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注文の多い雇用主(前編)

 世の中に注文の多い就職希望者は、星の数ほどいる。


 世間の平均よりも多くの金が手に入り。

 より楽に、仕事が出来て。

 自分でなければ嫌だと言われ。


 ついでに職場内で誰よりも成果を挙げ、同僚に一目置かれていれば、優越感も満たされる。




 人間の欲には限りがない。


 さらには職場や職種の名前。

 親戚や友人、ご近所、知らない人たちと、取り巻く周囲に羨ましがられれば、完璧だ。


 主婦の場合は、そのまま旦那じぶん肩書ままともたいさくとして変換される。




 そして最低限。

 職場が潰れず、自身もくびになることがない仕事。


 そんな仕事に、みんなは就きたい。




「つまりは公務員だよね」

「フリッツさんの場合は全く参考になりませんね」


 休憩室。

 お弁当をつつきながら、ユーランとレティとおしゃべりをしていた私は、女子の輪に突然入り込んだ珍入者しんにゅうしゃに迷惑をしていた。


 どう考えても、やつの狙いは私の弁当と残りのドーナツ。

 奴の目線は私の花柄巾着。私は必死にそれを守っているのだ。




 週一勤務の第三倉庫で、唯一の上司サマランチに、休み中に作ったドーナツをあげた。

 するとそれを見た旅帰りのフリッツが、大いに不満を述べる。


 一応本人の分も作ってはあったのだ。

 だが、真っ先に私の机の上の紙袋を狙ったために、全てをサマランチにあげてしまった。


 順番を守れない男なぞ信用せんわい。


 フリッツは愕然として、サマランチの持つドーナツを分けてくれと頼む。


 だが長年、モテすぎて当てつけか!という目に遭わせてくれた友人に復讐するチャンスを得たサマランチは、生き生きと断った。

 そして何度もまとわりつく奴を、全力のひもてのうらみを持って、異空間おとしあなに落としたのだった。


 今日は、残りのドーナツを女子で分けるであろうと予測しての登場だ。




 そんな不審者ゆうしゃに警戒をする私をよそに、レティが最初の話に戻る。

 彼女の白い手元には、小さなメモがあった。


 明日掲示板に貼られる予定の求人票。

 その内容について相談をしていたのだ。


「今日求人票のための書類を持ってきた商会なのだが。

 世界的なハンバーガーチェーンで、この街にも新店を出すらしい。でな、中身が問題なのだ」

 

  募集要項:給料に見合う働きのできる人


「シンプルじゃないですか」

「でも、意味深じゃないかしら? 給料に見合うといっても、具体的なものが何もないわ」

「店主の嫌らしさを感じる。こういう暗号のような文章を書く人間は、後から後から要望を追加する。

 だから今の時点でどう備考を書けばいいか分からん」


 女性三人で頭を抱える。

 しぶしぶ売店で買ったパンを齧っていたフリッツが、メモを後ろから覗き込む。


「ふーん。なんかこういった文面、見たことがあるね」


 そういって巾着に伸びたその手を、叩き払ったのだ。

 





 結局店主がそのままにして欲しいというので、掲示板にはシンプルな文面が掲載された。

 ただ、お店は人気のハンバーガーチェーンの新店。

 みんな知っている有名店ということで、応募は結構多かった。


 「とうとうこの町にもあのチェーンが来ましたね! もう片田舎なんて言われませんね! 自分もしゃれおつなあそこで働きたいですよ!」とは、八百屋の息子さんの言だ。

 あの後女将さんに殴られていた。


 基本の給料も、休日日数も、保障だって悪くない。

 そしてなんといってもボーナスがすごい。

 ここは年一回のボーナス日に、半年分のボーナスをくれるのだ。

 民間の底力恐るべし。


 一日に何十人と、町の中央の出店予定場所で面談を行っていた。

 殆どの大手専門希望者むぼうなちょうせんしゃは、簡単な面接で落ちては討ち死にだ。


 だが、流石は大手と感心していたのは束の間。

 ここの最終面接にまで進んだ者たちが、行方不明という連絡が入るようになる。





 「ちとまずいな」


 みんなが集められた人材斡旋所の会議室。


 議長席に所長が、腕を組んで座っている。

 エヴァ女史も柳眉を顰めて、横に立つ。

 今日の薄いVニットは見事な切れ込みで、目が潰れそうなほどの美しい肌と谷間がのぞいていた。


 行方不明者は五名。

 全員王立人材斡旋所を通じて応募した者だ。


 犯罪が起きているのか?

 王立で審査された求人票のはずなのに?

 まさか、王立人材斡旋所が絡んでいないよな?


 町では行方不明者について、様々な憶測が飛んでいるらしい。

 

「騎士団が動いているんだが、まるで進展がねえ。このままでは王立人材斡旋所おれらまで疑われかねん。だからこっちとしても、独自の調査をすることにした。フリッツ」

「はい」

「やってくれるな?」

「いいですよ」

「ただお前の顔は有名だ。斡旋所の職員として、相手の懐に入れる誰かを助手を数人つけろ。

 とりあえずレティ。身体能力的にはお前が的確だろう」

「わかった」


 隣りに座っていたレティも頷く。

 私は必死に目を反らし続ける。


「あと一人は誰か……」


 なんとなく所長に見られている気がする。

 見られている気がする!


わたくしが行きますわ!」

「エヴァ。お前も顔が割れ過ぎだ。【大英雄】にピンナップまで載っているのだから諦めろ」

「そんな……」


 ショックを受ける女史。

 いいじゃん! グラビア級の美女連れて行こうよ!

 男性店員だったら一発だよ!


 そこに奴が、手を挙げる。


「じゃあチサで」

「分かった」


 所長、分かったって言うなー!


 どうにも、所長は思い違いをしている。 

 私に謝る機会を与える? 誠実な姿勢を見せる? 

 そもそも、借りパク被害者と加害者は一緒に行動してはならんのですよ!


 あんたはフリッツに甘すぎる! 本当に賢者か?


 そして、エヴァ女史の氷点下の瞳が、痛い。


 私の顔を見たユーランが、薄茶のロップイヤーを揺らして立ち上がった。


「所長、ドルテさんは外回りは慣れておりません。営業の方か、または受付をしている私の方が適役だと思います」


 ユーラン!

 私は初めて、女の友情を実感した。






 しかし。

 こうして今、私は噂の開店前の店舗の前に立っている。


 所長が「じゃあ、顔が割れていない所員はみんな使おう」と話をまとめたのだ。

 あっという間に大走査線が出来上がった。

 なら最初ならそう言えよ。


 私はレティと店に連絡をして、まず普通に聞き取り調査に入ることになった。

 お店の名前は『山猫バーガー』。

 全世界に五百店舗ほど出している、最大手のハンバーガー商会だ。

 実に心躍る店名である。看板イラストの野良っぽい猫もイイ。


 「みゃ」と私のパーカーのポケットから、ミミィが顔を出す。

 机の中で自分も連れて行けと鳴きだしたので、ポケットに入れたのだ。


 最近は妙に寂しがり屋だ。

 一緒にいたいと主張することが多いミミィ。




 ミミィが私と行動と常にするようになってから。

 壁やドアの落書きはなくなった。


 ブラジャーは相変わらず見つからない。


 だがサンダルは発見された。

 以前ドアにべっとりついていた、あの血を付けて。

 火事で少し焦げた玄関の前に、転がっていたのだ。

 

 もしかして、ミミィが何かしたのかもしれない。

 でもミミィはまだ子供。


 会話ができないと、色々不便だなと思う。


 




 「人材斡旋所の方ですか?」


 お店から現れたのは、足下までの青いロングドレスの美女。


 肩に白レースのストールを羽織り、足下は細いミュール。

 淡い青髪を首の後ろで緩くまとめていた。

 背が高いが華奢で、しっとりはんなりとした色気を感じさせる。


 同レベル色気でも、肉感的な女史とは正反対のタイプだ。


「ここの支配人をさせてただいております、ルーと申します」


 そして、耳が長い鰭だった。


 ほっそりとした指の付け根には水掻き。

 彼女は魔国のマー大臣と同じ、魚人族のようだ。

 大臣よりは鰭が少なく、より人間族に近い外見だ。


「聞くところによりますと、当店の面接に来られた方が行方不明になられたと」

「あ、はいっ。それで王立人材斡旋所としては、ちょっとお話を……」

「こちらを疑っておられますの?」

「いえっ」


 完全にテンパった私を、赤いタータンチェックのスーツを着たレティが助けてくる。


「つまりだ。こちらもあらぬ疑いを掛けれても迷惑している。お互いに世間の疑惑が晴れるよう情報を教えろ、ということだ」

「あらあら。それはお互いに大変ですね」

「全くだ」


 ピカピカの店内を横切り、応接間に入れてもらう。

 ミミィにはお仕事だからねと言い聞かせて、ポケットの奥に異空間を作って引っ込んでもらった。


 レティが話を切り出しつつ、いなくなった面接者について確認した。



「ところで、あの求人票だが。いささかシンプル過ぎる。具体的に給料に見合う仕事とはなんだ」

「給料に見合う働きなんて、とても簡単なことですよ。

 うちはハンバーガーチェーンですから。

 ただ、ハンバーガーを毎日きちんと売り切れればいいんです」




・ハンバーガーが百個あるなら、その日のうちに百個売り切る。


・もちろん在庫切れを起こさぬよう、予測を立てて材料を準備する。


・他のハンバーガーに浮気をされないよう、いつもブームやイベントを作り、飽きられない工夫をする。


・常に宣伝を書かさず、あらゆる手段を使い、一人一人の日常として刷り込む。


・できれば客を一か月で二倍に増やし、次の新店を増やす準備も始める。




「十二分に難易度高いですから!」


 私は思わず突っ込んでしまう。レティはうなずく。


 それにルーはおっとりと反論した。

 あらあら困ったわと、私たちを見つめる。


「でもね。これが仕事なんですよ」


 お金を頂いているんですもの。


 ぐっと詰まる。

 そう言われれば、そうかもしれないけれど……。


「ちなみに、これがなされない時はどうする?」

くびですね」


 当然じゃありませんか。

 レティの問いに、彼女は平然と答えた。

 

 厳しい。自分は公務員でかつ事務職で良かった。

 そんな気持ちでいた私に、ルーが付け加えた。


「ああ、そうそう。でもこのノルマが出来そうになくても、とりあえず採用する条件はあるんですよ」

「ほう。それは何だ」

「ちょっとした、度胸試しですね」


 彼女が案内したのは店の奥。

 金属でできた重そうなドアを開く。


 異空間魔法を使ったらしい部屋は大きなホールになっていた。

 真ん中には猫の形をした二階建ての家がある。

 何あれ! 耳が出てる! 前足がある!


「モンスター・ハウス『やまねこくん』です」


 ルーが、いざという時の対応力を図るために使っていますと、簡単に紹介する。


「チサ、よだれが出ている」

「はっ」


 とにかく、変わった雇用主であることは分かった。






 私たちが『やまねこくん』に近づくと、一階の屋根についている猫の目がこちらを向いた。


 どきっとする。

 だがこの場合のドキはトキメキの方だ。


 すると私のポケットの中から、二本の白いしっぽが覗く。

 『やまねこくん』がびくっと揺れた。


 揺れに気付かなかったルーは、『やまねこくん』のドアに手を掛けた。

 よく見ると、ドアノブが三毛猫の前足。

 なにそれ素敵。


 開けると、そこには立て看板が掛けてあった。


 【条件のいい所に就職したい方はお入りください】  




「モンスターハウスという生き物ですので、この中で圧迫面接を味わっていただき、それでも就職したい方を最終的にふるいに落とすのです」

「なんともすごいな」

「でも、うっかり中に潜んでいる『やまねこくん』の核に、フライにして食べられてしまうこともあるので注意が必要です」

「なるほど。その五人はフライになったのか。ならばしょうがないな」

「しょうがなくないですから!」


 レティが帰ろうとしたので思わず止めた。

 よく考えたらレティも魔族、少々人間族とは違う常識で生きている。


 この町も私が小さいころには、殆ど人間族しかいなかった。

 だけど、獣人の住民が増え、レティやデュラハンのカイネさんのような住民もやってくるようになった。

 毎日の生活の中で、ちょっとした文化や価値観の違いには驚かされる。


「そんなことはしませんよ。近い将来お客さんになる方々ですもの」


 私たちの漫才に、ルーがコロコロと笑った。

 レティが再度質問する。

 

「ではここを通ったと思われる五人は、どこに行った」 

「さあ?」


 ルーはおっとりと首を傾げて笑う。




「みい!」

「ミミィ?」


 突然、ミミィがポケットから飛び出した。

 ちっちゃな四肢をしっかりと地面につけ、『やまねこくん』を見上げる。

 『やまねこくん』がびくっとした。


 ミミィが一歩近づく。

 『やまねこくん』が一歩下がる。

 ミミィが二歩近づく。

 『やまねこくん』が二歩下がる。


 面白いけど、何をやっているのだろう。


 そしてなんと。

 ミミィは「みゃーん!」と大きく鳴いて、『やまねこくん』の中に飛び込んだのだ!



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