出来ない仕事を請け負う。
それは世界の召喚師たちが目標とする、仕事請負人の姿だ。
だが、そう簡単には召喚出来るわけもなく、召喚できてもあっさり去られてしまう。
かろうじて残ったモンスターたちの契約対価を払うだけでも、家計を圧迫していった。
ネロ少年は、あくまで天才だ。
彼のように、国が抱えて対価を肩代わりし、かつ召喚獣が自主的に対価なしで動いてくれることなど、まれなのだ。そんな彼でも、国が見捨てれば一巻の終わり。
魔力量もさほど多くなく、有名な召喚獣を召喚できない祖父は、なおさら国の保護は得られなかった。
さらに言えば、祖父はそもそも個人主義だ。
当初は戦争もあり、召喚獣と仕事を続けていた。
しかし、要らないプライドが何度も壁となる。
あいつの俺の召喚獣に対する態度が上から目線だ。
あいつは俺の召喚獣にケチつけた。
あいつは俺の召喚獣の仕事への評価が低い。
すっかり世の中が嫌になってしまったのだ。
特に国が付くものには疑い深い。
結局『やりたいことだけすればいいじゃないか』と、すっかりダメな方に根性がひん曲がってしまった。
もっと嫌になったのは祖母である。
え? 子供が生まれたばかりなのに?
ご飯はどうするの?
オムツ代は?
専業主婦になるつもりで育ち、なのに召喚師と結婚したつけが、一気に現れたのだ。
しかし、母は強し。
己の魔力の方向性をしっかりと研究し、臨時職と子育てをしながら見事に治療師として、一家の大黒柱になって見せた。
子供連れで移住したら家と補助費も出してくれるという村を探し、そこに定住することにした。まともに働かこうとしない旦那の首根っこを掴んで。
「ドルテ。お前、昔は召喚師希望だったのか」
「……はい。昔は祖父のしてくれる話が楽しくて。家の中にいる子たちも大好きでしたし……」
「冗談じゃないわ。成功したって、あっという間に根無し草になる職業なんて。子や孫にも勧めるはずがないじゃない。あなたの両親だって公務員だったでしょう?」
「自由業だって、民間だって、王立だって。戦争に徴用されてしまえば、結局みんな死ぬぞ?」
「あなたは黙ってて!」
腰を抑えてドアから顔を出してきた祖父に、祖母が一喝を入れる。
祖父は一瞬で家の中に逃げた。
サマランチはすっかりビビッて固まっている。
私も祖母の雷は未だに怖い。
だが、胸元のミミィの温さが私を応援してくれている。
「別に公務員を辞めたいわけじゃないの。
でもせっかく魔力が召喚師向きなら、腕を磨いてみてもいいじゃない」
「どうせ、誰かに『向いている』なんて言われて、調子に乗っているんでしょ?」
「う」
図星である。
その「誰か」の一人である、サマランチは遠い目をしている。
「いい? 召喚師の勉強なんてやめなさい。
————もしも続けたいのなら、さっさと後ろの上司さんと結婚なさい」
「「はいぃ!?」」
いきなりの飛躍である。
なぜそこで結婚!?
「あの、そもそも俺らは付き合ってもですね「公務員+公務員は最強の夫婦よね。片方が何かあっても保険は利くし、産休や育休をしても代用員がなんとか埋め合わせてくれるから、何人でも産めるし、上手くいけば子や孫も縁故採用してくれるし。だから」」
「おばあちゃん、ちょっと!」
「そうすれば、少しは夢を追ってもいいわ。そのケット・シーはあなたによく懐いているようだからね」
「みぃ!」
祖母は優しい瞳で、チサ大好き! と宣言してくれているミミィを見つめた。
後ろからやってきたグリちゃんが、私の胸元のミミィをのぞき込む。
彼らは、
「キュイ?」
「みゃ!」
「キュイ」
「みゃみゃ!」
「キュイ!」
君はどうしてきたの? チサに呼ばれてきたんだ!
僕もトラジローに呼ばれてきたんだ。同じだね。
同じだね! チサ大好き! 僕もトラジローが面白くて好き!
という会話をしている。
と、わざわざ通訳をしているのは。
私が現実逃避をしているからである。
なぜか、私とサマランチは、並んで上座に座っている。
婚約者とはいかないまでも、村の人に「孫のいい人(本当にただの良い人だがな)」として、場を誤魔化すことになってしまったのだ。
「とりあえず、誤魔化せ。そうすれば村の年寄連中もうまい酒飲んで次の日には忘れるだろうさ。
お前のばあちゃんにも、『将来どうなるか分かりませんが、誠心誠意、善処して、なるべく、前向きに検討させていただきます』と伝えて、今日の所は納得してくれている」
「不服です……」
「俺だって不服だよ……。
俺の好みはタヌキじゃなくて、ボン・キュ・ボンで淑やかで、三つ指ついて家に迎えてくれるような、男を立てるために生まれたような絶世の美少女なんだ。できれば実家は土地持ちがいい」
「タヌキという点にまず抗議したいところですけど、サマランチさんになぜ彼女が出来ないのかは、よく分かりました」
こういう事態になったのも結局。
公務員でありたいと思いながらも、昔の夢に惹かれてしまう自分のジレンマが原因だ。
夢には惹かれているけれど、独立して不安定な生活をしたくないし、何よりも祖母の思いもある。
王子が「愛と夢は別」と言った言葉が、今胸に来る。
それでも。
収入が安定していれば、何よりも大切な人たちへの安心が買える。
世の中は、お金がないとできないことが多すぎるのだ。
今の職場だって、ようやく仲の良い友人が出来た。
ずっと理不尽が多かったけど、少しずつ仕事も覚えてきた。
就職を通じて幸せを得ようとする人を応援するのは、とてもやりがいがある。
後は、あの借りパク行為さえ、なんとかなればいいのに。
今はここにいない男の、「公務員は最高だ!」というフレーズが脳内でリフレインしていた。
みんなお酒をワイワイの飲み老ける中、祖父が「お祝いだー!」と突然立ち上がった。
唐突に杖を持ち出して、空に向かって魔法陣を書き始める。
「お、トラジローさんの一発召喚芸だね!」
「今度は相手を怒らせるなよ!」
「できれば、オオクマネコ呼んでみて!」
「あなた! それはリスクが高いからやめてって言っているでしょう!?」
祖母が止めるのも聞かず、半分酔った祖父は出来上がった巨大な魔法陣に、自らの魔力を吸収させていく。
すると、コントロールがまずかったのか。
私の魔力も魔法陣に吸い込まれて行った。
「お、今回は今までになく大物が来る予感がするぞ!?」
祖父の驚きの声と同時に、魔法陣は力強く発光した。
円から次第に異界の生物が姿を現していく。
大きな太い赤い四肢。赤毛のむくじゃらに嵌められた、表情を伴って動く、白い鬼の面。
ちら見えする耳と長いしっぽ。
一瞬ときめくが、隣りのサマランチはその異形の生き物の姿を認めると、一気に青ざめていった。
「あれは、やばいぞ……。戦争中に魔王すら呼び出そうとしなかった、死を好む異界の邪神の一人だ」
祖父は慌てて還そうとするが、相手の力が完全に上だった。
邪神は、その姿を完全に顕現する。
塔ほどのに大きさに膨らみ、大地に重力も感じさせずに降りる。
そのまま首を、くるりと一周させる。
うろんげに鬼の仮面が歪んだ。
『我は鬼神ヴェータラー。徒に我を呼んだのは誰そ』
誰も言葉が出なかった。
そして、その後ろで牧場のカウカウが、「ウモウ~」と鳴いていた。




