動物園の採用枠はいっぱいです(前編)
「どうしても動物園に入りたいんだ」
「なんとか檻の枠はないか」
「できれば、家族との住み込みがいいんだが」
本日の、人材斡旋所の窓口。
天井を覆うばかりのケルベロス。
三つの頭がそれぞれ言った。
後ろには気弱そうな男の子がいる。
ミニピッグとミニラビットを両腕に抱えて、肩身を狭くしていた。
ぶかぶかの上着に、よれよれの七分丈ズボン。
大きな帽子を被って、顔は見えない。
ユーランは履歴書を見ながら、えーと、と質問する。
「就職希望はケルベロスさんの方で宜しいんですよね」
「ああ。履歴書にある通り、ケルだ」
「ベロだ」
「スーだ」
そして併せてケルベロス。
ひどいネーミングだな。
ケルベロスのしっぽをチラ見しながら仕事をしていた私は、思わず突っ込みを入れる。
ケルベロスは続ける。
「後ろにいるのは我々の家族だ」
「ミニピッグがムッチ、ミニラビットがラブリ。ついでに人間がネロだ」
「全員入れる檻がいいんだ」
人間がおまけか。
というか、全員檻の中ってなんだ。
ケルベロスの耳のもふもふ具合を眺めながら、再度の突っ込みを入れる。
しかし、黒と灰と白。
いい毛並みだな。
「チサ。紙にインクがにじんでいるよ」
「は」
あわててインク吸いを使う。
フリッツに突っ込まれてしまうなんて。
私は相当、気を抜いていたようだ。
続けて聞こえてくる話によるとこうだ。
三匹(頭を入れたら六匹)は召喚獣らしい。
モンスターであるケルベロスが一匹と、動物であるミニピッグとミニラビット。
戦争中、天才召喚師・ネロ少年によって召喚されてきたと言っている。
当時はもっと多くの召喚獣がいたらしい。
しかし戦争が終わってから、力のあるモンスターはさっさと帰って行った。
軍の協力なしでは、彼らに契約通りの対価は払えないからである。
そしてネロ少年の元に残ったのはムッチとラブリ。
彼らは、元の世界ではとても弱い個体だった。
元来た場所に戻ったら、生存競争で即死するくらいに。
結局、少年の手元に残ることになる。
だが戦争が終わり、少年は軍の契約を失い無職になった。
生活は一気に困窮する。
ケルベロスは召喚術を使い始めた頃、最初に召喚されたモンスターらしい。
彼は召喚主の不器用さを、見るに見かねた。
仕方なく、野宿や狩りで彼らを養っていたそうだ。
召喚師は、ただ生き物を召喚できれば良い仕事ではない。
相手との対等な、契約と報酬。
ちゃんとした報酬を用意できない召喚師は、使役獣に逃げられる。
契約が成り立ったら、次には彼らを養う必要がある。
あまり、儲かる仕事ではないのだ。
ケルベロスは言う。
「ネロは先日、最後のグリフォンに退職金を払ってすっからかんなのだ」
「我らがしばらく野宿と狩りで食わせていたが、ひ弱で王都育ちのネロはすぐに倒れた」
「動物園なら、三食昼寝付きで野外で狙われることもないと聞いた」
だから。
我らを全員檻に入れてくれ。
ユーランは困った顔をした。
「困りましたね。動物園は同じようなことを申し出る方々でもういっぱいなんですよ。
動物枠もモンスター枠はもうありませんね」
いっぱいいるんだ!
「保護団体の施設も、いっぱいだった」
「伝手もないから困っている」
「住処がつく上に定期収入がある動物園が、ありがたいんだ」
きゅうんとうなだれる、三つの頭としっぽ。
なんて可哀想なんだ!
私は同情した。
だが。
だからといって私のアパートに住ませるには、ケルベロスが大きすぎる。
でも、天井にちょっと穴を開ければもしかしたら……。
隣りから呆れた声がする。
「……チサ。まさか彼らをアパートに住まわせようなんて思っていないよね」
「ナニヲイッテルンデスカワカリカネマスネカリパクサン」
右下の引き出しからは、「みー!」と抗議の声がした。
ミミィは「浮気者!」と言っている。
ああごめんねミミィ!
そんなつもりもなかったんだ!
ただ、あまりにも見事な毛皮が……。
そこに、事件が起きた。
人材斡旋所の入り口を、ある男がくぐってきた時。
ケルベロスとネロ少年たちが激しく動揺を起こしたのだ。
「ひいっ」
「プギ!」
「!」
悲鳴を上げる一人と二匹。
「落ち着け! ネロ、ムッチ、ラブリ。あれは俺たちの知っているやつではない!」
「そうだ、落ち着け。恐ろしいあいつらではない」
「恐ろしいあいつらはここにはいない」
ネロ少年がケルベロスに抱き着く。
ケルベロスが毛を逆立て、より中のお腹に抱きつかせた。
ムッチとラブリがネロの上着の中に無理矢理入ろうとする。
ぶかぶかの上着がパンパンだ。
くるんしたしっぽとまん丸なしっぽが、はみ出ている。
なんてことだ!
可愛いぞ!
フリッツがつぶやく。
「あれは……肉屋のブッチャーさんだね」
胸元に燦然と輝く肉屋の金バッチ。
名誉ある金バッチを付けて歩いてきたのは、肉屋のブッチャーさん。
大きなお腹とまん丸な血色の良い顔が、とても愛嬌ある御仁だ。
八百屋の隣にある、[ブッチャー精肉店]の店主だ。
特売もよくやるし、一人暮らしの小分け包装にも対応している。
町の庶民に人気のお店だ。
私もよく利用させていただいてる。
彼はおびえる召喚術師一行に気を留めず、レティが担当する隣の窓口に座った。
「ブッチャー。待っていたぞ。新しい店員の募集だな」
「うん頼むよ~。町の人口が増えて、お客さんがいっぱいなんだよ」
ホント手が回らなくてさ。
そう言ってペンにインクをつけ、募集の手続を始めるブッチャーさん。
「そういえばさ」
書類に記入をしながら彼は言う。
「最近、肉が足りないんだよね~」
びくり。
なぜか、召喚術師一行がびくつく。
「今はさ、町の再建と増築で、狩人が減っちゃってさ。
やっぱ人って割が良いとこ、行っちゃうんだよね~」
「仕方あるまい。その分店の売り上げも増えただろう」
レティが他の求人票の募集要項を見る。
「とにかく仕入れが間に合いそうになくてさ、やばいんだよな~。
牧場だって、ここの領主は頭悪いから、家畜の導入とか失敗してるじゃない?」
「それでどうするんだ」
ブッチャーさんが間違えた字を訂正する。
「とりあえず代替肉だよね~。
最近はワニトリ、ビッグピッグ、カウカウ以外にも、ミニピッグとか」
びくり、とネロ少年の右側の上着の膨らみが跳ねる。
「ラビット全般とか」
びくびく、とネロ少年の左側の上着の膨らみが跳ねる。
「あと、出来るだけ手を出したくなかったけど、犬や犬系モンスターとか」
ぎょっと、ケルベロスの毛が逆立つ。
「ホント。今の王になってようやく物流も良くなったじゃない?
なのに一気に品薄になってきちゃってさぁ。困ってるんだ」
ネロ少年がケルベロスの腹毛にギュッと埋もれる。
あ、うらやましい!
「本当に、肉が欲しいよ。肉、肉、肉。肉が欲しいんだよね~」
ブッチャーさんが、ため息をつく。
すると同時に、バタン、という派手な音がする。
皆の視線が集中した先には、ネロ少年が泡を吹いて倒れていた。
顔を前足で覆って怯えるケルベロスに、押しつぶされて。
「大丈夫かい、お兄ちゃん。肉が食い足りないんじゃないかい?」
ブッチャーさんの声は、彼らには全く届いていなかった。
大きなソファの置いてある休憩室。
ようやく起き上がったネロ少年が、ユーランに差し出されたお湯を飲む。
帽子を取ると、黄土色の髪に幼い顔の、男の子だった。
十二歳くらいだろうか。
そして、青ざめた顔で説明してくれた。
「悪の肉屋に、ずっと追われていたんです」
「悪の肉屋?」
私、ユーラン、レティ、フリッツ。
最後のやつは全く要らないが、勝手についてきた。
「やつらは【人生は肉食系】をモットーとしています」
「それだけ聞くと、普通に元気そうな人たちだよね」
ネロ少年は首を振る。
「ただ、それだけではないんです。
やつらは【人はパンのみに生きるにあらず、ひたすら肉を食って過ごせ】という、恐ろしい不文律があります。世界中の人に三食肉食の生活をさせようと知恵を働かせているのです」
「それは、ちょっと……」
ユーランの顔が引きつく。
ロップイヤーラビットの獣人である彼女は、ベジタリアンだった。
彼女の膝の上では、なついたミニラビットがすぴすぴと寝ている。
「しかし今は肉の供給難です。狩人も減り、彼らの野望を支えるだけの肉が足りません。
————そこで目を付けたのが召喚師でした」
召喚師に異世界の動物やモンスターを召喚させる。
そして、奴らが契約によって気を許したところで、殺る。
『出来るだけ肉がたくさん取れるようなものを召喚しろ』
『臭いものはダメだ。
ピッグやラビット、カウカウなどの食肉に近い奴らを引き込むんだ』
「僕はずっとやつらに目を付けられて、追われていました。
そうはいっても貯金もあまりなく。
……情けないことですが、僕には甲斐性がありません。
ケルベロスに養ってもらうのが、やっとなのです」
うなだれるネロ少年。
「気にするな」
「腐れ縁だ」
「我々は家族だ」
「ブピ」
ケルベロスやミニピッグが、落ち込む少年を慰める。
「召喚によってこの世界にきた者は、召喚師の魔力の影響を受けます。
大抵は知恵がついたり、話せるようになったり。
何かしら能力が上がるんです。
彼らは使役獣と呼ばれることもありますが、
この世界に呼んで、向こうが了承したからには対等の立場です」
ソファーの上に置かれた、ケルベロスの前足を優しくさする。
「召喚し、この世界に留める契約をするということは、
お互いの信頼関係が成り立って初めてできるんです。
食べる目的で召喚して、信頼させて殺すなんて。
人のすることではありません」
女性陣は皆、ネロ少年の苦労を忍び、悪の肉屋への憎しみを募らせた。
特に私は怒りが止まらない。
ただ、隣の奴の反応はいまいちだ。
へえそうか~と言葉にはするが、共感が低い。
ネロ少年と召喚獣の皆さんには、とりあえず帰ってもらった。
動物園の募集を中心にもう少し求人網を探してみる、とユーランは言う。
ミニラビットに親近感を感じたようだ。
それにしても召喚獣は信頼があって初めてこの世に留まれる、か……。
そうなると、私とミミィは相思相愛だな!
「みゃあ」と可愛く鳴くミミィを頭に思い浮かべ、でへへと顔が崩れた。
あれ?
そうなると……。
私は隣で淡々と仕事をしている奴を見。
更に、右奥でせっせと掃除をしているピンクスライムを見る
フリッツのピンクスライムも、フリッツのことが好きなのだ。
あいつだってなんだかんだいって、悪い気はしないから置いてあるわけで。
ふと思いついて声を掛けた。
「フリッツさん」
「なんだい? チサから声を掛けるなんて珍しいね」
「ピンクスライム君ですけど」
「ん?」
一生懸命掃除をする、ピンクスライムをじっと見た。
「名前をつけてあげませんか?」
「え? 名前かい?」
まさかそんなことを聞かれるとは、思ってもいなかったのだろう。
目をぱちくりさせて、私を見返した。
数日後。
彼ら(主にラブリ)の必死の姿に同情していたユーランが、ネロ少年たちを呼び出した。
「動物園の枠がありましたよ!」
「本当ですか!?」
喜色満面になるネロ少年。
「民間ですが、戦争の迷い動物やモンスターを積極的に保護して、展示をしている動物園です。
あまりお給料は良くないですが、保障は悪くないと思います」
ケルベロス、ムッチとラブリも喜び跳ね上がる。
「ただ、全員檻に入れるのは無理らしいです。
ケルベロスさんは大舞台、
ムッチさんとラブリさんは子供広場、
ネロさんは飼育員としてどうかと打診が来ています」
「素晴らしい!」
「理想的だ!」
「これでみんなで、屋根付きの暮らしだ!」
ユーランの話に全員のテンションが上がる。
ただ、とユーランは付け足した。
「ただ、ちょっとここの園には気になる点があります。もう少し調査してから案内を……」
「いや、このチャンスは逃したくない!」
「今こそ屋根付きだ!」
「早く内定を出してくれ!」
早く早くと急がすケロベロス。
ユーランは形の良い眉を下げ、ネロ少年に確認する。
「はい、僕もそれでいいと思います。
早く、ケルベロスを楽にしてやりたいんです」
とんとん拍子に彼らの就職は決まり、数日後には職場に去っていった。
職場の皆も良かった良かったと、温かい空気に包まれた。
しかし。
物事はそう簡単には上手くいかなかったのだ。
一か月経ち。
私が動物園に、なんとなくケルベロスのしっぽが見たいなあと、出かけた時。
気が付いてしまったのだ。
ケルベロスの檻にいるものが、私の知っているケルベロス本人ではないことに。




