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<閑話> ある男の病(やまい)について

 町にとある病が流行りだした。




 出勤の道のり。


 町の石畳を歩いていると、お店が軒並み閉まっていた。

 八百屋さんも、ちょうど閉めようとしているところだった。


「おはようございます」

「おや、チサちゃん。もう店はお休みだけどごめんね」

「皆さんも罹ってしまわれたんですか?」

「ああ。私以外はみんな倒れちまったよ。仕入れ先に行ってもひどいもんだ。

 チサちゃんも仕事なんて行ってないで、家で休んだ方がいいよ」

「ありがとうございます」


 そうして、ようやく斡旋所の入り口にたどり着く。


 大きな声に後ろを振り向くと、学校が休みになったらしい子供たちの群れ。

 閑散とした広場で、これ幸いと遊んでいた。


「リッター、あたしのスライム返してよ!」

「別にいいじゃん」

「バカだなあ、リッター。ハナのものばかりを取り上げて。色々モロばれだぜ?」

「うっせーよ! そんなつもりじゃねえよ!」

「院長せんせー! リッターがあ!」

「ばか! 院長先生にちくるなよな!」


 向こうの角から、初老の人のよさそうな男性が歩いて来る。


 子供たちは一斉に、院長先生と呼ばれた男性に群がる。

 同時に五人六人としゃべり出すから、もはや聞き取れるという問題じゃない。

 子供たちは元気だ。

 



 一方こちらは……と職場のドアを開けると、見事な開店休業中だった。




 流行病の被害は、王立人材斡旋所でも例外ではなく。

 昨日から職場の殆どの職員が病欠している。


 この流行病は、十年に一回くらい起こる、国では有名なものだ。

 滅多に重症化することはない。

 ただし、感染力は抜群だ。

 十年前は私も倒れた記憶がある。


 今回は運よく免れたが、周りは殆ど全滅である。


 職場に来ていたのは、私とフリッツ、レティ。

 所長も上司も、ユーランもおらず、客すらいない。


 本当に閑散とした職場だった。

 とりあえず荷物を置いて、席に座る。


 すると机の上には小さな魔法陣が浮かび上がり、そこから女史の声がした。


『ゴホゴホ。私は休みますわ。

 いいこと? フリッツと二人きりだからって余計なことはしないでくださる? ゴホ』


 いや。むしろこんな時だからこそ。

 奴を無理やりにでも、自宅に連れ込んで欲しかった。



 

 勝手に貞操を心配されている奴はというと。

 少ない仕事が一瞬で終わり、ピンクスライムをびよんと伸ばして暇つぶしをしていた。


 なんとなく、スライム君がいやーんと言ってるような気がする。


 最近のミミィもそうだが、最近は妙にモンスターたちの声が推測できるようになってきた。

 これも慣れか。




 ゴシックオーバーオールを着たレティが、こちらにやってくる。


「チサ、もう客はいない。むしろ業務をしている方が面倒だ。斡旋所ここは休業にしよう」 

「ここ王立ですよね。いいんですか」

「職員は全滅したと書けばでも問題ない。今は終戦後だからな、適当に信じてくれる。

 フリッツ。この建物の全部のドアを閉めて、看板を下げてきてくれ」

「そうだね」


 先輩レティの指示に、フリッツがピンクスライムを机に戻す。

 私のサンダルをつま先に突っかけて、外の入り口に向かった。



 

 私の罵声を背中に浴びながら、去っていく後姿。

 隣にいた、レティが言う。


「ところで、チサのケット・シーだが」

「はい」

「みゃ?」


 呼んだ? とミミィが、私のマグカップから出てきた。


 カップにぬるま湯が入っていたのに!

 危なかった。お湯でなくてよかった。


 だが、ミミィは、濡れそぼって小さくなっていた。

 濡れケット・シー!

 イイ。


 プルプル体を震わせ、水滴を飛ばす。

 被害に遭う私とフリッツのファイルと書類。


 だが、濡れケット・シーの愛らしさを前にしたら、字の滲みなどどうでもいい。

 特に借りパク野郎のものは、もっと濡らしてやろう。


 私はミミィを持ち上げて、奴の書類の上に載せようとした。 

 

「チサ聞け。チサのケット・シーは公然の秘密になっている。

 だが、そもそもこの職場には、隠れてペットを飼っているものは結構いる」

「そうなんですか!?」

「チサは鈍い。だから全く気が付かなったのだろう」


 そう言われると、何も言えない。


 まずほらそこに。

 そうレティが、指を指した観葉植物の植木鉢。

 

「あそこにいるのはキノコのモンスター、マタンゴだ」


 近づいて根元を見る。


 そこにはどす黒いキノコがちょこちょこと、何匹も蠢いていた。

 あ、今胞子吹いた。


「胞子を吸うなよ。仲間にされるぞ」

「物騒なもの飼わないでください!」 

「次に、あの窓」


 私の抗議をスルーして、レティは近くの窓を指さす。

 

「よく見ろ。透明トカゲが張り付いている」


 言われてよく見ると、光に反射して鱗のような輪郭が見える。

 

「あれは育つとこの部屋よりも大きくなる」

「ダメじゃないですか!」


 見えない私は確実に潰される。

 

「チサが知らないだけ。皆割と自由にやっている」

「知りませんでした」


「ああ、だからあまり気にすることはない。

 ただ、問題はチサの能力だな。

 引き出しでケット・シーなんて普通は飼えない。

 窒息する。


 異空間魔法なんて、いつ身に着けたんだ」


 マタンゴと遊ぼうとしていたミミィを、そっと抱き上げる。


「ううん。この子の能力です」


 ミミィを前に出されて、微妙な表情をしながらため息を吐くレティ。


「……特異点のようなモンスターと普通に暮らしているとは。チサはつくづく平和だな」

「いきなりなんですか!」


 私の抗議に、レティが続ける。


「チサは公務員のⅢ種を受かって、ここに来ただろう?」

「そうですけど」

「この職場、チサ以外にⅢ種はいないぞ」

「え?」

「この職場はエリートが多い。

 殆どがⅠ種Ⅱ種で、戦争の前線経験者だ。指揮官クラスも結構いるな」


 ちなみにうだつの上がらないお前の上司は、騎士団情報部の高官だった。


 レティが暴露するその事実に、己の目を疑う。

 全く印象に残らない、延びきった顔を思い浮かべた。


 




 レティがオーバーオールのポケットから、星の形の髪留めを取り出した。


「これは、借りパク勇者が、ようやく私に返した髪留めだ」

「え、なんでそんなものを借りていたんですか」


 自分には意味もないし、必要だってないですよね?

 

「それがあいつの病だ」


 病?


「返し始めたということは、ようやくあいつの心の傷も癒えてきたと言える」

「傷、ですか」

「ああ。だからそろそろ、チサにも教えてやろう。

 ルードの病気についてな」






 レティはさほど大きくもない職場を見回す。


 外側はレンガ造り。

 中は壁一面に書類を入れる木の棚。

 ところどころの壁には、古い建物である証拠のひび割れも見える。


「ここは、賢者が用意した勇者のリハビリ施設のようなものだ」

「勇者って、フリッツのことですよね」

「ああ、そうだ」


 レティは所長室を見る。


「チサ。所長の名前を知っているか?」

「ええと、所長はスーナーさん、ですよね」


 この国では種族によっては苗字がない。


 さらに人間族の場合。

 魔法使いの一部や司祭、孤児院出身のものは苗字を名乗らないという不文律がある。


「所長の本当の名前はスーナー・ルードだ」


 ルード?


「え、そうなんですか!?」


「所長は賢者になる時に、一度苗字を捨てたらしいがな。

 だが、改めて戦後に王から苗字を拝領した。

 そして、すでにいい大人になっていた勇者に与えた。

 この意味は分かるか?」


「養子……ですか?」

「そう、養子にしたんだ。あいつは元々孤児でな。

 しかも人として最低限の条件である魔法がない。

 だから元々、壁代わりの一兵卒として、戦場の最前線に送られるはずだったんだ」


 フリッツが元孤児。


 【勇者道中膝栗毛】には、隣国の町民出身としか書いてなかった。

 なぜ、正しい記載をしないのだろうか。


「当時はあいつなりに、運命に逆らおうとしたらしい。

 だが、結局。国の選定で勇者さいていへんのしごとに任命だ。

 十五歳からずっと、戦争の最前線。

 激戦が生じる度に、必ずその地に送り込まていた。


 私も一時期、魔族出身者としてスパイ活動をしていた。

 だからあの頃はよく知っている」


 あいつの借りパク癖は、あの頃から始まっているんだ。






「どうして」


 茫然とする私に、レティが続ける。


「どうして? 

 ただでさえ、生まれてからずっと最底辺を味わっていた。

 さらに十五歳の子供が、戦場で人を殺しまくったんだ。

 多少心のねじが狂ってもおかしくないではないか」


 おかげであいつは少し、自己と他人の境界線があやふやだ。


 しかもあいつの自己評価は、実際はとても低い。

 だから、自分のものはどうでもいいけど、他人のものもどうでもいい。 


 貸してくれたり好意を与えてくれるは、嬉しいから、借りて置く。

 でも、それだけ。




「守られて、平和に暮らしていた連中が憎いわけではない。

 同情が欲しいわけでもない。

 だが、知ってほしいんだ。特にチサにはな」


 レティの話す、フリッツの過去の姿。

 全く知らない誰かの話を聞いているようだった。


 いつだってフリッツは、笑っている。

 そして私をおちょくっては、楽しそうにしているのに。


「あいつは大分落ち着いた。奴の借りパクは殆ど収まっている。

 しかも返すことも出来るようになってきた」


 なに?

 それは聞き捨てならない。


「私はめちゃくちゃ被害に遭ってますよ!?」

「被害といったら被害だが。職場の連中は、微笑ましくチサのキレっぷりを見ている」

「ひどい!」


 職場の連中は非道だ、血も涙もない!

 私が怒ると、レティはいや、そう怒らないでくれと続ける。


「今のあいつの借りパクは、理由が全く違う。

 『チサのだから』使ってみたいだけだ」


 今のあいつは、小さい子供だ。

 小さい男の子が、女の子にやる稚気じみた病に、掛かっているんだ。




「それって……」

「チサだけだ。もう気がついてはいるのだろう?」

「でも……」


 そう逡巡する私に、終わったよ、と噂の主が歩いて来る。


 のんびりとした元勇者おおきなこどもの足元の、私の花柄サンダル。

 サンダルのバンドの端が、大きな足のせいでちぎれかけていた。




 でも。

 やはり、許せん。


 成長?

 子供?

 見守る?


 今大人になるべきはそこからじゃないのか!?

 今から全方向の借りパクを直せよ!


 わなわなと震える私の両手。




 ピンクスライムと遊んでいたミミィも、私の様子に「み?」と小首を傾げるのだ。

 

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― 新着の感想 ―
[良い点] すごくいろんなタイプの人がいて面白くてスラスラ読めちゃいます! [気になる点] つまりは「あいつは不幸なやつだから、お前はあいつに不幸にされてもそのまま犠牲になってくれ」ってことですよね……
2023/05/07 02:02 退会済み
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