表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
14/43

王様、王子(ニート)は自力で面接に来させてください(前編)

 ある豪華な一室。

 青年は、この世で賢者と呼ばれる男と相対する。


 青年の持つ、見事な曲線に広がる、黄金の髪。

 どんな芸術家が表現してもしきれない、見事な造作の容貌。

 毎日寝て暮らしても決して崩れない、逆三角形の均整の取れた姿態。


 青年は、鮮やかなサファイヤの瞳に青炎を灯して、賢者を睨む。

 賢者は青年の怒りを軽く流し、彼の背中ごしにある大きなバルコニーを眺めた。


 バルコニーの外は、美しく広がる庭園と、遠くまで澄み渡る青空。


「日に当たったらどうなんだ」

「日に当たったら干からびるではないか」


 憂う姿がまた美しい男が、バリトンの利いた美しい声を紡ぐ。

 視線の先には、机に散らばったチェスやパズル。黒い本の山。


「賢者。私はやしなうひとが滅んだときには、ちゃんと殉ずるつもりだ。

 それこそが美しき王族に相応しい、死に様だ……」

「全く理解できんな」


 賢者の返答に、これだから世間げんじつに生きる男は、と首を振る。

 そして美し青年はバルコニーに歩き、手すりを掴んで庭園を見下ろした。


「賢者。お前は私に何度も働けと言ってきた。

 だが証明してやる。この世は『働いたら負けだ』ってことをな!」


 そして手すりを握りしめ、青空に向けて張りのある美しい声で叫んだのだ。


「だから、国民たいしゅうよ! 私を養え!」


 彼の名はニルト王子。


 長い歴史を持つこの国において。

 代々続く美貌を正しく受けつぐ、気高きニートなのである。







 今朝は、家のドアに『ブス死ね』と元勇者フリッツに惚れている女のいたずら書きを見つけて、消すのに手間取ってしまった。


 代わりに『借りパク野郎、死ね』と書いてあれば、どんなに爽やかな朝になったのかもしれないのに。

 実に残念でならない。




 遅れ気味に出勤すると、職場全体の空気が浮ついていた。

 ユーランとレティに聞くと、なんと王様が騎士団長をお供にやってきているらしい。


「所長に用事らしいのよ」

「いつもは王城に呼び出しているのだが、最近は断ることが増えていたからな。じれたのだろう」

「何の用事で呼び出していたんですか?」


 私の質問に二人は顔を見合わせる。


「言っていいのかしら……」

「まあ、公然の秘密だが」


 所長室がバンっと音を立てて開いた。

 壮年の王はカンカンに怒って、疲れ顔の中央騎士団長を連れて出てくる。


「お前なら分かってくれると思ったのに!」

「どう考えても、お前の覚悟が足りないだけだ。もう俺は二度と説得なんてしないからな」


 後ろから出てきたのはうちの所長だった。

 騎士団長のような白髪とは全く無縁の、青々とした髪を後ろになでつけている。


 実際の年は大分召しているらしい。しかし全くそうは見えず、30代後半とよく勘違いされている。

 過去に賢者と言われた彼は、インテリなイメージは全くなく、むしろ格闘家という名が良く似合っている。申し訳ないが、騎士団長よりよほど逞しい。

 

 彼はだらしなく着乱れた白いローブから逞しい腕を出し、腕を組んでいた。


「とにかく、決断したら言え」

「できるか! あの子は繊細な上にやれば出来る子なんだ! 

 下手なことをして傷つけてしまったら……」


「それがダメなんだよ。ちゃんと仕事をするようにさせたいんだろう?

 あのニートには、作戦フェーズⅢが一番だ」

「うちのおうじをニートと言うな!」


「だから、まずはその認識から直せっつってんだよ。もう一回言ってみろよ。お前の息子の、生態をな」

「分かったわい……」



 彼は、王城の部屋から一歩も出ない。

 彼は、仕事どころか勉強もしない。

 彼は侍女に、セクハラしたいけど面倒だからセクハラしてくれと頼む。

 彼は好き嫌いが激しく、お子様ランチしか食べない。

 彼は、王妃ははおやの添い寝を要求する。

 彼は「働いたら負けだ」と宣言している。

 彼は第二王女いもうとに、「将来王座を引き継いで俺を養え」と言った。



「……お前の息子は、どう見ても、どう考えても、ニートだ!」


 しかも最もダメな方の!

 所長の大きな声が、所内に響く。


 知らなかった。

 この国唯一の王子は、どうやらダメな人のようだ。




 更に後ろから、副所長とフリッツが出てくる。

 何も考えていないような、実際に何も考えていないやつがこちらを見てニッコリ笑う。


 ああ、隣の美女の雰囲気が、ブリザードになった。

 やめてほしい。


 所長と王様は喧々諤々の言い合いを続けるが、突然、所長が切れた。

 いきなり所内で魔法陣を形成し始める。


「ああもう! くっそめんどくせえ! 

 ニートは自分自身で就職面接に来るべきなんだよ!

 もういい、もうお前なんぞの許可はいらん……勝手に【フェーズⅢ】を実行するからな!」


「ちょっと待て! ワシ王様! 最高権力者!」

「そうですよ! これでも王様なんですから許可を取ってですね」

「団長! これでもってなんじゃー!」


 言い合いをしながら、三人は消えた。


 何!? なんなの!?

 急展開に頭が付いて行かない。




 女史とフリッツはあ~あとため息をついて、所内を見回した。

 今日は胸がパッツパツでボタンが弾けそうな、素敵ブラウスの女史が言う。


「はい、あの通りです。

 本日は所長が【フェーズⅢ】を実行することになりましたわ。

 所内の皆さんは、外に行く格好に着替えてちょうだい。避難誘導のお手伝いをお願いします」


 は? 何その作戦。

 混乱する私にユーランとレティが教えてくれる。


「チサはまだ経験していなかったよね。

 親は来ても、自分から受付窓口に来ない求職者しゃかいふっききょひは結構いてね。

 うちは本人に来させるためのカリキュラムを、何種類か作ってあるのよ」


「まあ、本当に精神面や脳の病気が原因だったり、

 過去のトラウマが原因だったりした場合などは、別の手法が使われる。

 ただ今回のように『どうみても駄目だろうお前』という引きこもりには、特別なやり方がある」


「まあ、見ているといいわよ。

 前回から勇者さんが参加して効率が良くなったし」

「被害も大きかったがな」

「はあ……」


 私はとりあえず斡旋所の皆で、王城に向かったのだ。






 王城の前には王立第三倉庫の上司、サマランチがいた。


 ひょろりとした赤髪の魔法使いは、普段よりも魔法使いらしい、長めの黒いローブを付けていた。

 だがチラリと見た限り、中身は赤いジャージのようだ。


 今日は一体、何が起こるのだろう。


「よお」

「あれ!? サラランチさんどうしたんですか?」

「おたくの所長に頼まれたんだよ。異空間魔法がいるってな」


 フリッツがつまらなそうに言う。


「サマランチ、別にいなくてもいいのに」

「お前が中心になると、力技過ぎて損害がでるらしいからな。だから俺が呼ばれたんだ」


 何をしたんだ、借りパク勇者。


「いいか、今回は俺の指示にちゃんと従えよ」

「分かってるよ」

「‥…なんだよ。不満気だな」

「せっかくやりがいのありそうな案件だと思ったのに」

「俺の部下に、いいとこ見せたいだけだろう?」

「サマランチ。その『俺の』って表現止めてくれないかな」

「ぷ。おま、本当に変わったな!」


 愉快でしょうがない、と笑いだすサマランチ。


 この二人は同い年らしく、旅でもよく話をする仲だったらしい。

 ただフリッツがこの通りの性格で、なんでもできてかつ女にモテまくりだったから、始終面白くない気分を味わったそうだ。

 

 でも、私をいちいちネタにするのはやめてもらえないかな!


 肩掛けカバンから、「みゃ」と愛らしい声がする。

 動きやすいようとに言われて、ズボンに着替えて肩掛けカバンで来た。

 しかし、斡旋所の皆さんは予想外に軽装だった。


 ユーランはいつものパールピンクのシフォンスカートに、オフホワイトのふわふわ肩出しニット。レティは白が基調のミニスカ・ロリータに、ところどころ黒の刺繍が入っているやつだ。

 女史なんて、真っ白い足元までのサマードレスに白いサンダル、白いジャケットまで羽織っている。


 皆さん汚れる気が、全くない。




 一方で、王城から避難する人たちの群れがいた。


 彼らは慌てながら、大きな荷物を抱えて出ていく。 

 業者もひっきりなしに行き来して、城の家具を運び出していった。

 人が激しく出入りする様子が、よく分かる。


「なんですか!? 引っ越しですか!?」

「そうだね、結果としては引っ越しかな?」

「本当にしょーもない引っ越しだよな」


 フリッツが愉快そうに大騒ぎする人々を眺める。

 赤髪の友人は愉快そうなフリッツに呆れた目線を送る。


「王子の病気を治すんですって!」

「あれ、あの方は寝たきりじゃなかったのか?」

「いや、信心深いから部屋の中で邪心に祈りを捧げているって聞いたぞ?」

「違う違う、小説家になろうとして超長編を執筆中なんだよ」


 城で務める人たちが、あれこれ噂しながら飛び出してくる。

 料理人らしき中年が、ぼそっと言う


「いや、王城からわざわざ人を避難させろという命令だろう? 

 ———病気って、伝染病だったんじゃないのか?」

「ええ!? いやよ! 早く逃げなくちゃ」


 あちらこちらで大変な憶測が飛んでいる。

 フリッツは笑いをかみ殺して、震えている。

 





 門から王様が、所長と一緒に出てきた。

 なんだかぐったりとしている。


「分かった……ワシの認識が間違っておった。覚悟を決める時が来たのだな」

「ようやく分かったか。あいつはもういい年だ。ここで親の覚悟を示しておかないと大変なことになるぞ」


「何が覚悟ですか!」


 騎士団長に止められながら、所長に怒鳴る王妃様。

 ひっつめた金色の髪を振り乱し、カンカンに怒っている。


「私の可愛いニルトは、ニートなんかではありませんわ!

 今は充電しているだけの、とても繊細で優しい、やれば出来る子なんです!」

「そうしてワガママ言うがままに、甘やかしたと」

「甘やかしてなんていませんわ! 嫌われないように気を付けていただけよ!」


 王妃の目を吊り上げて所長に食って掛かるその様子は、第二王女を彷彿とさせる。

 所長は肩をすくめるだけだった。


「……王妃様に自覚を促すのは、ちょっと掛かるかもしれんなあ。

 まあいい。サマランチ、頼んだぞ。フリッツは今回は補助だ。

 一時的に王城の結界とフリッツの封印を解除する」


 賢者が指先で丸を描いて、光の輪を作る。

 そしてフリッツに投げつけた。

 輪はフリッツの左肘を囲み、青い光を浮かび上がらせ、消した。


「行きますよ」

 

 事務員の格好のフリッツは、サンダルのまま地面を蹴った。

 一気に王城の上へと駆けあがる。


 あっという間に王城のてっぺんに上がると、「じゃあ結界の方お願いします」と合図した。


 所長と副所長が二人同時に王城を囲む魔法陣を形成する。

 巨大な魔法陣の完成とともに、サマランチが呪文を唱え始める。


 所長が声を張り上げた。




『【ダメなタイプの引きこもりを無理やり社会復帰させる作戦・フェーズⅢ】を開始する!』




金貨の価値は現代と同じくらいです。金貨1枚20gで10万円くらいを想定してください。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ