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王子には向いている職業

日をまたいでしまいました。

「みゃーん!」

「こらミミィ。爪立ててスカートに登っちゃだめだよ」


 今日は休日なので、早速ドーナツ作りに挑戦することにした。

 

 ミミィはドーナツも大好きだ。


 生地を揚げ始めるとその香りに興奮して、部屋中を走りだす。

 あちこちの袋にスライディングして飛び込んでは、違う袋から飛び出す。

 最後には私のスカートに飛びついてよじよじする、ロッククライム・ケット・シーとなった。


 ええもう。

 私の顔面は崩壊である。




 今朝仕込んだ生地はふかふかで、楕円に型を抜いて油に入れる。


 じゅわっと、油に浮かんで膨らむドーナツをトングで拾い、結晶砂糖をたくさん入れたパラフィン紙の袋に放り込む。入り口を手で縛って、ジャカジャカ振った。

 トレイに敷くよりも砂糖が無駄にならない。


 丸いドーナツもツイストドーナツも揚げてみた。

 油を使うお菓子はまとめて作っておくに限る。


 明日は第三倉庫の日だから、サマランチの分もたくさん作っておく。

 あの人は結構な甘党だ。確か砂糖入りのコーヒーには、練乳も混ぜて飲んでいる。


 シナモンがけドーナツも作っておこう。






 借りパク勇者の爆弾発言に驚いた先日。

 何を血迷ったのか、やつは本当にたくさんのものを「返し」始めていた。


 だが。奴の借りパクの称号は、そんじゃそこらの借り物の量を示していない。

 恐る恐る訊ねてみたら、空中を睨んで『たぶん、サマランチのところよりは少ないよ』と答えた。


 ————王立第三倉庫は異空間魔法によって、無限に近い広がりを見せている————


 よって、フリッツは休みの日には旅に出ている。


 私の心の安寧は、多少は守られることになったのだ。

 





 何回も落ちてはよじよじと、スカートに必死にちっちゃな爪を立てて登るミミィ。

 チラチラ見下ろしてはにやけて、ハーブの棚をチェックする。


 ちりんちりん。

 ドアにつけている呼び鈴が鳴った。

 

 そういえば今日は、遠くの商会に頼んでいた荷物が届く日だ。

「はーい」と返事をして、エプロンを外す。


 小さな受け窓から見ると、宅配便の配達員。

 王立郵送の、ネイビーに金のラインの制服だった。

 ロッククライム・ケット・シーをスカートに張り付けたまま、薄いドアを空けた。


 突然のキンキラの光が目を襲う!


「荷物だ。サインをよこせ」


 配達員の帽子を取った、ニート王子だった。






 ニート王子は斜めがけのカバンから、小さな小包を拾い上げ私に渡す。

 大きな麻のカバンには、荷物も郵便物も一緒くただ。


「王子。ちなみにお聞きしますが、王子の今の仕事は郵便と荷物どちらが専門でしょうか」

「たぶん、郵便だな」

「その中の、荷物は」

「恐らく何かの荷物だ」


 これ以上は、聞く勇気がなかった。


 王子が部屋中に広がるドーナツの匂いに、これは何だと質問する。

 

「ドーナツですよ。あ、まずは火を止めてきますね」

「ドーナツとはなんだ」

「ドーナツを知らないんですか?」

えろほんに載っていないものは知らん」


 まあアダルトものには、あまり出てこないかもね。

 廊下を歩いて火を止め、出来上がったものを少し紙袋に放り込んだ。

 王子向けになるべく形のいいものを。


「庶民のおやつですよ。少しはお土産に持っていかれますか」

「うむ」


 渡そうとしたら、横から何者かに奪い取られた。

 唖然とするが、王子は当然とした顔だ。


 奪い取った小柄な制服の男は、どうやら中央騎士団の若手のようだ。

 灰色の髪を短め切り、黒ブチメガネで顔がよく分からない。


 ただ、やけに疲れているのは分かる。


 騎士とは、実に苦労しそうな仕事である。

 騎士団長の、真っ白すぎるロマンスグレーを思い出す。


「王族は一人で外を出歩いてはならんからな。常に数人ついておる」

「はあ。そういえばそうですよね」


 当たり前の話だった。

 仕事とはいえ、彼は王子。一人でうろついていい身分ではない。


 以前一人で斡旋所に乗り込んで来たシリカ王女は、どうやら常識外だったらしい。


 メガネの騎士はドーナツを三分の一ほど食べ、王子にうやうやしく渡す。

 もう一人の騎士が、どこからともなく椅子とテーブルを用意した。 

 あっという間に、廊下に茶会セットの出来上がりだ。


 実に迷惑である。


 スカートに張り付いていたミミィが、ぴょんとテーブルに乗り移った。


「みゃ!」

「あ、またこらミミィ!」

「また会ったな白き猫又よ」

「みゃん!」


 元気よく挨拶するミミィは、本当に良い子だ。

 慌てるメガネの騎士を手で制して、王子はミミィにドーナツを少しちぎって差し出す。

 喜んでニート王子の手から、ドーナツを美味しそうに食べるミミィ。


 そんな!

 初めてニート王子に嫉妬を感じてしまう。

 

 横で、「可愛い」とつぶやくメガネの騎士。


 可愛いでしょ! 可愛いよね!? 

 でもおたくのね、キンキラニート王子がね、うちのケット・シーにっ!


 とキレかけていた時のことだった。






「ちょっとちょっと、廊下が通ないっスよ! 邪魔っス!」


 やはり王子の通行妨害に、困った人が現れたようだ。


 ベージュに白い縦じまの制服。

 深緑の上着を羽織った、あれは民間の宅配業者。

 私の大好きな黒ケット・シー便の制服! 


 そして、それを着たジョブ・ホッパーだった。


 大きな黒い荷物を両手に抱えて、私の隣の部屋に向かおうとする。

 お付きのメガネの騎士が、止めようと前に出た。


「こら、王子の邪魔をするな!」

「王子? 王子ってそこでドーナツ食ってる王立郵送っスか?」


 ホッパーは訝し気に、もくもくとドーナツを味わっているキンキラ王子を見る。


 そしてふっと、鼻で笑ったのだ。


「ふーん。王立の配達業者は、所詮公務員っスからね。

 仕事がちゃんと出来る訳がねえっス」


 王子の手が止まる。

 ホッパーは上から目線の王子に、更に上から目線で挑発する。


「……なんだと?」


「あんたらの配達ミスは有名っス。

 『王立郵政、休むに似たり』

 ……本当の配達道とは、時間通りに確実に届ける。これが最低限守るべき仕事だ。

 だから」


 一瞬危険な光をともしながら、ホッパーは指さす。


「人んちの廊下でドーナツのカスこぼしている場合じゃないっスよ」


 王子の足元の、大量にこぼれたカス。

 なんて当たり前の指摘なんだ!


 今日のホッパーは、まだ真の配達道に覚醒まもらないやつをしめるしていないようだった。






 ホッパーにとりあえずどいてくれ言われ、ドーナツ片手に立っている王子と、テーブルを移動するメガネの騎士。


 ミミィは飛び移り、私の胸元に入り込んだ。

 至近距離で、ほっぺたを舐めてくれる。


 よし、ニート王子を許してやろう。


 隣の部屋の呼び鈴を押して、中の人を待つ。

 全然反応がない。

 もう一度押しても、反応はない。

 だがホッパーは確かに人がいると指摘する。


「おかしいっスね。壁伝いに人間の熱を感じるっスけど」

「うむ。確かに物音が察せられる。

 掘り出しもののえろほんを、掃除しに来た若いメイドが発見して動揺する時に出す音と似ている」


 人間技ではないスキルを発揮する二人。

 特に後者は、何かがおかしい。

 

 確か私の隣人は、なんとかパーバーという名の、独身の中年男性だったはずだ。

 朝たまに挨拶をするくらいで、接点はほぼない。


 「パーバーさーん! 黒ケット・シー便っスよ~! お荷物持ってきましたっス~」 


 しかし、返事はない。

 

「仕方ないっスね。一度帰ってから再配達っス」

「待て」


 荷物を抱えて帰ろうとするホッパーを、王子が止める。


「妙に部屋の音が聞きやすいと思ったのだ。

 ドアが少し、空いている。居留守にしても、少しおかしくないではないだろうか」

「……そうっスね」


 よく見ると、ドアには何かが挟まったように、ほんの少しだけ開いている。

 ホッパーが荷物を下して、足先でドアの開き具合を確かめた。

 ふうんと、見据える。

 

「三十六計、覗くにしかずっス」

「そうだな」

「「そうじゃないでしょ(う)!?」」


 思わず突っ込みを入れてしまった私とメガネ騎士さん。

 ふと、お互いに顔を見合わせる。

 声がずいぶん高いんですね。


 そんな感想を抱いている間に、元暗殺者ホッパーの技でするりと二人は部屋に入り込んでしまった。

 メガネ騎士は勝手に先に入らないでください! と追いかけて入る。

 他の騎士たちも雪崩こんだ。


 よし、帰ろう。

 そう思っていたら、ミミィまで胸元から飛び降りて行ってしまった。

 仕方なく入る。


「失礼します」

  

 こっそりと入ると、そこには玄関から先まで、散乱した黒い本の山。

 生温かい視線に変わる。


 みぃ!

 と遠く聞こえる愛しいケット・シーの声を追い、ようやくはいった奥の部屋。


 元エンヴィー傭兵団、今はエンヴィー・ギャング団の三人が、ボコボコにされていた。

 一方で、隣人の男性は紐でグルグル巻きにされ、メガネの騎士に介抱されている。

 

 確かあの三人の名は、ファッキン、エーブイ、ドブ。

 だった、はず。うん。


 ミミィを抱き上げよく見ると、床に散らばる黒い本と硬貨。

 

 そこから、ある程度彼らの行動が推測ができた。




 まず、強盗に入る。 


 → 隣人をグルグル巻きにする 


 → あまりの量のえろほんに興味が引かれてしまい、ドキドキとページをめくり、そのときめきを王子に察されてしまう 


 → ホッパーの一撃をくらう(いまココ)




 こいつらはつくづく間の悪いというか、アホだ。


「さてこいつらは騎士団に突き出すっス」

「そうですね、今から本部に連絡を入れます」

「ま、待ってください!」


 ぐるぐる巻きにされていた男性が、ホッパーとメガネの騎士を止めた。

 王子が眉を顰める。


「なぜだ? こいつらは強盗だろう?」

「彼らは! 私と黒い本におけるこのみが同じなのです! 滅多に居ない同好の士を、国に取られるわけにはいきません!」

「はあ? なにを言っている! 犯罪者は皆投獄か処刑に決まっているだろう!」


 メガネの騎士が怒った。

 そりゃあ、怒るな。


 王子は興味津々で、散らばる黒い本を取る。

 ペラペラとめくり、頷いた。


「なるほど、男の娘か。最近は主流になってきたかと思ったが」

「いいえ、未だいばらの道です。ですが、彼らは分かってくれたのです!」

「じゃあ今日の荷物も、それっスか。王都からの金を掛けた特別便っスけど」

「はい。町の本屋で買うとと、あけっぴろげに挿絵が見えてしまう形で渡してきます。

 私はそれが恥ずかしくてたまらないのです」


 だから、秘密保持には金を掛けても特別便を使います。

 大切なもの、だからです。


 そう、男性は真剣な眼差しで聞いてくれる王子に、必死に説明したのだった。


 いや、恥ずかしいならそもそも買うなよ。

 そんな私の心の突っ込みはともかく、怒っているメガネの騎士には、隣人の弁明は全く通じなかった。


「ともかく! 三人は本部に連れていきます!」


 指先で小さな魔法陣を書くと、連絡用のハトが召喚され、ベランダから飛んで行った。







 さてさてようやく面倒な事件は解決かと、部屋に戻ろうとする私。

 すると、腕の中のミミィが「みぃ~みぃ~」とそわそわしだした。


 トイレかな? とミミィを下そうとすると、「プチ」っと何かを私は踏んでしまう。


 すると、突然ボっと、黒い本の山の一角が燃え出したのだ。


「へ? なんで?」

「あ! それはうっかり母親に乗り込まれた時に証拠を隠滅する魔法陣です!」


 隣人が叫ぶ。

 メガネの騎士が慌てて王子をかばう。


「異空間魔法を使えばいいだろうが!」

「あの魔法は難易度が高すぎるんです! 火の魔法なら一般人でもなんとか……」

「なんとかって問題か!」


 大量の青い炎が、黒い本の山のあちらこちらから飛び出してくる。

 あっという間に部屋は炎に包まれた。


 ちょっとこれ、消火が間に合わないレベルだけど!? 

 隣人がどや顔で説明する。


「絶対に母親に見られないよう、念入りに頑張って仕掛けました。

 私が不慮の死を遂げた時も発動するようになっています」


「そこ自慢気に言わないで!」

「とりあえず皆さま逃げましょう!」

「そうっスね。お客さん行きますよ。おっさんは騎士さんよろしくお願いするっス」

「みぃ!」


 ミミィが先頭に私とメガネの騎士、王子に他の騎士、ホッパー、隣人と。

 なんとか脱出に成功する。


 その間も、王子は何かを気にしているのか、チラチラと炎の部屋を見ていた。


 アパートの外に脱出すると、王子がいない。

 見ると、炎の部屋の前に走っていくのが分かった。


「王子!? 何をなさるんですか!」


 メガネの騎士が慌て戻っていく。


 しかし炎と煙はますます拡大する。

 とうとう私の部屋にも、燃え移ろうとしていた。


「あ、やだ! ドーナツが消し炭になっちゃう!」

「み!?」


 ミミィが私の発言に驚くと、唐突に足元から魔法が発動した。

 アパートを上空から黒い空間が現れ、大量の雨が降りだす。


 炎はみるみる小さくなる。

 やがて、ほんの少しの燻りだけが、残った。


 


 王子が、メガネの騎士に怒られながら下りてくる。

 そこにはホッパーが持ってきた荷物があった。


 隣人に、荷物を渡す。


「パーバーとやらよ。おぬしの宝だ」

「え、でも、これは……」


 荷物を抱きかかえて戸惑う隣人に、王子が諭す。


「大切なえろほんなのであろう。

 いくら母親が怖いとはいえ、自分の宝物えろほんを決して卑下してはならぬ。

 我らは配送業者だ。だが、ただ物を持ってくるだけではない。


 ————そなたが宝物えろほんを愛する気持ちを、これを書いた人の想いを、運んできたのだ。

 決して、燃やせばいいとは思ってくれるな」

 

「王立郵送さん……」


 隣人は、荷物を見下ろした。

 そして抱きしめて、泣いた。






「負けたっスよ……王立郵送の王子に、完敗っス」


 仕事の姿勢で負けたのは、人生で初めてっス。

 ホッパーが、王子に姿に感銘を受けている。


 いや、あくまで荷物がえろほんだったから真剣なのであって……。 

 それにニート王子の斜めがけのカバン、入っている郵便物がちょっと焦げていますよ。

 

 そう、突っ込みたいのだが。

 周囲の空気が許してくれなかった。






 借りパク勇者が、以前言っていた「好きなことをしよう」だが。


 好きなことしよう、ではなく。


 好きなことを追及するしか、仕事をやりようがない。




 結局王子は、そんな人種なのだろう。


 そう、納得する出来事だった。

 

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