ヒモの祖父に、会いに行く(1)
この話と閑話で、二章は終わります。
危篤と書かれたわけではない。
だが、途端に不安に襲れた私は、村に帰ることにした。
ミミィをパーカーのポケットに入れ、荷物を担いで外に出る。
途中で食べる携帯食と、ミミィと味わうクッキーたちも花柄の巾着に入れる。
乗り合いの馬車を探しに町の真ん中に出ると、休日姿のサマランチに会った。
ひょろっとした長身に革のジャケットを羽織り、赤いカーゴパンツといういで立ちだ。
「大きな荷物だな。どこか行くのか」
「祖父の体調が悪いから、様子を見に行こうと思います。
もしかしたら泊まり込みかもしれないので、休みの連絡を魔法電信でするつもりでした」
「ああ、いいよいいよ。今こうして知ったからな。場所はどこ?」
「隣のカナイ村です」
「ああ、あの田舎……あ、いや悪い」
「いえいいんです。すごい田舎なのは自覚がありますから」
広さだけはあるが、人よりもカウカウが多い、ど田舎だ。
「早く会いたいだろう? 魔法を使わないのか」
「へ? 移動魔法ですか? そんなのできませんよ」
女史や所長じゃあるまいし。
移動の魔法は最高難度に難しいもので、賢者クラスにならないと使えない。
そもそも自分は一般人。
火の魔法でコンロに火を入れたり、プランターの緑を少し生き生きさせるだけで精一杯だ。
サマランチは違う違う、と断ってパーカーの帽子部分に入っていたミミィを指さす。
「こいつの異空間魔法だよ」
サマランチの異空間魔法は、基本的に空間を拡張したり隔離することしかできないらしい。
それだって巨大倉庫を維持したり、城を丸ごと保存したり。
ものを少し入れるだけとは、規模がまるで違う。
俺はこれくらいしかできないからな。そういう寂しそうな顔をする赤毛の上司を慰めた。
「ありがとよ。まあ、このケット・シーは俺が到達していない上級が使える。あの疑似空間を見ただろ?」
机の右下の引き出し。
ミミィが作った草原の世界はタンポポが咲き乱れ、綺麗な場所だった。
「あそこを通じて、違う場所に出ればいいんだよ。
そのケット・シーは大分賢いからな。座標をはっきりとさせれば無事に目的地に着けるだろう」
「みゃあ!」
任せて! とミミィが言う。
手伝ってやるとサマランチが同行を告げ、先に倉庫に【本日休み。また来週】とフリッツあての手紙を張り付ける。
「いいんですか? サマランチさんまでお休みさせるなんて……」
「いいよ。たまには上司だって有給取りたいしな。一生懸命やってくれる部下の為にたまには手伝うわ。それに……」
奴の悔しがる顔が見たい。
ふっふっふ、と笑ったサマランチ。
そこが本音か。
とりあえず倉庫から一つ出してきたミカンの木箱。
そこに異空間魔法で場所を作らせるようだ。
ミミィを木箱に入れる。
「ミミィ、出来る?」
「みゃあ!」
木箱に両前足を掛けて、可愛らしくお返事する。
これは、「捨てケット・シー拾ってください」のシチュエーション!
私は思わず、ミミィを持ち上げてしまう。
誰かに取られてなるものか……!
「ドルテ、お前はバカか?」
サマランチに愛を取り上げられた。
ようやく私が落ち着いた頃。ミミィが箱の中でウロウロし始め、大きく『みい!』と鳴いた。
ミミィの足元がまぶしく光り、目を閉じてしまう。
目を開けると、箱の中には見たことのある草原。
すぐ下には、ミミィが二本のしっぽをゆらゆら揺らして待っていた。
「さて行くぞ」
サマランチが躊躇なく、箱の中に足を入れ、するりと下りる。
下でミミィと共に私を待ち構えた。
「スカート覗かないでくださいよ」
「そんなもん見るかよ」
そんなもん扱いされた!
心でクレームを入れながら、なんとかよっこいしょと草原に降りる。
荷物は先にサマランチが拾い、持ってくれることになった。
降りるとそこは草原。
ただし見慣れた王都の周りの草原とは違い、柔らかい草花に覆われた、色彩豊かな場所だった。
「おお、流石は上級魔法だな。異界の草花を完璧に再現している」
サマランチは感心しながら、足元の草を眺めていた。
ミミィは私が自分のテリトリーに来てくれたことが嬉しいようで、「みゃ、みゃ、うみゃ~ん」とステップをしながら周りを案内してくれる。
町よりも薄い青空には、大きな雲が浮かび、山々が遠くにそびえたっている。
草花の草原の周囲には森があり、小川のせせらぎも聞こえてきた。
美しい世界だ。
こんな美しいところから、ミミィはなぜ私のところに来てくれたのだろう。
村に行く前に少し世界を観光したいというサマランチに同意して、散策することにした。
お気に入りの場所に案内してくれるという、ミミィの案内で森の奥に入る。
草原も森にも、生物は何もいない。
そりゃそうだ。ここはミミィが作り上げた世界。
サマランチは葉っぱや樹皮を観察している。
さらに森の奥に入ると、ふと広い空間が現れた。
石の祠だ。
「みゃ」
ミミィが祠にぽてぽてと走っていき、頭を擦りつける。
私の背丈くらいの小さな祠。
「何か大切なものを仕舞まっているんだな」
サマランチは祠に近づいてマジマジと観察する。
こんなものがあるなんて知らなかった。
ミミィにこれは何? と聞く。
「みゃーん!」
とても大切なもの! 宝物!
とちっちゃい牙を可愛く出して、大きく鳴いた。
具体的には? と聞くと、内緒! と言ったのだ。
ショックを受けた。
「ミミィが、私に隠し事……」
「まあ男なんだから、隠し事の一つや二つあるだろう? 聞かないでやれよ」
サマランチが私の肩に手を置く。
男……そうかミミィも男の子か。
隠し事をされた母親の気分を味わい、私たちは祠から去ったのだ。
さて、草原に戻るとミミィがサマランチに座標を確認されている。
「いいか。この町の広さを思い出せ。
村までは町の端から端までの距離のおよそ百倍だ。
異空間魔法だと、たまに座標が空間の歪みによって短くなる場合がある」
「みゃ」
「木や岩の中につなげるなよ。河の中なんて言語道断だ」
「みゃ!」
そんなことしないよ! とミミィが怒る。
異空間魔法は結構な計算能力が必要らしい。
下手に間違えると、歪みが空間の歪と化して、あらゆる物体を吸収(死の黒穴と呼ばれる)してしまうこともあるのだとか。
それを常に発動し続けることができるサマランチは、実はけっこう優秀なのだ。
ようやく納得がいったミミィが、「みゃ~ん!」と大きく鳴く。
すると、視線の高さくらいの風景に、光の線が走った。
「よし繋がった。いくぞ、ドルテ」
サマランチは線の下をのぞき込むと、体を入れる。
上半身が消えた。
空間の魔法に驚きつつも、それに続いたのだ。
腕を引っ張ってもらってなんとか出てきたのは、カウカウの柵。
顔を出すと、カウカウが目の前にいた。
「どうやら牧場に出たようだな」
サマランチが周りを見回して様子を見ている。
ミミィはカウカウの背中に乗って、キョロキョロしていた。
グッジョブカウカウ。
その姿にデロデロとする間もなく、遠くから黒い影が飛んできた。
あれは……。
「グリフォン!?」
サマランチが警戒する。
だが、私は見慣れた彼に、大きく手を振った。
「グリちゃん、帰ったよ~! おばあちゃんとおじいちゃんに伝えて~!」
そういうと、グリちゃんは上空で旋回し、元来た方向に戻っていった。
なんでもないことのような会話をする私に、サマランチが愕然とした顔で向く。
「あれは、なんだ!?」
「おじいちゃんのモンスターです。報酬を払っているのはおばあちゃんですけど」
遠く消えていくその翼。
「おじいちゃんは大昔、売れない召喚師だったんです」
◇◇◇◇
ベッドの上には元気なお年寄りがいた。
足元にはわらわらと、小さいモンスターが集まっていた。
「お、チサ。早いご帰還だな!
もう仕事が嫌になったんだろう? そうだろうそうだろう、俺と同じだな!」
いつも通りの祖父だった。
看病をしていた祖母が、呆れた顔で私を見た。
「チサ、先日手紙を出したばっかりよ?
それに腰をやっちゃっただけなんだから、『ベッドで動けない』って書いたでしょう?」
「そうだけど! あれだけじゃほかの病気かも、って思っちゃうじゃない!」
「全くすぐに先走るんだから。あんたのダメなじいさんはこうして元気よ。ご飯食べたら帰んなさい」
「えー」
年よりもずっとしゃっきりとした祖母は、ハキハキと私に言い置くと、台所に向かおうとする。
そして私の後ろに立つ、赤毛の男に気が付いた。
「お前の生物狂いは、じいさんの血だったんだな」と、ベッドの周りを眺めているサマランチ。
年齢よりもずっと若い目元に皺をよせ、じっとサマランチを見つめる。
「……チサ」
「ああ、この人はサマランチさんといって、私の上「でかしたわ!」」
「へ?」
祖母は突然叫んだ。
そしてエプロンをしたまま、村の外に飛び出て行った。
「リっちゃん聞いてー! うちのチサが結婚相手連れてきたのー!」
「えっ!?」
「はっ!? なんだそりゃ!」
村のネットワークは恐るべし。
一軒一軒が町の端から端まで離れているような、とんでもない田舎なのに。
祖母の情報は、一瞬で村を巡ってしまったのだ。




