親と就職
少し日差しが強くなってきたので、部屋の片づけをすることにした。
頭の整理にもなるから、たまにやるとすっきりする。
召喚術の勉強も始めたので、書籍類も片付けてしまいたい。
ミミィはクローゼットから下されて散らかった服に入り込んでは、大暴れだ。
興奮しながら、次から次へと飛び移る。
ちっちゃい爪で布で研ごうとしたので注意した。
「破っちゃだめだよ」
「み!」
うん、あれはダメだ。
一部は諦めよう。
下着の中を整理しながら、ピンクのフリルのブラジャーを思い浮かべる。
あれだけが、どうしても出てこない。
未だに名前の付いていないピンクスライムに聞いても、記憶にないと言うばかり。
それ以外のものは、周囲の協力で見つかった。
特にユーランやレティの協力で。
今まで二人とは、なんとなく女子の輪でつるんでいただけだった。
だけど、仕事や借りパク野郎が巻き起こす問題を通じて、最近はお互いの身の上を話し合う仲になったのだ。
ユーランは昔、騎士団で女性騎士をしていたらしい。
パッと見まるでそうは見えなかったので、びっくりだ。
戦後、婚約者に危ない仕事はやめてほしいと懇願され、この職場に移ったとか。
先日休憩室で、私のことをユーランに聞かれた。
「チサはそもそも、なんで公務員を受けようと思ったの?」
そう聞かれて、私は祖母を思い返していた。
私の育った、この町の隣にある村。のどかな光景だ。
「両親が早くに戦争で亡くなってしまって。私を育ててくれたのは、祖母なんです」
「おばあ様お一人で? 大変だったでしょう?」
「一応祖父も居ましたが……」
「ご病気だったの?」
「ある意味病気でしたね」
ヒモでしたから。
祖父は完全にヒモだった。
村の治療師をしていた祖母におんぶにだっこの生活だった。
定職には付かないし、ふらふら遊びに行っては祖母に小遣いをせびる。
もちろん家事もしないし、祖母の仕事の手伝いなんてもっとしない。
時々動物を持ち帰っては、世話をするのは祖母と私。
時々喧嘩をして帰って来ては、介抱するのは祖母と私。
唯一の良いところといえば、家庭内暴力だけは無縁だったということか。
私は祖母を本当に尊敬していた。
こんな男を飼っていられる愛と度胸に。
しかし、一方で祖母は私にこんな男を結婚するなと口酸っぱく言っていた。
「いい? チサ。こんな男と結婚しちゃだけだからね」
「女は手に職。むしろ首にならないことを考えたら、公務員になりなさい。自立しなきゃダメ」
「男に頼った生き方なんて身の破滅よ。堅実に生きて、堅実な仕事につくの」
祖父を見て、また祖母に毎日こう諭され生活していた。
だから男を見る目はいささか厳しい自覚がある。
結婚当時、祖母はいいところのお嬢さんで、仕事に就いたこともなかったらしい。
しかし子供が出来てから、祖父はあっさり仕事を辞めた。
自分に多少なりとも治療魔法の能力があり、そこで治癒師の資格が取れなければ本当にまずかったと回顧している。
だからあまり得意ではない勉強を頑張ってⅢ種に受かった時の、祖母の顔を忘れられない。
隣の席の奴が、とんでもなく褒めたたえる以前に、公務員はやはり安定職だ。
収入が安定しているし、保障もある。
おかげで一年こうやって、定期的に祖父母に仕送りを送ることができる。
ちりんちりん。
呼び鈴が鳴る。
何か荷物を頼んでいたっけと首を傾げながら、玄関に向かう。
ミミィが何かを感じたようで、私よりも先にダッシュしてドアに張り付いた。
嫌な予感がして、案の定。
「手紙だ。とっとと受け取れ」
ニート王子の郵便配達だった。
なぜか、ミミィはニート王子を気に入っている。
「みゃん」と可愛く鳴いては足元にすりすりとしている。
く、許せん……。
だが、後ろにメガネの騎士もいるので、ぐっと我慢する。
「ところで、まだその仕事が続いているんですね」
気持ちを変えようと、別の話題を振ると、ニート王子はまあなと言った。
「王立郵送が私向けの荷物を厳選するようになってな。客にも喜ばれるようになって助かっている」
ニート王子がチラリと見せてくれたたすき掛けの荷物。
黒い箱や封筒がいっぱいだった。
後ろのメガネの騎士は諦念の表情を浮かべ、黙っている。
黒い本や、黒系の何かの専門になった途端に、王子の職場での評価が上がっているらしい。
彼は、黒い本を愛するものを友だと思っている。
だから、荷物を懇切丁寧に、かつ人に知られないように渡すことが得意だった。
より隠密に届けるために、ジョブ・ホッパーにも弟子入りしたらしい。
『今までの配達人とは違って、汚らしいものを見る目で見たり、死んだ目で見たり、目を反らしながら荷物を届けることがない』
彼の真心を込めた配達は、何よりも友の心を掴んだ。
今彼の評判は裏街道でうなぎ上りだ。
廊下にまたテーブルが置かれ、茶器セットも用意された。
部屋に入られないだけ、お行儀が良い。
だからもう、諦めた。
王子が私がミミィ用に作ったジンジャークッキーを摘み、紅茶を味わいながら言う。
ミミィが王子にもねだる。
「お前には文句があったのだ」
王子は言うには、女性に対する言葉を少し直したせいで、白い本は届けににくくなったらしい。
白い本。
一番の売れ筋本は【勇者×僧侶】という、女性向けのとあるシリーズだ。
ガチの白い本主義者は、王子よりも本を追うので、問題はない。
だが、ちょっと白い本や黒い本を買ってみたかっただけの女性は、王子を部屋に連れ込もうとするのだという。
「今までは普通に会話しただけで女たちは十メートルは離れてくれた。
だが、お前に注意されてからは下手に女が近付いてくる。どうしてくれる」
淡々とした下ネタを言わなくなったために、彼はいらぬ苦労をしているという。
「しかし、王子。おかげで社交界では王子の評判はうなぎ上りです。王妃様も大層喜んでおられます」
メガネの騎士が必死にフォローするが、王子は憤懣やるかたない。
マザコンであると聞いたことはあるが。珍しい。
「母上は更に私に今の仕事を辞めろと言ってきた。
夢の配達員なんて、王族の仕事ではないというのだ」
うんまあ、それはそうだけど。
王子は今の仕事が気に入っているらしい。
「今度ジョブ・ホッパーと、男性向けの夢専門の配達会社の設立を相談している。
それで余計に母上が反対されているのだ」
そこまで進んでいるとは。
メガネの騎士が頭が抱えている。
「……王子は王妃様が好きなんですよね?」
「ああ好きだ。なんだかんだ言って私を愛してくれていると知っているからな」
「ではどうするんですか?」
「どうするもないな。ドルテ、愛と夢とは別だ。
母上を愛していることと、自分がやりたいことは同じではない。
同じ土台で語られることが、滑稽だ。
愛しているならやりたいことを辞めろ?
それは愛を駆け引きの材料にした愚かな行為だ。
それによって愛が目減りすると考える、妄想にすぎんな」
王子はそう言い残し、私のジンジャークッキーのストックを全部持って行ってしまった。
王子の去った後。
髭についたクッキーの残りかすをクシクシ前足で拭うミミィを横に、私テーブルで手紙を開いた。
二通あった手紙のうち、一つはリラ様の旦那自慢。
今日の旦那のしっぽ、旦那の耳後ろの毛艶。
様々な愛が綴られている。
私もミミィ自慢を書いているので、いつもやり取りをしていて楽しい。
もう一通は、祖母からだった。
大抵は村の様子や、友人たちのことを、私の体調を気遣うことが書かれている。
しかし、今回の中身は様相が違う。
「え、おじいちゃんが倒れたって……」
リラ様の手紙に乗っかっていたミミィが、私の表情を不安そうに見上げていた。




