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動物園の採用枠はいっぱいです(後編)

 私は気が付いてしまった。


 あの毛並み、艶、しっぽの角度。

 どれをとっても、あのケルベロスではない。


 恐る恐る、他人たけんのケルベロスの檻に近づく。


「こんにちは」

「うおん」

「おん」

「おん」


 三つの頭が、私に答える。


「貴方以外のケルベロスが、先に展示されたはずなの。

 見なかった?」


「うおん?」

「うおん」

「おん!」


 どうやら会ったことがあるらしい。

 この世界では滅多に見られない同種だから、はっきり覚えているという。


「……チサ。なんで言葉が分かるの?」

「(もふもふへの)もえ、でしょうね」


 よく分からないが、最近は人語を話さない彼らの言い分が理解できるようになってきている。

 ミミィで鍛えられたからだろうか。


 それ以前に、なぜ私の心の休息所どうぶつえんに奴がいる。

 返還の旅に出ていたのではないか。


「羽を返そうとしたフェニックスが、この動物園に就職したって聞いたんだ」


 はあそうですか。

 鳥にも借りていたんですか。


 無事に返せて、にこにこしている借りパク勇者。

 今日は、無難なベージュのズボンに黒シャツ、巨大な背負い袋といういで立ちだ。


 最近の奴の笑顔は「へらへら」ではなく、「にこにこ」も増えてきた。

 まあ、実際にちゃんと返せたのが嬉しいんだろな。


 しかし、普段使うものならまだしも。

 一体何であんな使わないものを、大量のものを抱え込むのかはさっぱり理解できない。


 さて、気を取り直してもう少し聞こう。

 なになに?


「おん」

「先週、自分たちが就職した時に、彼は寝ていたと」

「おん」

「そして、同時期に入園した他の動物たちと共に、

 金バッチの男に台に乗せられて連れて行かれたと……ええ!?」


 まさか。

 悪の肉屋か。


 私の動揺の後ろで、たくさん子供を連れたお母さんたちが、姦しくおしゃべりをしている。


「ねえ聞いた? ここの園ってしょっちゅう展示動物とモンスターが変わるって」

「私、悪い噂を聞いたことがあるのよ。

 確か同じ品種がたくさん集まると、一部を肉屋に売り渡している輩がいるって」

「え、やだなにそれ……。あ、最近山猫バーガー行った?」

「うん。子供がせがむからついつい行っちゃうのよね。子供セットとかあるし」


「……最近、バーガーの肉質が変わったと思わない?」

「確か原料のカウカウが品薄だから、ビックピッグも配合しているって張り紙があったけど」

「その肉、どこで買ってるのか気にならない?」

「え、まさか」


 まさか。


 頭が真っ白になる私を、フリッツは冷静になだめる。


「チサ、不安になる前に疑問から解決するんだ。

 まずはレムのところに行ってみよう」

「わ、分かりました……」


 よれよれな私をフリッツが引きずって連れて行く。

 「抱き上げようか」とも言われたが、全力で断った。






 特に語ることではないが、私は結構な不安症である。

 ミミィや生物もふもふに夢中になっている時は、我を忘れてるので問題はない。

 だが、通常はあれこれと心配しては、悪い方向に想像するのが得意だ。


 今、私の頭の中はこうだ。


 (スタート)動物園は悪の肉屋と繋がっていた


 → ケルベロスもムッチもラブリも秘密裡に肉屋に売られてしまう。


 → うっかりネロ少年も売られてしまう。


 → 口には言えない何かにされた彼らは、山猫バーガーのパテとなり……。 


 → 私はこの間、Wピッグバーガーを食べた。


 → ギャー


 真っ青に変化していく私を、フリッツはスルーする。

 下手な慰めも効かないことは分かっているのだろう。




 山猫バーガーの裏口に着く。

 果たしてその妄想は、目の前にあった。


 金のバッチのブッチャーさんがにこやかに肉入りの箱を持ち、裏口のレムと商談をしている。


 そして、ブッチャーさんの脇には。

 ケルベロスが転がっていた。







「ギャー! ケルベロスがっ」

「み!?」


 私はパニくった!

 それはもう、動揺どころではない!

 ミミィがパーカーの胸元から慌てて出てくるが、今の私には何の慰めにもならない!


 なんだ、と二人がこちらを振り向く。

 悪鬼だ。

 悪鬼がこちらを見ている。


 全身が震えて、冷や汗が大量に吹き出る。

 血の気が一気に下がり、めまいが……。


 フリッツが慌てて私を抱きかかえる。


「チサ、落ち着いて! あれ生きているから! 生きているケルベロスだから!」


 しっぽを見ろ、と言われ朦朧とした視界の片隅で、ぶんぶんと振られる素敵しっぽを見た。

 しっぽ。もっふもふな大きなしっぽ。

 元気に揺れる、ケルベロスの……。


「はっ」

「良かった。我に返ると思ったよ」


 後ろから抱きかかえられていた私は、奴の厚い胸板に感謝した。

 意外にこいつも役に立つな。




 肉を戦士げぼくたちが、店の中に運んでいく。

 レムとブッチャーさんがこちらに来た。


「まさか私たちが、悪の動物園の関係者だと思っていません?」

「ぼくも困っているんだよね~。肉屋の風上にも置けない連中と一緒にされてさあ」


 二人は、最近の噂の被害者だった。


 ブッチャーさんの馬車からは、ネロ少年が出て歩いてくる。

 変わらず気弱そうで、大きな帽子をかぶっている。

 だが、色つやが格段に良くなっているようだ。


 足元にはムッチとラブリもいた。


「ブッチャーさんとルーさんに助けてもらったんです」


 どうやら、動物園と悪の肉屋が繋がっているのは本当だったようだ。

 実際に、ケルベロスたちは新入りが入ると同時に、眠らされた。


 そこにブッチャーさんが助けに来ていたという話らしい。

 庶民の味方ブッチャーさんは、肉屋協会を通じて、悪の組織を追っていた。

 食肉の尊厳にかかわる問題だと義憤を抱き、日々戦っているらしい。


 そしてレムは……。


「元四天王の仕事じぎょうを邪魔されたとあっては、生きていてもしょうがないですよね。

 思い知っていただきました」


 はんなりと微笑んだ。


 もう事件は全て終わっていたようだ。

 あの動物園は今度、山猫バーガーの母体である、山猫グループに吸収されるらしい。

 あの時の戦士げぼくたちが、いい仕事をしているようである。


 ミミィとリンクスが体をすり合わせてご挨拶をしている横で、

 ネロ少年が言う。


「今まで肉屋さんのことを、誤解していました。

 僕よりもちゃんと、生き物のことを考えていらしゃったんです。

 しかも、食べ物と家族との境界線もはっきりとしたポリシーがあります」


 生死を司る仕事だからこそ。

 より真剣に生き物のことを想い、暮らす。


 誰でもができることじゃない。


「僕は弱いです。一人だって立てない人間です。

 ちょっと生き物たちを呼び出すことが、得意なだけ。

 対価なしで一緒に生きることが、こんなに難しいなんて知りませんでした」


「そんなこと言うな」

「我々は家族と言ったじゃないか」

「対価なんて、そもそもないんだ」

「ブピ!」

「!」


 励ましてくれる家族に、ネロ少年は力づけられる。


 だからこんどこそ僕が、自分の意思で仕事を選ぶ。

 そう、彼は宣言した。


「少し怖いことがあっただけでケルベロスのお腹に隠れて、やり過ごすことしかできませんでした。

 だから今度こそ。僕は真正面から生きる物と対話していきたいと考えています」


 帽子を外し、隠していた顔を晒す。

 幼い顔には、強い決意が灯っていた。


 そして、なんと。

 彼らは肉屋に就職することにしたのだ。






 帰る前に、山猫バーガーで夕飯にした。

 もう、家に帰って作るのも面倒だったからだ。


 しかも下手にこいつ着いて来たら、隙を見て夕飯が全滅しかねない。


 フリッツのおごりで(当然だ)、山猫バーガーレディースセットを頬張る。

 少し小さいサイズだが、レギュラーサイズとあまり値段が変わらないのが解せん。


 セットのコーヒーを、外を見ながら飲んでいたフリッツにお礼を言う。

 

「今日は色々とありがとうございました」

「俺は何もしていないよ。ただ動物園に行って、山猫バーガーに行っただけだから」


 フリッツは、なんでもないことのように言う。

 外を見ている横顔は、パッと見ると近寄りがたい。


 実際に。

 こいつは本当は、人付き合いが得意な方ではないのだろうな。

 最近になって気が付いてきたことだ。


 今なら言えるかも、と口が開く。  


「なんでいちいち、私に付き合ってくれるんですか?」


 なんでいちいち借りパクするんですか?

 とは別に。


 他人への評価とは別に。

 私はちゃんと彼について、彼自身の言葉が聞きたかったのだ。


 すると予想外に。

 彼は逡巡した。


「なんだろうね」


 頭の奥でバラバラになって、言葉にならない感情を、必死にかき集めているような。

 にじみ出る言葉を拾おうとして、全然掬えないないような。


 コーヒーをテーブルに置く。


「チサは喜怒哀楽がはっきりしているから、一緒にいると面白いんだ。

 感情が伝染するというのかな。

 一人でいる時よりもずっと楽しいし、毎日を楽しく暮らしているって実感するよね。

 

 ああ。これが、ふつうなのかって」


 借りパク勇者が言う「ふつう」。

 この職場に来る前に、王様にお願いしたという「ふつう」。


 この時は、そこまで考えてもいなかった。

 彼にとって、この言葉が唯一の執着であり、何よりも深い傷なのだということを。






 後日、王立人材斡旋所にお礼に来たネロ少年とケルベロスたち。


 最悪のところを紹介してしまい、ショックを受けていたユーランは、ラブリの慰めに大分助けられていた。

 斡旋所としても、ほっとしてた。

 悪徳動物園あくとくぎょうしゃがなくなり、肉屋にもネロたちもみんなが上手くいったのだ。

 こんなに見事に解決することは滅多にない。


 フリッツは、良かったねとだけ言って、あとは興味がないようだった。


 彼はピンクスライムを、魔法書と書類の山に鎮座させている。

 その雄姿を上下左右に眺めながら、名前を必死に考えていた。


 ちゃんと頑張っているので、その書類は私のだと怒ることは止めてやった。



 

 そして。

 ネロ少年は唐突に、私に話しかけた。


 ミミィは私の胸ポケットで、どうしたの? と首を捻っている。

 うん、可愛い。


「あのチサさん。

 以前来た時から、その猫又と普通に会話していましたよね。

 さらに僕が召喚したムッチとラブリとも話せていますよね? 

 どうしてそんなことが出来るのですか?」


 何を言いたいのか、さっぱり分からない。


「え、こういうのは慣れじゃないの?」

「違いますよ。

 いくら召喚されて知恵がついた動物とはいえ、言葉を理解することなんてできません」

 ケルベロスだって、あの個体が特別なだけで、本来は会話は不可能です」

「そういうものだったんだ~」


 動物園の他人たいぬのケルベロスは分かったけどなあ。

 そう思い返す。

 

 胸ポケットのミミィに、だって分かるよねと聞くと、「みぃ」と答える。

 うんそうだよ、と言っているのが分かる。


 ネロ少年はその様子を見て、顎に手をやる。

 少し考え込んだのち。

 私にこう、提案したのだ。


「チサさん。召喚術をもう少し、本気でやってみませんか?」


 チサさんなら、かなりの所に、いけるかもしれません。


 意外な彼の申し出に、今度は私が、目をぱちくりさせる。

 ミミィが胸元で、「み!」と賛成した。



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