王様、王子(ニート)は自力で面接に来させてください(後編)
巨大な黒い穴が王城を囲みだす。
サマランチは相当に集中しているらしく、手が小刻みに震えていた。
「み~!」
斜めがけ鞄から飛び出したミミィが飛び出して、サマランチの足元に走る。
どうやらお手伝いをしてくれるつもりのようだ。
えっへんと、白いちっちゃなしっぽをピンと立てている。
可愛い。
黒い穴が城の下全体を覆いつくす。
すると、城が低くなった。
いや、ちがう。
城が穴に飲み込まれていくのだ!
フリッツは沈みゆく城の中に上から入りこむ。
そのまま城はずぶずぶと沈み続けた。
やがて、城は沈み切り、そこには黒い丸があるだけになった。
サマランチが呪文を切る。汗だくだ。
ミミィはしっぽをふりふりしている。
可愛い。
「ふう、なんとかできたぞ。ミミィ、手伝いありがとな」
「みゃん」
「フリッツ! 目的のものは捕まえたか!?」
「見つけたよ」
黒い穴からにゅっと手を出し、登ってきたフリッツ。
異空間の中でもしぶとかったねと、襟首を掴んで持ち上げたのは、豪奢な金髪の男だった。
フリッツは地上に完全に出る。
そして、朦朧とした金髪の男を地面に転がした。
手をパンパンと払うフリッツの横に、所長が歩いて来る。
そして、恐ろしく美形な金髪の男を、張り手で目覚まさせた。
頭を振りつつ、なんとか目が覚める美形。
彼に顔を近づけ、極悪な笑顔を浮かべて所長は言う。
「おう、ニルト王子。城質は取ったぞ。
お前の部屋を返して欲しくば、今まで成人しても篭っていた分の部屋代を払ってもらおう。
城の豪勢な部屋はたぶん貸し出したら月に金貨二枚だ。
でもまあ、城下町に暮らす中堅騎士くらいに割り引いてやるから、金貨一枚。
十年引きこもっていたから、月に金貨一枚×十二ヶ月×十年で、金貨百二十枚な。
いいか、金貨百二十枚だ。
これを王立関係の職場で稼いでこい。斡旋だけはしてやる」
城質。
そんなもの初めて聞いた。
一方で、仕事に就くことを強要された王子が、激高する。
「ふざけるな! こんなことで私がくじけると思うな! 臣下の家にでも転がり込んで再起を図れば……」
「おおっと、そんなことをしてみろ。城は永遠に戻らないぞ。それに、」
にやり、と所長が懐から黒い本を出す。
王子の表情が一変した。
「それは……!」
「これは、お前の部屋を埋め尽くしていた、聖書の一部だ。
エロという名の、な」
途端に、周囲から城住み男たちの悲鳴が上がる。
たしか彼らは独身で、一時的に城に住み込む、使用人たちだったはずだ。
「王子! 私の部屋の聖書も一緒に沈んでしまいました! どうか私たちの部屋を取り戻してください!」
「王子! あの中には人に見せられない秘蔵のコレクションがあったんです!」
「王子! あの中には夜のワイフが!」
「「「王子! どうか俺たちの愛を、救ってください!」」」
「お前たち……」
ニルト王子は、自分に対して今まで寄せられたことのない期待と懇願に、胸を高まらせている。
「俺たちの(夜の)幸福を取り戻してください!」
「賢者になんて、負けないでください!」
声援を一身に受ける。
力を貰った王子は、両手を強く握り、賢者に再び相対した。
「なんと汚い男なんだ賢者! 男の夢を城質と一緒に取るとは!」
「で、どうすんだ? 金貨百二十枚くらい払えるよな?」
くっと王子が美貌を歪める。
苦悩をする美形。
「篭るべきか、働くべきか、それが問題だ」
なんかかっこいいことを言っているようだが、要は働きたくないのだ。
五分後。
彼は、結論を出した。
「私に働けなんて、死ねというのと同然だ!」
だが、と王子は自分を熱く見つめる男たちを振り返る。
熱く視線が交わされる。
「だが、友よ!
私はお前たちの魂のために! あえて、この身を死にさらそう!」
「「「王子!」」」
とてもかっこいいことを言っているようだが、要はエロ本の方が大切なのだ。
王子は所長に改めて向き合う。
「賢者よ、だからちょっとだ! ほんのちょっとだけ、働いてやるわ!」
生温かいような、見捨てるような、包容力の全くない瞳で、所長は王子を見守っていた。
後ろで王妃がヒステリーを起こしているが、すべて無視する。
そして。
所長は王子に背を向けローブを翻し、城下町に向かって歩き出したのだ。
「面接は王都の人材斡旋所でしてやるからな。自力で歩いて来いよ」
茫然とその始終を見ていた私。
女史も受付嬢たちも、生温かい目で、颯爽と歩く所長の後ろ姿を見ていた。
「こ、これでいいんですか?」
「……いいんですわ。これくらいしなきゃ目が覚めない人が多いしですしね」
「王様はもう、騎士団の宿舎で仕事をする覚悟が出来てる。家族で大部屋一部屋に暮らすそうだ」
「あれくらいやらないと、外に出るきっかけは作れないのかもな」
なんとも生ぬるい風が吹き荒れる、シュールな事件だった。
サマランチは、あー詰まんなかったと帰ってしまい。
再封印されたフリッツも、あくびをしている。
ミミィは、みゃ?と小首をかしげている。
うん、これは可愛い。
後日、所長は指摘をした。
「いいか? 家族の覚悟とはな。
『全員が家でのんびりすることができない環境に身を置く』覚悟だ。
本気で甘やかされたタイプのニートは、ごく簡単なことでも、差別されたと感じる。
特に『家族たちは人生イージーモードだが、自分だけが冷たい世間に晒されている』思ってしまうのが、やばい」
ならば家族全員がふきっさらしに遭えばいい。
全員がクローゼットも押し入れもない、小さな部屋でギュウギュウに暮らせば、自分だけ特注の部屋を用意しろとは言わない。
いや、言えない。
「そして閉じこもる部屋が欲しければ、働け。これですっきり解決だな」
うんうん、と逞しい腕を組む。
賢者らしからぬ筋肉的発想の所長は、実に晴れがましい顔をしていた。
ようやく息子をどうにかしようと決心した王様は、どうしたかというと。
本当に、騎士団の宿舎で仕事をしているらしい。
一方で、過去息子を甘やかしまくった王妃は、子連れで隣国の実家に帰ろうとしたそうだ。
だが、覚悟を決めた王様がそれを許さなかった。
結局、彼女も強制的に市井で暮らすことになる。
最初は不満だらけだった王妃だが、最近は意外と国民との交流がいい経験となっていると聞いている。
そして王子は—————。
「ここでしばらく世話になる」
私の机の斜め前に座っている。
キンキラな髪がまぶしい。
彼はあちこちの王立関連施設に行ってはクビ、行ってはクビを繰り返し、とうとう所長が責任を負う羽目になった。
とにかくすべてに上から目線。
仕事も舐めまくって、「王族であることの方が偉いのだから」の一点張り。
そして、全く仕事を覚えようとも、何を学ぼうともしない。
ジョブ・ホッパーとは真逆の意味で、こいつは厄介だった。
「お前たち。【王子に向いている仕事】とやらと、早く私に紹介しろ。それまで私は聖書を熟読して待たせてもらう」
美貌の王子は椅子に姿勢よく座り、エロ本を読みだす。
本当に、何もしない。
その様子を見たフリッツは「まあ何もできないライオンでも飼ってると思えばいんじゃない? 害はないしね」と放置することにしたようだ。
どうするよ?
どうするのよ、これ。